いまや60代になっても働き続けることがスタンダードになっていますが、それでも60歳で定年を迎えたらひと息入れたいところ。その際、耳にするのが「定年まで働くよりも、1ヵ月早くやめたほうがおトクだよ」というアドバイス。どういうことなのでしょうか? みていきましょう。

大学卒業で入社した会社にひと筋のサラリーマン…「60歳定年」で手にする退職金額は?

ひと昔前は、60歳で定年を迎えたら、年金と退職金でのんびり過ごす……という光景が当たり前でしたが、いまやそんなのは少数派。総務省『労働力調査』によると、2022年、60代前半の就業率は73.0%。2012年は57.7%だったので、わずか10年で15ポイントも増えたことになります。

ちなみに60代後半では2012年「37.1%」→2022年「50.8%」、70代前半では2012年「23.0%」→2022年「33.5%」、70代後半では2012年「8.4%」→「11.0%」と、いずれの年代でも増加傾向にあります。

60歳定年を迎えても働き続けることが多数派になるなか、定年をひとつの区切りとして考える人も多いでしょう。

――働き続けるか、それともやめるか

――いまの会社で働くか、それとも新天地か

――正社員にこだわるか、非正規にするか

定年を機に色々と考えるなか、「定年の1ヵ月前に会社をやめるのがお得」という話を耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。

まずはその話をする前に、定年退職金はどれほどもらえるものなのか、厚生労働省令和5年就労条件総合調査』で確認しておきましょう。

そもそも退職給付金制度がある企業は74.9%。「従業員1,000人以上」の企業では90.1%、「従業員300~999人」で88.8%、「従業員100~299人」で84.7%、「従業員30~99人」が70.1%と、規模の大きな会社ほど、「退職金がある」が当たり前になります。

「定年退職金の平均額」は大学・大学院卒で1,896万円。また大学・大学院卒について勤続年数別にみていくと、「勤続20~24年」で1,021万円、「勤続25~29年」で1,559万円、「勤続30~34年」で1,891万円、「勤続35年以上」で2,037万円。転職が当たり前になったいま、「大卒で入社した会社ひと筋」という人は少数派になりましたが、もし一社ひと筋で頑張ってきたら、2,000万円を超える退職金が手に入ります。

「60歳定年の1ヵ月前の退職がおトク」といわれる理由と落とし穴

では「60歳定年の1ヵ月前の退職がおトク」とは、どういうことなのでしょうか。それは「60歳を区切りとして退職を検討した場合、退職日によってもらえる雇用保険の給付に違いが生じるから」というのが理由。

失業保険の給付日数は、自己都合による退職の場合、60歳未満でも60歳定年退職でも90~150日で一緒。ちなみに60歳未満で会社都合による退職であれば、90~330日になります。

基本手当日額の上限は、60歳未満であれば月8,490円。対して60歳定年であれば月7,294円。賃金日額が1万6,210円を超えている場合、60歳で定年退職をすると基本手当日額の上限にかかってしまい、59歳11ヵ月で退職したほうが受給金額が増える可能性があります(図表)。その差は、最大1,196円の差。それが150日になると18万円近くにもなるのです。さらに会社都合の退職であれば、給付期間は最大330日なので、雇用保険の給付は40万円弱になる計算です。

 

確かに「定年退職をしたあとは一度ゆっくりして、働くか、働かないか決めよう」と考えているなら、18万円の差は大きいかもしれません。

ただし本当におトクなのかは、疑問が残るところ。

まず退職金規定をしっかりと読み解くことが大切です。59歳11ヵ月と、1ヵ月早く退職したことで、退職金が大きく減少してしまうリスクがあります。

また自己都合退職だと、7日の待機期間のあと、2~3ヵ月の給付制限があります。60歳で定年退職した場合は7日の待機期間が経過すれば、給付制限なく、失業保険の支給が開始されます。

さらに退職を1ヵ月早くやめるということは、1ヵ月分の給与がもらえない可能性が大。59歳のサラリーマンの平均給与は、月収で52.5万円、賞与も含めた年収は857.6万円。どう考えても、雇用保険のおトク分ではカバーできません。

なによりも再就職を決めてしまえば給付は終了。雇用保険を最大限もらいたいと活動をしていない間に手にする給与も考えたら、かえって損をしていることもありえますし、ブランクが生じることで再就職に不利になる可能性もゼロではありません。

こうしてみていくと「59歳11ヵ月で退職」でトクするには、かなり条件が揃わないと成立しないことがわかります。

「退職時期を1ヵ月早めるだけで雇用保険が多くもらえる」

そんな謳い文句に何も考えずにのってしまうと、大きく損をしてしまう可能性が高いのです。

――うっ、うそだろ! おトクだと聞いていたのに!

そう悲鳴をあげたところで、後の祭りです。

[参考資料]

総務省『労働力調査』

厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』

厚生労働省『雇用保険の基本手当日額が変更になります ~令和5年8月1日から~』