ひとりの俳優がデビューし、活躍を重ねる中で、それ自体が次第に物語になる。上戸彩は、まさにそんなひとり。


 1997年のデビュー以来、実に25年以上の芸能生活の重みを実感する出演作品『沈黙の艦隊 シーズン1 ~東京湾大海戦~』が、Amazon Prime Videoで、2024年2月9日から配信されている。


 イケメン研究をライフワークとする“イケメンサーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作の上戸彩を解説する。


上戸彩物語の神話体系



アテンションプリーズ スペシャル』~オーストラリアシドニー編~(フジテレビジョン



アテンションプリーズ……」


 上戸彩というとどうも筆者の中では、2006年の主演ドラマ『アテンションプリーズ』(フジテレビ)でのこのフレーズに集約されてしまう。真矢みき扮する鬼教官の指導によって、絶対的に不適性であったはずの主人公が、叩き上げのキャビンアテンダントに様変わり。


 この奇跡の転身物語は、見方によって登場人物が変幻自在にメタモルフォーズする古代ローマ時代のフィクションの世界に通じるわけで。上戸彩は、それくらい強固で、強烈で、きっと後世にも残る物語を作り、広める人なのだ。


 そういや、上戸の夫で、現LDH社長のHIROは、その鮮やかな自伝エッセイの冒頭にこう記している。「真実は小説より奇なりというけれど、小説が事実よりも、真実に近いということもあるわけだし」。なるほどなぁ、深い。HIROによる前置きが、まさに口伝となって、上戸彩物語の神話体系を形作っているのかもしれない。


◆狡猾な深海のモンスター
 というわけで、あくまでフィクションの人としての上戸彩に注目(アテンション)してもらいたい。


 今、改めてそれを考える上で必見なのが、上戸の出演最新作『沈黙の艦隊 シーズン1』。同作配信に合わせたインタビュー(2024年02月18日『毎日キレイ』)を読むと、出演を後押ししたのが、何を隠そう、原作ファンのHIROだった。他者のために命懸けになる登場人物たちの態度は、EXILE魂と同じ精神性でもある。


 上戸が演じるのは、報道番組のニュースキャスター・市谷裕美。潜水艦の偽装事故を隠そうとする政府に対し、真相を究明しようとする。物おじすることなく、権力に切り込んでいく様を見て思い出すのは、『エルピス-希望、あるいは災い-』(関西テレビ、2022年)で同じくキャスターを演じた長澤まさみの眼差しだ。


 得体のしれない陰謀を暴こうとした気骨あるガッツが共通する。『沈黙の艦隊 シーズン1』第6話の首相緊急会見で果敢に食い下がる姿に取材魂を感じるが、でも上戸はもっと大きなものを透視しようとしているように見える。その眼差しの先には、日米共同計画であるはずだった原子力潜水艦シーバットがある。


 本作のタイトルを聞いて、よくある艦隊物ドラマかと思いきや、大沢たかお扮する艦長・海江田四郎によって反旗を翻したシーバットは、もはや単なる潜水艦というより、狡猾な深海のモンスター(まさに神話世界の怪物!)。


 目的がわからない怖さがある。水中で直接対峙するのはかつて海江田の部下だった深町洋(玉木宏)だが、目の前に見えない、広い海に潜む未知の対象を捉えようとする想像力が上戸の視線を通じて膨らむ。


◆出演シーンを増やしたオリジナル・キャラクター



『新装版 沈黙の艦隊』(1)※講談社リリースより



 緊迫の艦隊スペクタクルでありながら、壮大な海洋ファンタジーにもなり得るのは、やっぱり上戸の存在が、フィクション性をより強めるからだと思う。しかも市谷裕美というキャラクターは原作には登場しない、実写版オリジナル・キャラクター。


 戦争の脅威がもはや他人事ではなく、一人ひとりの真実が求められる昨今の時代性に必要な存在として、2023年公開の劇場版から今回のドラマ版では大幅に出演シーンを増やした。それがこれまで歩んできた上戸彩物語の軌跡の上に成り立つものだからこそ、感動もひとしおとなる。


 上戸がデビューをつかんだのは1997年に開催された「第7回全日本国民的美少女コンテスト」でのことだった。当時、審査員のひとりだったアイドル評論家・中森明夫が、選考からもれた上戸を激推しして、審査員特別賞受賞となった。


 見事にブレイクし、2005年には漫画『上戸彩物語』が刊行される。やっぱり物語上の人物でもあるのだ。


◆ひとつの起点になる入籍発表



上戸彩オフィシャルサイトより



 そんな彼女が2012年にHIROとの結婚を発表。公式サイトでコメント文を公開し、その時点までの上戸の実感とリアルな声を響かせた。例えばこの箇所。「上戸彩も、1人の女性として、幸せになってもいいですか?」。芸能人としての配慮に余念がなく、ジンとくるものがある。


 交際が始まったのは、2010年夏頃。この年は筆者が激推しする三代目 J SOUL BROTHERSが、LDHの次世代を担うグループとしてデビューしている。2013年にはHIROがEXILEのパフォーマーを勇退した。


 入籍結婚発表が日本のエンタメの時代性を読み解くひとつの起点になっている。そしてこの2010年に上戸が主演したドラマが『10年先も君に恋して』(NHK)。第1話冒頭は2020年が舞台。主人公の編集者・小野沢里花は、朝から離婚届をつきつけられる。そこからすぐに結婚前に10年の時が遡る。なんだか上戸の実生活とは、まったく逆のドラマ内現実が描かれていて面白い。


◆芸能界最強の夫婦にしかできないこと



『ビビリ』(幻冬舎



 でも実際の上戸は、交際を開始した2010年以来、逆に10年の時があっという間に過ぎた。2024年は結婚生活12年目。同作のタイトル通り、10年先も君(HIRO)を愛し続けている。なんという記念碑的なドラマだったのだろう!


 その後、『半沢直樹』(TBS、2013年)や『昼顔』(2017年)など、彼女が重ねたコンスタントな名演は枚挙にいとまがない。どんどんフィクション性を強めながら、とうとう『沈黙の艦隊 シーズン1』ではファンタジーの域にまで踏み込んだ。


 入籍コメントはジンとくるものだったが、結婚12年目の現在の上戸が俳優として提示するものはズシンとくる。第8話で「今この世界に生きる一人の人間として」と付言してカメラを見つめる裕美の姿は、入籍報告の「一人の女性」と同一人物だろう。たゆまぬ努力と分厚い下地があってこそ、ファンタジーのリアリティは担保される。


 これって、HIROさんが1990年ZOOの最年少メンバーとしてパフォーマーデビューし、日本のダンス&ボーカルグループの礎を固め、LDHという夢(ファンタジー)を体現したことと同じじゃないか。ふたり揃って強固なファンタジーを成立させちゃうなんて、芸能界最強の夫婦にしかできないことだ。


<文/加賀谷健>


【加賀谷健】音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu



上戸彩オフィシャルサイトより