高齢化が進展する日本では、認知症を患う人が増えています。もし家族に認知症患者がいる場合、相続の問題を見越し、できるだけ早い段階で手を打つべきだと、司法書士法人永田町事務所の加陽麻里布氏はいいます。その理由はいったいなんでしょうか。具体的な事例をもとにみていきます。

認知症の母を心配していたが…元気だった父が倒れ、危篤状態に

父・母と2人息子の斎藤さん家族。70代の母・靖子さんはかなり進行した認知症を患っており、そんな母の介護を家族全員で協力して行っていました。しかし、元気だった同じく70代の父・隆文さんを不幸が襲います。突然脳梗塞で倒れ、昏睡状態になってしまったのです。

父さん、もうダメかもしれない…」

「最悪の場合を考えて相続について対策しておくべきだな」

2人の息子、彰さん(40代)と達也さん(50代)は、父の死を目前にし、相続問題を懸念し始めました。相続に関していちばんの問題点は、母の靖子さんが認知症を患っているということです。共同相続人に認知症の方がいる場合、主に、以下の懸念点が挙げられます。

①遺産分割協議ができない

認知症の相続人が相続し、銀行口座に入金しても凍結されてしまう

③不動産など高額な財産を相続してもその後売買契約の当事者になれない

④不動産を相続した場合管理が難しくなる

父親の隆文さんは、常日頃から2人に対し「もし父さんに万一のことがあったら、母さんは老人ホームに入れるように」と常々いっていました。

しかし、遺言書を作成した形跡もなければ、いまとなっては遺言書の作成も難しい状態です。このまま3人で相続することになれば、財産の半分を靖子さんが相続することになり、靖子さんが相続した分は、今後有効に利用できなくなってしまう可能性があります。

「老人ホームに入所させるといっても、結構な費用になるよな? 父さんの財産から出せなくなったらどうやって捻出する?」

兄さんが長男なんだから、弟の俺を頼りにしないでくれよ。このご時世、いつ首を切られるかわからないんだから…。母さんを飛ばして、俺たち2人で相続できないのかな?」

長男の達也さんには中高生のお子さんが2人います。これから学費がかかるため、母親の介護費用を負担するのはとても厳しい状況です。また、彰さんは、非正規雇用教員をしているので、突然雇用契約が打ち切りになる可能性があります。安定した収入は見込めないため、介護費用の負担は難しいといえます。

隆文さんの主な財産は、3,000万円程度の自宅不動産と、2,000万円程度の収益不動産(区分マンション)で、現預金の割合は1,000万円と、そこまで大きくありません。収益不動産などの管理は認知症の靖子さんには難しく、もし靖子さんが老人ホームに入居し、自宅が不要になったとしても、売却は難しくなってしまいます。認知症になると、その症状の重さによっては、重要な財産の処分や、収益不動産について新規の賃貸借契約、大規模修繕、建替え、売却などをすることはできないのです。

父の遺産、母親を飛ばし「子どもだけ」で相続することは可能?

では、彰さんの言うように、隆文さんの相続財産を、母の靖子さんを飛ばして、子どもたちだけで相続することは可能なのでしょうか?

原則、遺産分割協議で話し合うことによって2人のみに相続させることは可能です。しかし、遺産分割協議は必ず相続人全員で行わなければなりません。

今回の場合、靖子さんは認知症を患っています。認知症の症状の重さにもよるのですが、遺産分割協議を行っても、その協議は法律上有効と認められない可能性が高くなります(認知症は民法上「意思能力のない者」として扱われるため)。

また、靖子さん抜きにして、2人で遺産分割協議を行なっても、その遺産分割協議は法律上無効となります。

このような事態になってしまった場合は「成年後見制度」を利用し、成年後見人を交えて相続問題を解決するしか方法はありません。

しかし、成年後見人は家庭裁判所の審判によって決定されるので、専門家後見人が選定された場合、靖子さんが亡くなるまで毎月数万円の報酬を支払う必要があります。また、靖子さんの財産は成年後見人が管理することになるので、兄弟2人で自由にその利用を決定することが不可能になってしまいます。

仮に親族が成年後見人に選ばれても、財産の管理は、後見制度支援信託を利用しなければならない可能性があります。後見制度支援信託とは、日常生活で使う金銭以外は、財産横領を防ぐことを目的として信託銀行などに信託する方法です。こちらを利用する場合においても、信託報酬を支払わなければなりません。

よほどの事情がない限り、成年後見制度を開始してしまうと、変更・取消は不可能になってしまいます。このような事態を回避するためには、ご両親が元気なうちから対策しておかなければなりません。成年後見制度を回避して相続をする方法としては、以下の方法が挙げられます。

①家族信託

②遺言

③生前贈与

家族信託においては、家族の資産について管理・処分だけでなく運用についても委任することができます。また、相続人が納得できる公平な遺言を残すこともとても有効な相続対策のひとつです。遺言書通りに相続することで、遺産分割協議を行う必要はありませんので、相続手続きをスムーズに終えることができます。そして、生前贈与によっても、死後相続分となる財産を前もって贈与することは可能です。しかし、相続開始3年前までのものには相続税が課税させるので注意が必要です。

これらの方法の利用は、いずれも本人が元気なうちでなければ利用できません。また、お金に関する話し合いを行ってから取り決めなければならないので、親子関係が良好でなければ利用は難しくなってしまいます。

したがって、日頃から相続を含めた将来のことを親子で話し合い、しっかりとしたコミュニケーションをとることをお勧めします。

加陽 麻里布 司法書士法人永田町事務所 代表司法書士

(※写真はイメージです/PIXTA)