(小林偉:放送作家・大学教授)

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2020年4月から正式に導入された個人視聴率

「最近、面白い番組が少ないなぁ」などと嘆くオッサン(筆者も含みます)は少なくないと思います。なぜ、そんな風に思う方が多いのか・・・それを紐解くための重要なファクターが“視聴率”。

 何をいまさらと言われるかもしれませんが、その“視聴率分析”の仕方が近年、大きく変わっているんですよね。今回は、その点を筆者なりに掘り下げてみたいと思います。

 ということで本題に入る前に、テレビの視聴率調査というものがどのように行われているかをご説明させていただきましょう。

 ちょっと前までメディアを通じて公表される視聴率は、世帯平均視聴率と呼ばれるものでした(ほとんどが関東地区の数字)。これは文字通り、ある番組をどれだけの“世帯”がリアルタイムで観ていたかの割合。関東地区ですとテレビを保有している世帯は約1981万世帯ですので、視聴率1%だと19万8000世帯余り。しかし、これは“世帯”の数字ですので、4人世帯の1人だけが観ていても4人全員が観ていても同じ数字となります。これでは正確な数値にならないのでは・・・ということで4年前の2020年4月に正式に導入されたのが個人視聴率。こちらは正に、その番組を対象地域の全人口の何割が観ていたかの数字です(当然の如く、世帯よりも低い数字とはなります)。

 ちなみに視聴率調査は全国32地区で実施。これは地域によって視聴できるチャンネル数が違うため、区分けされているわけですね。もちろん、全ての家庭に調査する機械を設置することはできないため、統計学の理論に基きランダムに選ばれた家庭(メディア関係者などは除外)を対象に調査。関東地区では2700世帯に設置されているそうです。2000万近い世帯がある中で、かなり少ないのではとも感じますが、統計学上、それほどの誤差はないとか。この各世帯に設置された機械で、世帯内の何人が観ていたかも集計できるようになったというわけですね。

 こうして調査されている“視聴率”なのですが、各テレビ局は調査会社から上げられるデータに基づき、様々な“分析”を行っています。その大きな柱の一つが視聴者の男女・年齢の区分。具体的には、C(4~12歳までの男女)、T(13~19歳までの男女)、さらにM(男性)とF(女性)は、各々1~4に振り分けられています。1は20~34歳、2は35~49歳、3は50~64歳、4は65歳以上。例えばF2は女性の35~49歳を指すというわけです。かなり前からこの区分はありましたが、個人視聴率調査が本格化したことで、この区分による“分析”がより精度を増しているのです。

視聴率とは何のためにあるのか?

 さて、そもそも視聴率とは何のためにあるのでしょう。もちろん、制作者たちがより良い番組作りに反映させるということも大きいですが、民放の場合は番組スポンサーに対して各番組の“CM効果”を示すという意味合いが最も大きいでしょう。“効果”が低いと判断すればスポンサーが撤退、番組打ち切りに繋がることも多いですし、何よりそうなればテレビ局の営業収益も減少します。ですから“視聴率”の高低は、テレビ界の命運も握る存在なのは自明の理ですね。

 ここまでは「分かっているよ」という方も多いでしょうが、4年前の個人視聴率の本格的導入を機に“視聴率”の分析が大きく変わっているのです。その根幹を成しているのが“コア層”という概念。テレビ業界内で20~49歳の男女を指す言葉です。中でも最重視されているのが、20代・30代の女性です。

 その根拠となっているのが、以前もこのコーナーで触れた、テレビ行為者率という総務省の調査結果。それによると10代から80代以上に至る全世代で、テレビの視聴者数は女性の方が上回っていること。さらに20代・30代に限られているのは、可処分所得の高さ。要するに日々の生活費の中で自由に使えるお金(お小遣いですね)の割合が、家族持ちが増える40代以上よりも高いからです。

 また、番組のスポンサー側の理屈ですと、実際は視聴者数が圧倒的に多い50代以上は“CM効果”が総じて低いと判断されています。ある大手広告代理店の調査によると、50代以上になると、ずっとA社のユーザーだった人がCM効果によってB社に乗り換えるという率は格段に低くなるそうです。A社のビールを飲み続けてきた方が、いきなりB社のビールへ乗り換えないというワケですね。テレビ局にとって大口のスポンサー企業はビール、携帯電話、自動車などが主流。そうしたスポンサーとしては“CM効果”が低ければ、極端に言うとCMを放送する“意味がない”わけです。

 CMのないNHKは関係ないのではと思われる方もいらっしゃるでしょう。しかしNHKも“コア層”をかなり重視しています。NHKは視聴者からの受信料で支えられているため、若者のテレビ離れが深刻化している昨今は、将来の受信料支払者である層にも届く番組を制作しなければ、テレビ局としての未来を危うくしかねないからです。

 一昨年秋にフジテレビ系で放送されたドラマ『silent』は、大ヒット作としてテレビ業界では至る所で話題になりました。しかし、その全話の世帯平均視聴率は7.6%(関東地区)。かつての大ヒット作『ロングバケーション』(フジテレビ系1996年)の全話の世帯平均視聴率が29.6%だったことと比較すれば、とてもヒット作と言えるレベルではないように思います。

 これをヒット作と言わしめたのが“コア層”の支持の高さ。それに応じてTVerなどのタイムシフト配信(いわゆる見逃し視聴ですね)の数も記録的に伸び、それがリアルタイム視聴数のアップにも繋がり、“コア層”をガッツリ掴んだことにあったというわけです。ただし、この“コア層”に限った視聴率は公表されることが少ないため、以前よりヒットしたか否かが、一般的には判りにくくなっているということもありますが・・・。

 以上のような理由で、テレビ界全体が“コア層”獲得に向いているため、必然的にドラマも、バラエティも、そこへ向けた企画の番組が多くを占めることに繋がっているわけですね。冒頭で述べたような「最近、面白い番組が少ない」という50代の呟きは、ある意味、当然のことなのです。

 しかし、この状況でテレビ界は本当に良いのかどうか・・・皆さんはどう思われますか?

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『Silent』公式ホームページより引用