大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回取り上げるのは、第96回アカデミー賞でクリストファー・ノーラン監督が悲願のオスカーを獲得した『オッペンハイマー』。原子爆弾の開発者であり「原爆の父」と呼ばれる天才科学者、オッペンハイマーの栄光と没落の生涯に迫った大作を語ります。

──『オッペンハイマー』はどうでしたか?

感想が難しい映画ですね。じっくり観れたし、好きだったのですが、日本人としてはやっぱりちょっと複雑な気持ちになりました。ただ、原爆の発明はメインのトピックではなくて、あくまでも発明者であるオッペンハイマーの半生に焦点を当てた映画ではありましたね。

──オッペンハイマーの苦悩や罪悪感に迫っていますよね。

そう。アメリカでは去年の7月に公開されましたけど、そのタイミングで観た人の話を聞くと、日本での原爆での描写が基本ないのはどうなんだろう?って言われてたり。そこに焦点を当てる映画ではないから仕方ないとは思うんだけど、正直都合の悪いものを避けたと言われても仕方ないのかもしれませんね。実際映画の中でも被爆の様子をみんなでプロジェクターで見るシーンがあって、そこでキリアンマーフィー演じるオッペンハイマーは目を逸らすんですよね。基本オッペンハイマーの視点中心だから、はっきり描かれてはいない。

──あえて映さない感じでしたね。

そうですね。だからちょっと綺麗に描かれてるなあとは僕も思いました。でもこの映画は『火垂るの墓』ではないし、『はだしのゲン』でもないし。原爆を落とした側の視点で描かれているから。そこに学びはありました。

──ノーランは「基本オッペンハイマーの一人称で描きたかったから、日本側の描写は入れなかった」と説明しています。

ただ、いくつかの国が絡むテーマであり、戦争映画でもあると思うので、描いていたらどうなっていたんだろう? 公開時期はアメリカとかより随分遅くなったけど、時期がどうあれ日本では複雑に感じる人は多いと思います。

■観に行った日本人の感想にすごく興味がある

──去年の夏「バーベンハイマー」のミームが拡散されていた時期に日本で公開されるよりは、アカデミー賞を受賞してからの3月末のタイミングで公開された方が観に行く人は圧倒的に多くはなりますよね。

そうですね。だから観に行った日本人がどういう感想を持つかはすごく興味があります。こういうテーマを題材にすることには個人的には抵抗はないし、むしろ大事なテーマだから扱うべきだとも思います。ただやはりテーマがテーマなだけに客観的な視点だけでは観れない。自分は戦時を生き抜いた人達の子孫なのだなという事実を改めて実感しました。ところで、『オッペンハイマー』が最多受賞したアカデミー賞でもアジア人差別があったとかで騒がれてましたね。

──ありましたね。

エマ・ストーンとミシェル・ヨーの件は誤解だったみたいですけど。

──ジェニファー・ローレンスとエマ・ストーンは親友なので、ジェニファー・ローレンスがエマ・ストーンにオスカー像を渡すよう仕向けたと、ミシェル・ヨー自身がSNSで説明していましたね。

そうそう。でも、『オッペンハイマー』で助演男優賞を取ったロバートダウニー・Jr.はどうなんでしょう?(笑)。あの感じでオスカー像を受け取るって……。前年度の助演男優賞受賞者であるキー・ホイ・クァンとほぼ目も合わさずあんな感じで受け取られたら……。

──ああいう場では本音が出てしまうところもあると思いますし。

檀上にいたティム・ロビンスとかとは「イェーイ!」って感じだったし。オスカーは前年度の受賞者から渡されるのが通常なわけですからね。受賞スピーチで「僕は昔はひどかったけど」って言ってたけど、正直「あんま変わってないじゃん」って思ってしまいました(笑)。

──しかも、ロバートダウニー・Jr.が助演男優賞を取った『オッペンハイマー』のストローズ役は、オッペンハイマーに無視されたこともあってオッペンハイマーを追い込んでいく役ですから(笑)。

そうですよね(笑)。ただ、何が裏で起こってるかなんてわからないわけだから、周りがとやかく言うべきではないとは思います。まあ、そう思われても仕方ない雰囲気はあったよね。

■一番パーソナルなノーラン映画

オッペンハイマー』は映画としてのクオリティは抜群だし、3時間という長尺だけどじっくり浸れました。ただ、やっぱり難しい(笑)。

──ですね(笑)。

TENET』みたいに内容が難しいというわけではなく、進み方が独特過ぎて時系列の理解が追いつかないと言ったらいいのかな? 一応基本的な知識は頭に入れて観たつもりだったんですが(笑)。もう1回観たいなと思っています。

──これまでと違って時間軸がどうとかじゃなくて、登場人物が多いけれど、説明があまりない中でどんどん物語が進んでいく難しさですよね。

そう。たくさんの登場人物を巻き込んではいるんだけど、オッペンハイマーというひとりの男に焦点を当てたノーラン作品の中では一番パーソナルな映画だったなって思います。これまでの作品と比べると内省的であり、ある意味スケールが一番小さいと感じました。まさに原子レベルに。そこが新鮮でしたね。

──確かに。

迫力はやっぱりすごかった(笑)。

──池袋のグランドシネマサンシャインの国内最大のIMAXレーザーで観ましたしね。

いや、スクリーンがデカ過ぎた(笑)。トリニティ実験の迫力は特にすごかったですね。最初、「音はないんだな」って思ったら「ボワン!」って鳴ってびっくりしました。さすがの演出だし、さすがの音響でした。

■ジョシュ・ハートネットが良い歳の取り方をしている

──『インターステラー』以降ノーラン作品に欠かせない存在になっている撮影監督、ホイテ・バン・ホイテマの撮影技術もすごかったですよね。『オッペンハイマー』のためだけに開発された65ミリカメラ用モノクロフィルムを使って史上初となるIMAXモノクロ・アナログ撮影を実施したという。実験の映像もCGを使わず、庭とかでホイテマさんが撮ったみたいですね。

そうなんですね!

──あと、被爆者の役を演じた女性はノーランの実の娘ですけど、それに対してノーランは「究極の破壊力を作り出すことは、自分の大切な人をも破壊してしまうことだ」とコメントしていて。

いやあ、そういう小ネタはいっぱいありますよね。『TENET』は第三次世界大戦を止めることがミッションで、大量化学兵器の使用を防げるかっていうテーマもありましたが、その次が原爆を扱った『オッペンハイマー』っていう流れもありますし。

──そして、悲願のアカデミー賞受賞という。

物議を醸す映画で取っちゃいましたね。あ! あと言っておきたいこと! 久々にジョシュ・ハートネットを観たんですけど嬉しかった!(笑)。新鮮な役だったし、良い歳の取り方をしているなって思いました。『パラサイト』の学生役を初めて観た記憶が懐かしい……。

──そうですね。エミリー・ブラントも良かったですよね。

もう大好きです。でも、割といつものエミリー・ブラントっぽい役だったので、目新しさはなかったですね(笑)。

──(笑)確かに、毅然とした役で。

だから、意外性の面で僕はジョシュが一番良かったなあ。

■これだけひとりの人物を描いたのはある意味『ダークナイト』以来

──川上さんとしては『オッペンハイマー』はノーラン作品の中で何位ですか?

ええ! ノーラン作品の中では異端なので順位をつけるのは酷ですよ(笑)。これだけひとりの人物を描いたのはある意味『ダークナイト』以来なのかな? でも、オッペンハイマーって意外と遊び人だったんだなって思いました(笑)。

──女好きだったっていう。

そう。キリアンマーフィーは真面目そうだから、そこをちゃんと演じられていてすごかったなあ。僕が心配することではないんですけど(笑)。

──そこはかとないチャラさが出てましたね(笑)。

そうそう(笑)。それもリアルで良かったです。ジェームズ・ボンドもいけちゃうかもですね(笑)。

 

取材・文=小松香里

※本連載や取り上げている作品についての感想等を是非spice_info@eplus.co.jp へお送りください。川上洋平さん共々お待ちしています!