テレビ朝日開局65周年記念『MUCA展 ICONS of Urban Art ~バンクシーからカウズまで~』が、2024年3月15日(金)から6月2日(日)まで、東京・森アーツセンターギャラリーにて開催されている。昨年の夏に大分で開幕し、それから京都を経て東京へやってきた『MUCA展』。MUCA(ムカ)とは「Museum of Urban and Contemporary Art」の略で、ドイツにあるアーバン・アートに特化した美術館のことである。

MUCA(オフィシャル提供) Photo by (C) MUCA / wunderland media

MUCA(オフィシャル提供) Photo by (C) MUCA / wunderland media

アーバン・アートは、言うなれば“街をキャンバスにしたアート”。ストリート・アートとほぼ同義で、主に都市の公共空間(壁、道路など)に制作されたアートのことを指す。時にそれは違法性をはらんだアンダーグラウンドな創造行為だが、そこには政治的・社会的なメッセージが込められていることも多い。グラフィティやステンシル、ポスターなど、多彩な佇まいで見る人の感覚に語りかけてくるのが特徴である。

今回はそのMUCAから名品60点以上が一挙に来日し、アーバン・アートの真髄に触れるまたとないチャンスだ。現代の都市空間に産み落とされたアートは、どんな想いや切実さを抱え、私たちに何を訴えてくるのだろうか。

トークセッションには俳優・水上恒司、声優・木村昴、MUCA館長らが登場

東京展公式アンバサダー・水上恒司、音声ガイドナレーター・木村昴

東京展公式アンバサダー・水上恒司、音声ガイドナレーター・木村昴

開幕に先駆けて開催されたメディア内覧会では、東京展アンバサダーの俳優・水上恒司、音声ガイドのナレーターを務める声優・木村昴、そしてMUCA創設者であるクリスチャン・ウッツ氏によるトークセッションが行われた。

東京展公式アンバサダー・水上恒司

東京展公式アンバサダー・水上恒司

アーバン・アートの魅力やMUCAの成り立ちについて和やかにトークが進む中、特に印象的だったのは「本展でお気に入りの作品は?」と質問を受けた水上が、リチャード・ハンブルトンの《チャージ(突撃)》と答えたワンシーンだ。

RICHARD HAMBLETON《Charge(突撃)》1985年

RICHARD HAMBLETON《Charge(突撃)》1985年

水上「僕はあの絵が一番でしたね。この作者の方だけじゃなく、『MUCA展』のアーティストのほとんどが、政治や時代に対するメッセージのようなものを体に宿していて、それを表現していると思います。僕の立場というか、日本の芸能界はあんまりそういうことを言うと「過激!」みたいになってしまうからこそ、そうやってアーティストとして何にも臆することなく、恐れなく……まあもちろん多少の恐れはあるんでしょうけど、時代に対してちゃんと意志を提示していく、っていう姿は僕はすごく好きですね。あの《チャージ》についてはメッセージ性というよりも、単純にパッと見た時の印象が好きなんですけど」

水上、木村とMUCAのクリスチャン・ウッツ館長

水上、木村とMUCAのクリスチャン・ウッツ館長

力強く語る水上に、木村が「いいね、(水上も)覆面アーティスト始めちゃいなよ!」と明るく声を掛けると、隣のクリスチャン館長が「実はもうやっているかもしれない」と、すかさずコメント。会場はどっと笑いに包まれた。

KAWS(カウズ)

さて、ここからは展覧会の内容についてレポートしていこう。本展で紹介されているのは、スタイルも市場も確立したアーバン・アート界の超有名アーティスト10名。もしアーバン・アートの教科書があるとしたら、確実に載るであろう“十傑”たちである。

KAWS《4フィートのコンパニオン(解剖されたブラウン版)》2009年

KAWS《4フィートのコンパニオン(解剖されたブラウン版)》2009年

冒頭を飾るのはKAWS(カウズ)。ミッキーマウスを思わせるドクロ頭のキャラクター「コンパニオン」は、人々の人生に寄り添う“トモダチ”的な存在である。おもちゃとして流通するほか、ファッションブランドとのコラボレーションも多く、昨年のユニクロとのコラボは記憶に新しい。会場でゲストを迎えるこの《4フィートのコンパニオン(解剖されたブラウン版)》は、半身が人体模型のように丸見えになった異色の一作。バッテンで表された目の奥には、目玉があったんだ……とドキッとしてしまった。

KAWS《カウズ・ブロンズ・エディション#1-12》2023年

KAWS《カウズ・ブロンズ・エディション#1-12》2023年

小型ブロンズ像のコンパニオンも多数展示。近くで見ると一つひとつのポーズがなんとも人間らしく、活き活きしているのに驚かされる。メディアへの解説を担当してくれたMUCAのステファニー・ウッツ氏曰く「really lovely、really sweet!」とのこと。ほか、街中の広告に加筆してオリジナルアートに昇華させた初期の《広告への悪戯》シリーズや、大型の油彩画なども見ることができる。

SHEPARD FAIREY(シェパード・フェアリー)

会場風景

会場風景

こちらはSHEPARD FAIREY(シェパードフェアリー)の小部屋。アメリカのストリートアート界の旗手である作家は、元々は広告業界に身を置いていたという。人物の肖像シリーズは遠目に見るとシンプルで力強いデザインだが、近くで見るといくつものイメージが多層的に重ねられていて、ハッとするほど繊細である。ボブ・マーリージミ・ヘンドリックスを描いた作品は、LPジャケットをカンヴァス代わりにして制作されているので注目を。

INVADER(インベーダー)

続いてはフランスの代表的なストリートアーティスト、INVADER(インベーダー)のエリアへ。

左から:INVADER《アルビノのルービック》2009年、《ルービックに捕まったシド・ヴィシャス》2007年

左から:INVADERアルビノのルービック》2009年、《ルービックに捕まったシド・ヴィシャス》2007年

INVADER《ルービックに捕まったシド・ヴィシャス》(側面)2007年

INVADER《ルービックに捕まったシド・ヴィシャス》(側面)2007年

写真で見てタイルだと思い込んでいたら、この《ルービックに捕まったシド・ヴィシャス》はルービックキューブを使って描かれていてびっくり。少し離れて目を細めたり、携帯のカメラで撮影したりすると一層はっきりと人物像を捉えることができる。

街中にタイルを使ってスペースインベーダーのモチーフを潜ませていく彼の作品群はいまや世界規模となり、着々と“地球侵略”を果たしている。世界中でインベーダーの作品を見つけて写真を撮るとポイントが貯まる「インベーダーを探せ!」的なゲームアプリまで存在するらしい。

アプリ「Flash Invaders」(iPhoneスクリーンショット)

アプリ「Flash Invaders」(iPhoneスクリーンショット

「今度海外旅行するときには、ぜひインベーダーの作品を探してみてくださいね」と微笑むステファニー氏。なるほど宇宙人に侵略されることで、こうして世界がひとつになっていくのかもしれない……。

VHILS(ヴィルズ)

会場風景

会場風景

VHILS(ヴィルズ)はポルトガルリスボンを拠点に活動するアーティストで、廃墟の建物に爆発物を仕掛け、表面のレンガや壁が剥がれ落ちた部分を使って人の顔を描き出す。モニターでは制作過程などを収めたプロモーション映像が放映されており、それを見れば作品のスケールの大きさをより実感できるだろう。

トークセッションの時から気になっていた作品《消失シリーズ#14》に近づいて、じっくり観察してみた。

VHILS《消失シリーズ#14》2019年

VHILS《消失シリーズ#14》2019年

ベースになっているのは2枚の扉だ。アーティストが彫刻した部分だけでなく、もともと扉自体についていたと思われる細かい傷・劣化にハッとする。この扉は実際にどこかの建物で使われていたもので、その向こうには誰かの生活があったのだろう。ヴィルズはこれらの作品で「人々の移動や都市化に伴って起こる社会的な変化」をテーマにしているのだという。

RICHARD HAMBLETON(リチャード・ハンブルトン)

会場風景

会場風景

壁じゅうに黒い男のシルエットが広がるこの一角は、RICHARD HAMBLETON(リチャード・ハンブルトン)の展示エリア。正直に言うと全く馴染みのないアーティストだったのだが、一瞬で心を奪われた。リチャード・ハンブルトン1980年代アンディ・ウォーホルやバスキア、キース・ヘリングらとともに活動した、ストリート・アート界の“ゴッド・ファーザー”と言うべきレジェンドだそう。リバイバルブームの最中、2017年に65歳で世を去っており、本展に登場する10名の中で唯一の鬼籍に入ったアーティストである。

RICHARD HAMBLETON《ファイブ・シャドウズ》2005年

RICHARD HAMBLETON《ファイブ・シャドウズ》2005年

1980年代初頭、治安の悪化が著しいニューヨークの街中で彼が描きはじめた「シャドウマン」たちには、人々を驚かせ、“ここは決して安全な場所ではない”と警鐘を鳴らす意味があったのではないか、とステファニー氏。確かに、暗くなってきた高架下なんかでシャドウマンに出会ったら恐怖で泣いてしまいそうである。けれど彼らのシルエットは不気味であると同時に、戦隊ヒーローのようで格好良くもある。彼らはナイフピストルスプレー缶か、手にした何かをくるくると回しながら「バカだな、早く帰んなよ」とこちらに語りかけているような気がしてならない。

JR(ジェイアール)

会場風景

会場風景

一方、こちらはフランスのフォトグラファー、ストリートアーティストであるJR(ジェイアール)の展示エリア。円柱に貼り巡らせてあるのは、彼が撮影した名もなき人々のポートレートだ。作家の関心は社会が見向きしないような“何でもない人たち”だという。街の壁や建物などに大きく引き伸ばした写真を貼る「ペースティング」の表現手法は、我々が何気なく見過ごしているものや、見ない方が楽なものを突きつけてくるようだ。

JR《「28ミリメートル,ある世代の肖像,強盗,JRから見たラジ・リ, レボスケ モンフェルメイユ 2004》2011年

JR《「28ミリメートル,ある世代の肖像,強盗,JRから見たラジ・リ, レボスケ モンフェルメイユ 2004》2011年

政治的・社会的と言われるアーバン・アートの中でも、とりわけ明確なメッセージを感じさせるのがこの1枚。JRがフランスの貧困街を撮影したものである。中央の若い男性が構えているのが銃ではなくカメラだと気付くまで、どれくらい時間がかかるだろうか。もしかしたら、言われなければ気がつかないかもしれない。メディアなどによって植え付けられた先入観や偏見を自覚せずにはいられない、背筋がひやりとするような作品だ。

BANKSY(バンクシー)

BANKSY《アリエル》2017年

BANKSYアリエル》2017年

最終展示室は、ドーンと見応えのあるBANKSYバンクシー)の展示エリアだ。真っ先に目を惹くのは、どう見てもディズニー人魚姫(らしきもの)。ちょっと電波状況が悪いようで、その姿に乱れが生じている。この立体作品はバンクシープロデュースの期間限定遊園地「ディズマランド」で来場客を迎えていたものだという。遊園地が置かれたイギリスのウェストン=スーパー=メアはかなりの田舎町らしいので、現地で見たら電波の悪さはより説得力があったことだろう。それにしても、こんな歪んだ異形の彫像でも、脳内補正してアリエルだ! と喜んでしまう自身の脳にちょっと空恐ろしさを感じる。

会場風景

会場風景

イギリスを拠点とする正体不明の覆面アーティストとして、高い知名度と人気を誇るバンクシーバンクシーといえば、壁にステンシルでささっと作品を残し、風のように消える……といったイメージを抱く人が多いかと思うが、本展では多数のステンシルの作品のほか、立体や、大型の油彩画なども展示されている。エドワード・ホッパーの代表作《ナイトホークス》を元にした油彩画《その椅子使ってますか?》を見ると、ストリートではなくアトリエでカンヴァスに向き合う作家の、確かな“絵の上手さ”が感じられて面白い。

手前から:BANKSY《弾痕の胸像》2006年、《愛は空中に》2002年

手前から:BANKSY《弾痕の胸像》2006年、《愛は空中に》2002年

《弾痕の胸像》はバンクシーによる彫刻作品。古典的なダヴィデ像と思われる胸像の額に生々しい銃弾の痕が刻まれ、今まさに頭を撃ち抜かれたところといった趣だ。よくよく見ると胸元まで細かい血飛沫が飛んでいて気持ち悪い。本作はとてもわかりやすい、伝統的な美術規範に対する宣戦布告だと受け取ることができるだろう。

“あの作品”を、間近で。

BANKSY《Girl Without Balloon》2018年

BANKSY《Girl Without Balloon》2018年

2018年にアートシーンを騒然とさせた《Girl Without Balloon(風船のない少女)》も。ニュースでも多く取り上げられ、バンクシーの名を世間にさらに広めることとなった問題作だ。本作は2018年のサザビーズでのオークション落札直後に、額縁に内蔵されたシュレッダーが起動して絵の半分が細断された。自己破壊を経たその後、名前を《Girl With Balloon(少女と風船)》から《Love Is in the Bin(愛はゴミ箱の中に)》と変え、2021年に再びオークションにかけられた際には前回の10倍以上である1600万ポンド(およそ30億円)で落札。現在は《Girl Without Balloon》という名前になっている。語られる上で、これほど金の話が付いて回るアートというのもほかに無いのではないか。ケース横では警備員たちが物々しく目を光らせ、緊張感ある鑑賞となった。

BANKSY《Girl Without Balloon(部分)》2018年

BANKSY《Girl Without Balloon(部分)》2018年

覗き込んでみたけれど、シュレッダーの仕掛けはもちろん分からず……。本作はある個人コレクターから借りたもので、特別に展示が実現したのだという。この貴重な機会に、ぜひ実際に対面を。

レジェンダリー&アイコニックな10名が集結する夢の機会

記事内で紹介したアーティストは一部に過ぎない。ほか、会場ではSWOON(スウーン)、BARRY MCGEE(バリー・マッギー)、OS GEMEOS(オス・ジェメオス)の作品が来場者を待ち受けている。アーバン・アートは社会を映し出すものであり、今を生きる私たち自身を映し出すものとも言えるかもしれない。ぜひ会場で、心に響くお気に入りの作品を見つけてみてほしい。

テレビ朝日開局65周年記念『MUCA(ムカ)展 ICONS of Urban Art ~バンクシーからカウズまで~』は、6月2日(日)まで、東京・森アーツセンターギャラリーにて開催中。


文・写真=小杉美香、写真(一部)=オフィシャル提供

テレビ朝日開局65周年記念『MUCA展 ICONS of Urban Art ~バンクシーからカウズまで~』