美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。今回は、コインランドリーが舞台のショートストーリーです。

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ここ二週間で溜まった洗濯物を抱えて、ランドリーの入り口に立った時には、すでに俺は第一発見者だった。

「ははあ、それでご遺体を発見した、と」

小太り警察官はギョロリとした目を向けながら、俺の発言一つ一つを手帳に起こしている。態度こそ丁寧だが、その目つきは俺を単なる哀れな発見者とは認めていないようだった。

「ええ、はあ、そうです。ところで、いつ頃出られますかね、その、洗濯物も溜まっていますし」

「はあ、まあ、お忙しいとは思いますが、なにぶん手がかりもないもので、まだ時間はかかると思います」

久しぶりに外に出たと思えばただの洗濯、それも上手くいかないんじゃたまったもんじゃない。落胆を隠せずに、俺はしぶしぶ長居する覚悟を決めた。

「ちょっとちょっと、あんた一体何をやってるんだね」

どうせ長居するなら洗濯をしようと百円を入れたのを見咎められた。

「困りますよ、そういうことされちゃあ。現場検証だってまだ終わっていないし、あんた失礼ですけどね、証拠隠滅と疑われたって仕方のないことをしてるよ」

「え?いやいや、そういうわけじゃないんですがね、長そうだったもんで、つい」

ちょっとした出来心のつもりが、警察官の目はいっそう鋭く俺を捉えた。

「ちょっと待ってください、その人は犯人ではありません」

しどろもどろになる俺に詰め寄る警察官を制止したのは若い男の声だった。

「貴様、また性懲りもなく現場に来おって。この事件に探偵クンの入る余地はないぞ」

「そう目くじらを立てないでください。余地はないと言われても、たった今善良な民間人を冤罪で捕まえそうになっていたではありませんか」

漫画の探偵のようだと思っていたらまさしく探偵だった、助かった。

「冤罪とは失礼な。今しがたの彼の行動を見たかね、怪しすぎるだろう」

「確かに彼の行動はおかしい、殺人現場で洗濯物を回そうとするなんて信じ難い。証拠隠滅を目論む犯人でないのなら余程のバカか、間抜けか。なんにせよ普通の精神状態ではない」

今、すごく悪口を言われていなかったか?

「そうだろう、だからこんな奴は捕まえておいた方がいいと言っとるんだ」

「それは早計です、彼を見てください。くたくたの服、ぼさぼさの頭に無精ひげ、清潔感なんてまるでないのに返り血の一つも付いていない。ほら、彼の荷物も見てください。この毛玉だらけのスエット、しばらく洗ったようには見えない。」

探偵は安心してくれと言わんばかりに俺に笑いかける。しかし俺は、探偵が俺の寝間着を指の先でそっとつまむようにして取ったことに気を取られていた。

「むう、それじゃあ彼の行動は、こんな...なんというか、汚れた服を洗いたくて仕方がなかったとでも言うのかね。」

お前が気を遣うなよ。

「いいえ!それはないでしょう、そこまでの綺麗好きならこんな格好で外には出ません。」

こいつは気を遣ってくれ。

「少なくとも彼は証拠不十分です、犯人とは言えませんね。ところで!誰もいなかったはずのコインランドリーで人知れず殺人が起きた。監視カメラに何も映さずに、この状況下で人殺しをやってのける珍妙なトリックを、私は思いついてしまいました!」

探偵が意気揚々とトリックを解説しているのを眺めていた。

「見てください、あそこの彼の服。あの恰好で万が一にでも捕まったら哀れすぎます」

「予想外のことは起こるものです、この状況下で洗濯をしようとする人間がいるように」

時折挟み込まれる探偵の発言で集まる注目に、いたたまれなくなって目を伏せながら。

ザ コインランドリー殺人事件/※本人制作画像