厚生労働省が2023年12月に公表した労働組合基礎調査によると、労働組合の組織率は16.3%で、2年連続で過去最低を記録した。

低下の背景には、非正規雇用が大半を占めるパートタイム労働者の増加がある。正規雇用を中心として、企業別労働組合が機能してきた日本企業において、非正規雇用の声をどう経営側に届けるのかは大きな課題になっている。

非正規雇用が増える中で労働者は連帯することができるのか。労働経済学を専門とする梅崎修・法政大学キャリアデザイン学部教授は、「カスタマーハラスメント対策のように、正規・非正規の枠を超えた共通のテーマを労働組合が掲げることで新しい連帯が生まれる」と語る。新しい時代の労働運動には何が必要なのかを聞いた。(編集部・新志有裕)

労働者の連帯を困難にする「サービス経済化」の進展

労働組合の組織率は世界的に下落傾向となっている。例えば、1995年に30%近くの組織率があったドイツも、2010年代には10%台後半まで落ちている。組織率低下は日本だけの問題ではない。

この背景について、梅崎氏は次のように語る。

「世界的にサービス経済化が進んだことにより、労働者が連帯することのコストがかなり上がっています。従来型産業である製造業の場合、労働者がどういうキャリアを歩むのかがはっきりしていたし、同じ工場で長期間働いているので、労働者同士が同じ空間や同じ時間を共有しているので、連帯しやすい。

一方、サービス業の場合、大きな工場と比較すると、人が離れて働くことが増えていくので、連帯しにくくなります。しかも、連帯して声をあげにくくなると、不満を抱えた離職者が増えて、また連帯することのコストが上がってしまうという悪循環に陥ってしまいます。

そのように『空間』の違いがあることに加えて、正規・非正規の区分によって、働く『時間』も違ってきます。この2つの違いにどう対応するのかが重要になります」

●企業別労働組合は「時代遅れ」のシステムなのか

そのような世界的な流れのうえで、特に日本では、欧州などでみられる産業別労働組合ではなく、個別企業の労働組合が主体であるため、正規労働者中心になってしまい、非正規労働者を取り込めていないと批判されることが多い。このような企業別労働組合は時代遅れの仕組みなのか。梅崎氏は必ずしもそうではないという。

「製造業が中心だった時代は、賃金を含めて産業別に考えることもできたのでしょうが、サービス経済化が進んだ現状では、人事評価により、賃金に差をつけるようになって『個別化』が進んでいます。

個別化が進んでくると、人事評価基準が重要になってくるのですが、これを産業別に規制したり、交渉したりするのはやりにくいでしょう。ですから、企業別労働組合を強化しようという考え方に至るわけです。

労働者の関与がないままに、評価軸を一方的に変えてしまうと、とてつもない不満が一気に出てきます。企業別労働組合は、古い仕組みどころか、ある協議案件に対しては最先端の仕組みになっているとも考えられます」

ただ、非正規雇用を取り込めていないことは課題なのではないだろうか。

「ちょっと解像度が低い議論ですね。例えば、サービス業などの複合産業別労組である『UAゼンセン』(組合員186万人)は、日本の労働組合ナショナルセンターである『連合』全体(組合員683万人)の4分の1以上の組合員を占める大きな産業別労組ですが、すでに短時間組合員の方が多くなっています。無期転換も同時に進めているので、短時間組合員の割合の方が実態を捉えることができるでしょう。

スーパーで、店長よりも店のことに詳しいパート従業員がいるように、基幹化している非正規の人もいます。長期にわたって在籍すれば、正規雇用に転換することもあるわけです。

一方で、アメリカのウォルマート労働組合はないですよね。日本のスーパーの惣菜コーナーのレベルの高さを見ると、日本の企業が戦略的に非正規の基幹化に取り組んできたことを実感できます。そのような労働者労働組合員になるし、経営側の組織化のメリットを理解するわけです」

では、何が問題になるのか。

「基幹化する非正規と、そうでない非正規の間での格差ですね。正規か、非正規か、ではなく、非正規の中での選別が起きていることの方が問題なんです。これが、日本全体では労働者たちが連帯するうえでの課題になります」

居酒屋チェーンも病院も「カスハラ」に苦しめられている

非正規雇用の中で分断が生まれないようにするためには、新たな連帯のコンセプトが必要になる。そこで注目すべきは、UAゼンセンがアピールしているような「カスタマーハラスメント」対策だという。

「組織化していない非正規の人たちに、組合員と同様のメッセージを伝えることができます。

あらゆる業種で、カスタマーハラスメントに遭っていない人はいない、と言っていいくらいの問題です。居酒屋チェーンでも、中小の小売店でも同じ悩みを抱えていますよね。

霞が関の官僚だって似ているかもしれません。お客さんではないかもしれないですが、政治家からたくさんの過酷な要求がきます。医療の世界でも、患者は自分たちをお客様的なものとして扱うように求めてきます。

『お客様重視』は、日本のサービス業のクオリティが高いことにつながっていますが、一方で、生産性の低さにつながる面があります。個別の企業が『過剰サービスをやめよう』と言っても、経済メカニズムの中では1社だけやめることは簡単ではありません。だから、全体で対応していく必要があるし、労働組合が乗り出すことの意義も大きい。

もちろん、労働組合としては賃上げを求めることの意義の方が圧倒的に大きいのですが、新しい求心力を非組合員まで作るという点で、カスハラ対策には大きな意義があります」

●労組の委員長を決めるのが「罰ゲーム」であってはいけない

賃上げにとどまらない新しい連帯が生まれたとしても、労使の関係性が対等でなければ、声をあげる存在しての企業別労働組合は機能しないのではないだろうか。特に、日本ではストライキが激減して、年間30件もない。

「協調的労使関係の企業では、会社側が事業計画や予算などの経営情報を全部流して、情報共有を徹底しているケースもあります。会社と組合の相互信頼が生まれているのであれば、ストライキがないということが必ずしも悪いことではないでしょう。

でも、相互信頼や協調は対等だからできているわけであって、対等性のない協調というのはまずい。1960年代までの日本の労使関係は荒れていて、その対立を乗り越えて協調関係になっているのですが、対等性が失われてきているのであれば、緊張感をどうやって取り戻すのかを考えないといけない。

過去のように過激な方向を目指す考え方もあるのでしょうが、私は今の企業別労働組合を生かした漸進的な変化を促したいと考えています」

ただ、労働者側が対抗する力をつけようとしても、「惰性の連帯」では意味がないという。

「全員が強制的に組合に加入する『ユニオンショップ制』を導入していると、みんな惰性で入ってきます。そうすると、組合の委員長を決めるのも罰ゲームみたいになってきます。罰ゲームで決まった委員長がちゃんと交渉できるかは怪しいでしょう」

労働組合が存在しない企業でも、職場で選出された労働者の代表者によって、様々な労使交渉をおこなう「従業員代表制」の仕組みを法制度化する議論が10年以上前からあるが、梅崎氏は、法制度によって労働者をまとめることには限界があると指摘する。

「自然発生的な秩序である労働者の連帯を国が介入して作らせようとしても、そもそも限界があります。

フランスナポレオンがなぜ強かったのか、という話に近いのですが、国民軍のような傭兵部隊ではなくて、その人たちが自主的に国を守ろうと集まったから強いわけです。幕末の奇兵隊と同じです」

ディズニーランドにいくだけで、労働者の連帯が深まるわけじゃない

労働者が連帯することの未来はどう描けばいいのか。梅崎氏は、既存の労働組合の慣習にこだわらず、人と人のつながりをデザインすることが重要だという。

「なかなか組合のイベントに人が集まらないから、みんなでディズニーランドに行こう、と呼びかけるのはいいのですが、それ自体が受け身の目的になると、組合運動への能動性は生まれず、求心力も乏しくなります。いつも参加する人と、全然参加しない人に分かれるかもしれないです。

労働組合は経済活動であると同時に、文化運動でもあるという点を大事にしたいんですよね。夏祭りみたいなずっとやっているイベントでも、ちょっとやり方を変えれば、子育てしている人が入りやすくなったり、孤立している若者が参加しやすくなったりします。

NPOの街づくりを通じて地域の人々がつながっていくのと同じように、もっと新しい労働者文化を生み出して、人と人がつながる場をつくっていく『コミュニケーション・デザイン』の考え方が大事なのではないでしょうか」

【プロフィール】 梅崎修(うめざき・おさむ) 法政大学キャリアデザイン学部教授
1970年、東京生まれ。 大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(経済学博士)。 政策研究大学院大学・研究員、法政大学キャリアデザイン学部・専任講師、准教授を経て2014年に教授。 主な著書に「日本のキャリア形成と労使関係:調査の労働経済学」「日本的雇用システムをつくる 1945-1995: オーラルヒストリーによる接近」など。

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