アメリカで生まれた世界的ベストセラー戦闘ヘリコプターAH-64D「アパッチ・ロングボウ」ですが、シンガポールは他国とは異なる任務に当てているとのこと。しかも、その任務は戦闘機では対処が難しいものだといいます。

都市国家シンガポールのアパッチは任務も独特

アメリカのマクドネル・ダグラス(現ボーイング)社が開発した攻撃ヘリコプターAH-64D「アパッチ・ロングボウ」。初飛行から30年以上を経て、母国アメリカはもとより、イギリスオランダといった欧州諸国、サウジアラビアUAEアラブ首長国連邦)といった中東諸国、さらには日本や韓国を始めとしたアジア諸国まで世界中の国々に採用されています。

そうした「アパッチ・ロングボウ」保有国の中で、通常の攻撃(戦闘)ヘリコプターとして運用するのではなく、独自の任務を割り当てて飛ばしている国があります。それが東南アジアの都市国家であるシンガポールです。

「アパッチ・ロングボウ」は固有兵装としてターレット式の30mm機関砲を機首に備えるほか、胴体左右のスタブウイング(小翼)にロケットポッドや「ヘルファイア」ミサイルの発射機などを搭載可能で、これらを正確に命中させるためのセンサー類も装備しています。味方であれば頼もしい兵器である一方、敵として相対した場合は悪夢のような存在といえるでしょう。

シンガポールは現在20機の「アパッチ・ロングボウ」を保有し、空軍で運用しています。機体の一部は訓練用としてアメリカのアリゾナ州メサに配置されていますが、残りの機体はシンガポール北部にあるセンバワン空軍基地の第120飛行隊に所属しています。

今年(2024年)2月に開催された「シンガポール航空ショー」では、空軍のAH-64Dの実機が展示されそのパイロットが来場者の質問に対し、気さくに答えていました。そこで、筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)はなかなか聞くことのない、シンガポール空軍での「アパッチ・ロングボウ」の任務について話しかけることにチャレンジ。すると、その答えは意外な内容でした。

確かに対空ミサイル積めるけど…

シンガポール空軍のAH-64D「アパッチ・ロングボウ」のパイロットは、その任務について次のように説明してくれました。

「我々のアパッチの主任務は、この機体の開発コンセプトと同じ対地攻撃です。しかし、それだけでなく、副次的に領空防衛もあり、空中目標を攻撃することも想定しています」

冒頭に記したように、「アパッチ・ロングボウ」は攻撃ヘリコプターのため、基本的に地上目標へ攻撃を加える目的で各国とも導入しています。対空戦闘用として胴体中央のスタブウイングの翼端にAIM-92 ATAS(空対空スティンガー)ミサイルを搭載可能ですが、それはあくまでも自機に敵機が迫った時に使う、いわゆる自衛用としてのものです。

つまり、空対空戦闘はこの機体の本来任務とは異なるのですが、それでも敢えて使う理由とは何でしょうか。パイロットは次のように説明してくれました。

「アパッチは我々が運用している戦闘機、すなわちF-15SGやF-16などと同様の飛行高度まで上がることはできません。しかも、飛行速度もずっと遅いです。ですから、このヘリコプター戦闘機を相手にすることはできません。我々が対処するのはそういった機体ではなく、もっと低く低速で飛ぶ小型機や無人機(ドローン)などです」

じつは低速で飛ぶ小型機や無人機は、超音速でも飛べる戦闘機にとっては「遅すぎ」て対処しづらい相手となります。しかも、無人機については昨年から続くロシアウクライナの戦争において双方が多用しており、実際に戦争が起きた場合、かなり現実的な脅威になることはほぼ間違いありません。「アパッチ・ロングボウ」でこれに備えることは軍事的に合理的な考えともいえるでしょう。

加えて、この機体が防空任務に使えるのは、シンガポールの国土が狭いことも理由のひとつに挙げられます。この国の広さは東京23区とほぼ同程度でしかなく、航続距離や速度が遅いヘリコプターでも充分に任務にあたることができるのです。

日本とは真逆なシンガポールの対応

質問に答えてくれたパイロットは、最後に次のようなことも付け加えていました。

「先ほどもいったように、対空戦闘はこの機体にとって副次的な任務であり、あくまでも主任務は地上攻撃です。主力兵器である『ヘルファイア』ミサイルは車両攻撃に使われるもので、この兵器を使う時こそ、アパッチが最も真価を発揮できる瞬間といえるでしょう」

ちなみに、「アパッチ」シリーズには、新型AH-64E「アパッチ・ガーディアン」が存在します。AH-64Dをこれまで運用してきたアメリカやその他の国は、AH-64Eへのアップグレード(近代化改修)や、新造機への更新をすすめています。

シンガポール空軍は、2024年時点ではAH-64Eへの更新を決めておらず、現在のAH-64Dに部分的な改良を施して、運用を続ける予定となっています。

ひょっとしたら他国と同様、「アパッチ・ガーディアン」をその後継として選ぶかもしれず、その点では戦闘ヘリコプターの全廃を決めた日本(陸上自衛隊)とは真逆の対応を取る可能性もあるかもしれません。

シンガポール航空ショー2024で会場に展示された同国空軍の攻撃ヘリAH-64D「アパッチ・ロングボウ」(布留川 司撮影)。