お金は人間の本性をむき出しにする。

筆者(綾部まと)は新卒でメガバンクに入行し、地方や都内の営業店で法人営業をしてきた。そこで普通に生活をしていたら絶対に見ることができないであろう、数々の金銭トラブルを見てきた。メディアに報道されていない金銭トラブルは、実に多い。筆者の勤めていたメガバンクでは、支店長や副支店長は警察と連携を密に取り、毎月必ず情報交換をしていた。

「お金の争いなんて、どうせ富裕層だけでしょ?」と思うかもしれない。実際には彼らは札束で解決してしまうので、煙が立つ前に鎮火してしまう。むしろ一般人の方が金銭トラブルに巻き込まれやすいのだ。

今回は筆者がメガバンクで見てきた、一般人の金銭トラブルをご紹介する。他山の石とせずに、明日は我が身と思って参考にしてみてほしい。

◆①「妻が不倫相手とカネを持ち逃げした」と怒鳴り込む男性

筆者がリテール業務の研修をしていた、新入行員時代のこと。当時は田舎の店で、月末を除いてそれほど忙しくなく、まったりと時が流れていた。静寂は、ある男性の怒声によって破られた。

「お前らが、あいつにカネを渡すからだろ! 俺の人生どうしてくれるんだよ!」

悲痛な声が響き渡り、店は騒然となった。声の出処は、立ったまま客の応対ができるハイカウンター。応対している事務職の女性が震えていることが、背中から伝わってきた。

「あいつの行方も知ってんだろ! 支店長を出せ!」

男性はバンバンとカウンターを叩いている。お客様の依頼であろうが、銀行では初めに支店長を出さない。まず課長を出して、それでもダメなら支店長を出すという暗黙のルールがあるのだ。今回も課長が、前に進み出た。

◆誰もが手続きを守っていたけれど、妻の心は守れなかった

どうやら男性の妻が、勝手に彼の口座からお金を引き出したらしい。そのお金を持って、不倫相手と逃げてしまったという。

「でも奥さんはお客様の印鑑を持っていたし、通帳も持っていたし、委任状も持参していましたよ」と、課長は冷静に、当時の取引履歴を見ながら説得を試みた。

銀行では第三者がお金を振り出そうとすると、一定額以上の場合は必ず口座名義の本人に電話をすることになっている。かつて確認の電話をした行員に、男性顧客は「あ、俺の嫁だろ?別に良いよ。ていうか、忙しい時に電話してくるなよ!」と雑ながら承認してしまっていたのだ。

「まさか不倫してて、逃げるなんて思ってなかったんだよ……」

彼は家にしばらく帰れておらず、久々に帰宅したら、もぬけのからだったのだという。肩を落とす姿は、哀愁が漂ってさえもいた。彼は田舎では珍しくテレビ局に勤務しており、黙っていればスマートなイケメンのように見えた。「人をこんなに豹変させるなんて、カネって怖いな」と、当時新人だった私は身をもって経験した。

◆②「娘に頼まれて」怪しい先に送金しようとする両親

事件は窓口だけで起こるわけではない。外為でもまれではあるが、トラブルが起こる。

ある日、上品な夫婦が「留学している娘にお金を送りたい」と、海外送金の依頼書を持参してきた。当時の筆者は営業店の外為窓口で研修をしており、送金先の銀行や送金先のコンプライアンスチェックを行っていた。

外為の指導担当者は「ま、あんまり引っかかることはないんだけどね」と言いながら、パソコンを叩いてチェックを行った。すると、送金先が「NG先」だったのだ。

◆生活費と授業料で必要らしいが、その送金先である理由は不明

NGである理由は、簡単には照会できない。マフィアやテロ組織とのつながりの疑いがあるという理由以外にも、技術的に銀行がそこにお金を送れないだけ、という場合もある。銀行としては、とにかく顧客に断るしかない。指導担が事情を説明したところ、夫婦は真っ青になった。

「でも、娘から生活費を送ってほしいと言われています。授業料も娘経由で振り込むと聞いているから、このままじゃ授業を受けることができないんです」

こちらとしても送ってあげたいが、ダメなものはダメなのである。クレジットカードのキャッシング、娘に別の送金先を教えてもらうなど、代替手段を提示したところ、彼らは納得いかない様子ながら、お帰りいただけることになった。

帰店の見送りの際、「でもどうして、銀行から送金できないような先を提示してきたのかしら……」と会話していた夫婦の不安気な表情が、頭から離れなかった。

◆世の中にお金がある限り、金銭トラブルはなくならない

銀行では厳しい手続きを設定しているにもかかわらず、金銭トラブルが日々起きている。特に今回ご紹介したような、家族間のいざこざが圧倒的に多い。“身内なら安心”と、心のどこかで思ってしまうのだろうか。

少しでも違和感を覚えたら本人に問いただせるような関係性を維持しておく、維持できない相手とはお金のやり取りはしない。これがトラブルを避ける、最も無難な道なのかもしれない。

<文/綾部まと>

【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother

※写真はイメージです。