イノベーションによって新たな価値を生むには、現在の能力を増幅させる必要がある。つまり“機能拡張”だ。経営コンサルタントとして20年のキャリアをもつ坂田幸樹氏は、生成AIは機能拡張の有効なツールであり、使いこなす人間の能力を高めることに役立つと説明する。『機能拡張 テクノロジーで人と組織の可能性を追求する』(坂田幸樹著/クロスメディア・パブリッシング)から内容の一部を抜粋・再編集し、飛躍的に生産性を高める生成AIの活用法について解説する。

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 第2回は、村上春樹氏が機能拡張して小説を量産するシミュレーションなど、生成AIの活用例や可能性について紹介する。

<連載ラインアップ>
第1回 「生成AIを使ってはいけない仕事」をどう見極める?
■第2回 村上春樹は生成AIを使って小説を量産できるか(本稿)
第3回 カンバン方式の導入で成功したSpotifyやNIKEに共通する、ある考え方とは?
第4回 島田紳助が生成AIで「漫才の教科書」を作っていたら、何が変わっていたか

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■生成AIによって見た目の精度の高いアウトプットが生み出される

 生成AIを使って機能拡張するために必要な基礎能力は「一般教養」と「一般常識」に分けられる。ここでは、教科書が存在する「一般教養」について解説する。なぜ一般教養が必要なのか、デジタル革命によって一般教養はどのように変化していくのかを考えてみよう。

 皆さんは、生成AIをどの程度業務の中で使っているだろうか。使い始めて驚かされることの1つが、そのアウトプットの精度の高さではないだろうか。あまり使ったことがない人のために簡単な例を挙げてみよう。

 たとえば、2023年11月時点のChatGPT4に、次の文章を日本経済新聞の社説風に書き換えるよう頼んでみた。

「日本は長いこと不況で苦しんでいる。この原因は、既得権者がさまざまな制度を作って、変革を阻害していることである。この状況を打破するには、規制改革が不可欠だ。」

 すると、ものの数秒でこの文章が提案される。

「日本経済は、長期にわたる停滞の雲がかかり続けている。この背景には、既存の利権を保持しようとする勢力が、経済のダイナミズムを制約する形で多くの制度を固定化している事実がある。新たな成長を促進し、この困難な状況を乗り越えるためには、規制の枠組みを見直し、改革することが急務である。そうすることで、革新的な企業や事業が芽生え、経済全体の活性化を図ることができる。このような規制改革の推進は、ただの経済問題ではなく、国家の将来にとっての重要な課題である。」

 次にこれをNikkei Asia風に英訳してもらうと次のようになる。

“The Japanese economy continues to be shrouded in a prolonged stagnation. At the  heart of this issue lies the reality that forces intent on maintaining existing privileges have solidified numerous systems that constrain the dynamism of the economy. To foster new growth and overcome these challenging circumstances, it is imperative to revisit and  reform the regulatory framework. Such reforms will enable the emergence of innovative  businesses and initiatives, catalyzing the revitalization of the entire economy. The push for regulatory reforms is not merely an economic issue but a critical matter for the  future of the nation.”

 生成AIの使い方を解説することが本書の主旨ではないのでこれ以上の結果の掲載は控えるが、これを基に500語の英文記事も作成してもらった。そうすると、“The Urgent Need for Regulatory Reform in Japan's Stagnant Economy”というタイトルで、500語ぴったりの記事が出来上がった。その記事では戦後の高度経済成長に始まり、労働市場の硬直化や既得権者を守る規制などに触れた上で、イノベーションを生むための規制改革について言及している。

 日常的に生成AIを使っている人からすれば驚きはないだろうが、これを初めて見た人の驚きははかり知れない。

 かつては、500語の英語の文章を書いてネイティブに校正してもらう必要があった作業が、ものの数分で完了する。これを1000語に増幅することや、自動車産業に特化した文章に変更してもらうことなども、ものの数秒で実現できる。言うまでもないが、嫌な顔一つせずに、である。

 このような精度の高い文章が次々と生成される時代が到来しているのが、生成AI誕生後の世界なのである。

■文章の精度が高いだけでは意味がない

 では、ただ単に精度の高い文章が大量に生成されることに、何か意味があるのだろうか。生成AI誕生前から人間によって大量生成されてきた、いわゆる「こたつ記事」がより読みやすくなるととらえれば、一定の価値はあるのだろう。しかし、すでにある情報を基にして、何の脈略もなく、新たな文章を大量生成するという行為には何の価値もない。

 皆さんの会社でも、他人の発言をただ単に繰り返したり、意味もなくメールのCCを増やしたりするような人たちはいないだろうか。それらの行為は、他人の貴重な時間を奪っているだけで、何の価値も生み出していない。

 同様に、精度の高い文章を大量に生成すること自体には何の意味もない。繰り返しになるが、新たな価値を生むためには今持っている能力を増幅させること、つまり「機能拡張」する必要があるのだ。 

村上春樹が毎月小説を執筆できるようになる時代 

 日本を代表する小説家村上春樹氏は、これまでに小説だけで30作品ほど出版している。1979年のデビュー以来、小説だけに限れば1年半に1冊くらいのペースで出版していることになる。

 村上氏が「僕は字にしてみないとものがうまく考えられない人間」と著作で書いているように、実際には最初から最後まで自身で筆を執らないと1冊の小説は出来上がらないのかもしれない。小説を書くという崇高な行為を冒涜するつもりもない。しかし、より多くの村上作品が世に出ることを願う村上春樹ファンの想像ではあるが、ここでは村上氏の機能拡張について考えてみたい。

 小説を書くプロセスを次図のように整理してみた。

 村上氏が日々感じていることを毎日日記に書きつづって、それを基に生成AIが過去の村上氏の小説を参考にしながら毎日1冊の小説を完成させることは理論上できる。その中から完成度の高いものを村上氏自身が選んで練り上げれば、毎月1冊出版することも夢ではなくなるだろう。

 すでに著名人がライターとのコラボによって書籍を執筆することは一般的になっているが、それが生成AIとのコラボによって増幅すると何が起きるのだろうか。文化庁によると日本人が毎月読む本は平均1冊強だそうだ。これが変わらない以上、好きな著者の作品が増え続ければ、それ以外の著者の作品を読む時間は減り続けるだろう。名前が知られていない新人作家にとっては辛い世の中になってしまう。

 誰でも生成AIによって自身の機能を拡張できる時代だからこそ、自分自身の機能を高めるとともにユニークさを出していくことが求められている。そして、そのために必要なのがユニークな問いを立て、生成されたアウトプットの良し悪しを判断するための基礎となる一般教養なのである。

<連載ラインアップ>
第1回 「生成AIを使ってはいけない仕事」をどう見極める?
■第2回 村上春樹は生成AIを使って小説を量産できるか(本稿)
第3回 カンバン方式の導入で成功したSpotifyやNIKEに共通する、ある考え方とは?
第4回 島田紳助が生成AIで「漫才の教科書」を作っていたら、何が変わっていたか

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