ボカロP/シンガーソングライター/アニメーターとして活動するアーティスト・はるまきごはんさん。
主に初音ミクを使用したボカロ曲をリリースしつつ、自らも歌唱。アニメスタジオ・スタジオごはんを率いて、制作した楽曲のMVを通じてストーリーや世界観を表現している。
マルチな才能を発揮する根底には、自身の持てる全力で、あらゆる手段を通して世界観を表現しようという確かな意志がある。
少女の純粋を描く繊細なストーリーと、藍色を基調とした幻想的で美しい世界は、2014年のボカロPデビュー以来、多くのファンを惹きつけてきた。
そんなはるまきごはんさんの活動10周年を記念したワンマンツアー「ハンドメイドギンガ」の東京公演が、2月11日にEX THEATER ROPPONGIで開催された。
ライブでは、これまでの10年間を振り返るボカロ曲を自ら歌唱し、生バンドで演奏。随所で、新規アニメーションによる物語が上映され、一連の楽曲と共に一つの世界を構築する「シアトリカルライブ」というプレミアムな形式となった。
取材・文:highland 編集:恩田雄多 写真:KEIKO TANABE
楽曲とMVとアニメ…はるまきごはんによる銀河間鉄道の物語開演と同時に、ステージ上のスクリーンではライブオリジナルのアニメーションがスタート。エテル・シアナという名の緑髪の少女と、彼女が乗る列車・銀河間鉄道が映し出され、「ハンドメイドギンガ」の物語が幕を開けた。
1曲目「ラストライト」が始まると、楽曲のMVがスクリーンに投影され、バンドの生演奏が会場に響き渡った。瞬時に、このライブははるまきごはんさんらの演奏を聴くだけでなく、MVを大スクリーン&大音響で鑑賞するイベントでもあるということに気づかされ、感動で打ち震えた。
ボカロ曲のMVは通常、PCのモニターやスマートフォンで鑑賞されることがほとんど。ニコニコ動画やYouTubeのウィンドウという視聴環境に合わせてつくられているとも言えるが、大スクリーンで見ても決して見劣りせず、その迫力に圧倒された。
ライブ中は、スクリーン越しにはるまきごはんさんら演奏メンバーの姿が確認できる。背後からスポットライトが当てられたシルエットからは、全身全霊をかけて歌っているのが伝わってくる。
以後もパフォーマンスは基本的にMVの映像とセット。「演奏」であると同時に「上映」でもある。はるまきごはんさんのライブでは、自ら曲を歌うにとどまらず、自身が手がけたMVも上映する──唯一無二のアーティスト性を、改めて実感させられた。
「ラストライト」が終わると、そのまま「八月のレイニー」をノンストップで演奏した。
その後、再び少女・エテルを主人公とするアニメーションのストーリーパートが展開。
銀河間鉄道の10号車に搭乗するエテルは、自分を呼ぶ乗客がいるという24号車に向かうが、自身が連れているカナリアを10号車に置いていかなくてはならなかった。
車掌に連れられて、エテルの不思議な物語が始まった。
唯一無二の形式で振り返るボカロPの10年間3曲目の「銀河録」がスタートした頃には、今回のライブはこれまでにはるまきごはんさんが発表した楽曲を、おおむね時系列で振り返っていく構成であるとわかる。
続く「ドリームレス・ドリームス」は、アコースティックアレンジでパフォーマンス。MVの上映はなく、はるまきごはんさんの絞り出すような切ない歌声が会場に響く。あたかも彼自身が観客に語りかけ、楽曲の持つ慰めと救済のメッセージを届けようとしているようだった。
再び挿入されたストーリーパートでは、エテルが車窓に映る麦わら帽子をかぶった白いワンピースの少女を発見。すると、そこからシームレスにその少女が登場する名曲「コバルトメモリーズ」の演奏が始まった。
ここまでのレポートでもわかる通り、このライブでは、合間に挿入されるアニメーション(ストーリーパート)で、エテルを主人公とする物語が展開する。
劇中には、はるまきごはんさんの楽曲で歌われた各キャラクターが登場。彼女たちを導入として、該当曲の演奏が始まる。まさに「シアトリカルライブ」の名に相応しい形式だ。
続いて披露されたのは、アンセム中のアンセムである「メルティランドナイトメア」。
ここでサプライズとして、客席の右手側からなんとこの曲のマスコット的なキャラクターである「メルティさん」が着ぐるみで登場。
演奏中、スタッフに引き連れられて客席の周囲をぐるりと移動。2023年末から地球で活動を開始した「メルティさん」の、サービス精神あふれる仕掛けだった。
描かれてきた少女たちの物語、そして「ゼロトーキング」続いて披露されたのは、世界観と登場人物が共通する連作「約束」「彗星になれたなら」「再会」の3曲。
収録アルバム『ふたりの』で描かれた、2人の少女・ナナとリリをめぐるストーリーが、ナレーションをつとめたバーチャルシンガー・ヰ世界情緒さんのしっとりした声によって朗読される。
とある惑星で幼少期に邂逅した2人が、離れ離れになったまま長い時が経ってしまう。しかし、世界が終末を迎える最期の時に再会を果たす、という切ないストーリーだ。
一連の3曲は、スローなアコースティックアレンジで演奏。はるまきごはんさんが情感たっぷりに歌唱した。
続いても連作。内気な少女・みかげの人間関係を表現した「第三の心臓」「蛍はいなかった」「仮定した夏」をパフォーマンス。楽曲を収録したアルバム『幻影EP-Envy Phantom-』で描かれたストーリーが展開された。
「第三の心臓」は、やや変則的に演奏の途中で終了。挿し込まれたエテルのストーリーパートによると、「第三の心臓」の世界は銀河間鉄道の21号車だったようだ。
エテルはカナリアが心配になり10号車に引き返そうとするのだが、車掌から非情にも「元の車両に戻ることはできない」と告げられる。
エテルが22号車の扉を開くのに合わせて、次の曲「蛍はいなかった」へ。はるまきごはんさんの楽曲のなかでは珍しく、現実の世界を舞台に展開する、爽やかなストーリーが印象的な一曲だ。それまでの暗めの曲から一気にムードが切り替わる解放感があった。
連作の3曲目「仮定した夏」は、YouTubeやニコニコ動画に投稿されていないアルバムのみの収録曲。前回のワンマンライブ「幻影LV」でも投影されたリリックビデオに合わせて演奏された。
アルバム『幻影』収録曲の後は、2023年に発表された大ヒット曲「ゼロトーキング」。はるまきごはんさんの真骨頂ともいえる、2人の少女(大令嬢とドロシィ)の別離と通じ合いが、MVでは時にコミカルな描写を交えながら描かれている。
重厚なビートにベース、キャラクターの心情に合わせて変化するアレンジやメロディが大音量で会場に広がる。この曲のみ、はるまきごはんさんと初音ミクのデュエット。人間とVOCALOIDが交互に歌うパートはとてもエモーショナルで、観客の心と身体を揺さぶった。
MC一切なし「ハンドメイドギンガ」の物語はクライマックスへライブは終盤、合間で展開されてきたエテルの物語もクライマックス。自分を呼ぶ乗客のいる24号車の前まで来たエテル。しかし、エテルは何かを恐れて扉を開けることができない。それは真実を知ることへの恐怖のようにも見えた。
「知ることが怖いの?」──誰かから声をかけられたエテルが振り向くと、発表されたばかりの最新曲「僕は可憐な少女にはなれない」の演奏がスタートした。
この曲について、はるまきごはんさんは「ずっと初音ミクと共に作品をつくっていますが、10年の節目のこの曲だけは、彼女の力を借りずに一人でつくると決めていました」と述べている。
誰かを主人公にした楽曲ではなく、はるまきごはんさんが初めて自身について語る曲ということだろうか。MVでは一貫して少女を描いてきたはるまきごはんさんが、痛切に焦がれつつも決して少女になれないもどかしさを歌う曲でもある。
最後のフレーズ「僕は少しだけ少女になった」は、10年間のこれまでの積み重ねを経たからこそ言える言葉だった。
歌い終わるとともに、エテルのストーリーが再開。扉を開けたエテルを待っていたのは、元々いた車両に置いてきたはずのカナリア。
エテルはカナリアに「またね」と別れを告げて走り出す。彼女が恐れたのはカナリアとの別れだったのかもしれない。
真っ白な空間が色づき、エテルの前に雄大な景色が広がる。目的地である「ハンドメイドギンガ」にたどり着くことができたのだ。大円団のような盛り上がりに、観客からは大きな拍手が起こった。
続くエピローグでは、この日のライブ演奏で登場したはるまきごはんさんの楽曲のキャラクターが集結。彼女たちに勇気づけられながら、エテルは目的地に到着した。まさにエテルは、はるまきごはんさんの楽曲に支えられてきたファンの象徴でもあるのだろう。
アニメーションで描かれたエテルのストーリーの終了をもって、「ハンドメイドギンガ」も完結。MCらしいMCは一切なし、はるまきごはんさんがつくり上げた、まるで映画やミュージカルを観ているかのような濃密な時間は、この瞬間に終幕を迎えた。
煮ル果実がサプライズ登場、10年目の決意表明アンコールを求める拍手に応え、ステージに再び姿を見せたはるまきごはんさんは、スペシャルゲストとしてボカロPの煮ル果実さんを発表。
歓声と共に登場した煮ル果実さんは、「リハの時点ではるまきごはんさんの10年間に感極まって泣いてしまった」とリハーサル時のエピソードを披露した。
挨拶もそこそこに、2人の共作曲である「運命」をパフォーマンス。v flowerと初音ミクのデュエット曲だが、ライブでは、ボカロPの2人がそれぞれのパートを歌唱した。
アンコールまで、ほぼMCなしで走り切ってきたはるまきごはんさん。「運命」を歌い終えると、ライブとともに進行したストーリーの主人公・エテルについて語り始めた。
「エテルは、僕が中学生時代に創った、一番大好きなキャラクターでした。以前から、10周年を迎えて何かをするときには、絶対にエテルを主人公にしようと決めていて。今回の『ハンドメイドギンガ』で実現できて良かったです」
「ハンドメイドギンガ」のアニメーションパートに主人公として登場したエテルは、観客やファンであると同時に、今回演奏した楽曲とともにキャリアを歩んできた、はるまきごはんさん自身のようにも感じられた。
10年間で生み出してきたキャラクターや楽曲の力があったからこそ、彼はライブの最後にエテルを「ハンドメイドギンガ」に到達させることができたのだろう。
「1年かけて、この10周年を振り返っていきたいと思っています。自分は他の人に比べて作品を出すペースは遅いけど、これからもずっとつくり続けるのでまた見に来てください」
今後への決意表明を経てスタートしたアンコール2曲目は、はるまきごはんさんのボカロPとしてのデビュー曲「WhiteNoise」。10年前の2月7日に公開した楽曲を、生バンドで熱く演奏。最後には、力を振り絞るように楽器を盛大にかき鳴らして大団円を迎えた。
ライブ終了後には、2024年12月8日(日)に追加公演となる「ハンドメイドギンガ Finale -新しい旅-」を発表。今回の「ハンドメイドギンガ」に続きの物語を加えて、演出と演目を再編集した「拡張再演」になるという。
曲も映像も何から何まで自らこなすクリエイター・はるまきごはんさんがつくり上げた手づくりの銀河は、10周年という節目を経てさらなる拡張を続けていく。
はるまきごはん10th Anniversaryワンマンツアー【写真】はるまきごはんさんのパフォーマンスをもっと見る
「ハンドメイドギンガ」東京公演セットリスト
M1 / ラストライト
M2 / 八月のレイニー
M3 / 銀河録
M4 / ドリームレス・ドリームス
M5 / コバルトメモリーズ
M6 / メルティランドナイトメア
M7 / アスター
M8 / セブンティーナ
M9 / 約束(Acoustic)
M10 / 彗星になれたなら(Acoustic)
M11 / 再会(Acoustic)
M12 / 第三の心臓
M13 / 蛍はいなかった
M14 / 仮定した夏
M15 / ゼロトーキング
M16 / 僕は可憐な少女にはなれない
M17(en1) / 運命(ゲスト:煮ル果実)
M18(en2) / WhiteNoise
【はるまきごはん、10年のボカロP活動の集大成 煮ル果実も駆けつけた120分の銀河鉄道の画像・動画をすべて見る】
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