日本には「浸かる」だけではなく、さまざまな入浴法がありますが、そのなかでも、日本の風呂の原点ともいわれるのが「蒸し湯」。蒸し湯は、「今、ブームとなっているサウナや、岩盤浴とも密接な関係にある」と、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏はいいます。松田氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』より、詳しく見ていきましょう。

“心にも体にも効く”風呂の文化

日本は世界でも名だたる“入浴文化”をもつ国です。それだけに単に浸かるだけの入浴法の他にも、さまざまな入浴法があり、現代にまで受け継がれています。理由はもちろん「効く」、「効果がある」からに尽きます。実際に現在でも利用できる伝統的な入浴法をご紹介しましょう。まずは日本の風呂の原点といわれる蒸気浴「蒸し湯」から――。

日本人の風呂の原点「蒸し湯」

「岩盤浴」という言葉が定着して20年以上になります。最近では若い世代を中心に、湿度を高めたサウナがブームです。じつは岩盤浴とサウナは、日本の伝統的な温泉浴法「蒸し湯」と密接な関係にあります。また、奈良時代瀬戸内地方の岩窟で誕生した「蒸し湯」は、日本の風呂の原点とも考えられています。

”特別天然記念物”を使用した岩盤浴

八幡平はちまんたい)のうっそうたるブナの原生林が覆うなか、玉川温泉秋田県)の大きな一軒宿「玉川温泉」が立つ渓谷だけが、爆裂火口のように黄色味を帯びた火山特有の荒々しい地肌が露わで、特異な光景です。

宿泊棟の手前に、一周30分ほどの探勝遊歩道があります。その途中の玉川の湯元でもある大噴(おおぶけ)がおどろおどろしい。98度の熱湯が猛烈な勢いで噴き出していて、その量はなんと毎分9,000リットル。それが幅3メートルの熱湯の川となって流れ出して行くのです。

玉川温泉には微量のラジウムが含まれており、10年間に1ミリずつ石化してわが国唯一の「北投石」(特別天然記念物)となります。玉川温泉の岩盤浴は、この北投石が土中に埋まった地熱地帯(40〜50度ほどの地温がある)にゴザを敷き、横になって毛布などにくるまりながら放射線を浴びるもの。一回に40分、これを一日に2回行うのがここでの湯治の習わしです。免疫力を高める予防医学として活用するのが理想ですが、藁にもすがる思いで、ここに来る人も少なくないとも言われます。

このような岩盤浴は、わが国の伝統的な温泉入浴法「蒸し湯」の一種と言っていいでしょう。古くから、とくに温泉療法が積極的に行われるようになった江戸時代以降、「蒸し湯」と「滝湯(打たせ湯)」は温泉施設の定番でした。

病気にすぐれた効き目を持つ「風呂の原点」

蒸し湯とは蒸気浴を指します。北欧の乾式サウナと比べ体への負担が少ない湿式サウナは、いわば日本人のDNAが記憶している“風呂の原点”と言ってもよいでしょう。なぜなら、奈良時代瀬戸内地方などで海岸の岩窟などを利用した石(いわ)風呂が、日本の風呂の起源だと考えられているからです

アーチ形や四角い形に掘り抜かれた穴の中で、雑木の生木を焚き、床土を焼き尽くしてから、海藻類を敷き詰める。すると海藻から塩分やヨードを含んだ大量の水蒸気が穴の中に充満します。その後、海水を浸したムシロを床土の上に敷き、横になって全身を温めます。途中、ときどき外に出て海水などで体を冷やしては石風呂にこもる。これを一日に2、3度繰り返すのが入浴法でした。

いわば現代のミストサウナです。汗が噴き出した後の爽快感はたまらなかったでしょう。効用はそれだけではありません。蒸気に大量のヨード分が含まれていますから、神経痛、リウマチ、胃弱、慢性腎臓炎ほか、さまざまな病気に卓効がありました。

750年の歴史を持つ「むし湯」

石風呂の温泉版が大分県別府鉄輪(かんなわ)温泉の「むし湯」です。生木を焚いて海水をかけ湯気を出す代わりに、「鉄輪地獄」の天然の噴気を利用したものです。温泉ですから、蒸気のなかにも有効成分が含まれていて、呼吸器を通して体内に吸収されます。

「鉄輪むし湯」はかつては「石風呂」と呼ばれていました。

鉄輪に最初の蒸し湯を造ったのは、鎌倉時代の僧侶で、時宗の開祖として知られる一遍上人とされます。伊予国(現在の愛媛県)の出身でしたから、瀬戸内地方の石風呂をよく知っていたのでしょう。鎌倉時代の建治二(1276)年のことだったといいますから、750年近くもの歴史があります。

「石菖(せきしょう)」という香りの良い薬草を敷き詰めた石室の中は、80度近くに保たれていて、存分に発汗した後の爽快感は現代人でも病みつきになりそうです。単に爽快感だけではなく自律神経が整うのです。“サウナー(サウナ好きのことを称する)”は「ととのう」と表現します。

わが国の伝統的な入浴法である蒸し湯の形態は、別府鉄輪温泉の蒸し湯の他にもまだいくつかあります。鉄輪の蒸し湯と同じように現在も利用できる蒸し湯のご当地バージョンをご紹介します。

サウナー必見!ご当地「蒸し湯」7選

■蒸し風呂

群馬県四万温泉は、かつては関東を代表する湯治場で、現在でも全国的に見ると湯治客用の施設は多い方です。

この四万温泉に、五代将軍綱吉の時代に蒸し湯があったことを伝える古文書が残されています。元禄七(1694)年創業の「積善館」に伝わる「蒸し湯」もその流れをくむものと思われます。昭和五(1930)年に建て替えられた国の登録有形文化財「元禄の湯」の蒸し風呂のことです。

■箱蒸し

首だけを外に出して箱の中で体が蒸される、いわば半蒸し風呂です。

300年の歴史をもつ秋田県後生掛温泉の一軒宿「後生掛温泉」の「箱蒸し風呂」が有名。蒸し風呂と比べ長時間入浴できる利点があります。蒸し湯の入浴時間は一般に10~20分ですが、箱蒸し風呂ですと30分前後は大丈夫でしょう。

■ふかし湯

その代表は青森県酸ヶ湯温泉名物「まんじゅうふかし」で、「子宝の湯」とも呼ばれています。95度の高温泉が樋で流され、その上にかけた木の蓋が一見ベンチ風に2列並んでおり、服を着たまま腰かけたり腹ばいになっていると、体の深部までじんわり温まってきます。

若返り効果の他にも、胃腸、婦人病、痔疾にも効果てきめんと、知る人ぞ知る評判の蒸し湯です。

ふかし湯といえば、山形県瀬見温泉街にある瀬見温泉共同浴場「せみの湯」もユニークです。かつては「痔蒸し」と呼ばれるほど、痔疾専用の蒸し湯で知られていました。

総檜造りの室内の床に直径4センチほどの穴が開けられていて、蓋をとるとそこから蒸気が噴き出てきます。床下に高温泉が流れている簡単な仕組みです。この穴の上にタオルを敷いて、浴衣などを着たままお尻をつけて座ったり、仰向けに寝ると患部に蒸気が当たり効果は抜群です。腰痛や婦人病などにも効能が知られています。

■砂むし

南九州にわが国独特の「砂むし」があります。鹿児島県指宿温泉が有名です。

指宿の300年前から知られる天然砂むし温泉場、砂むし会館「砂楽」は、1キロメートルにわたる砂浜で、錦江湾の波に洗われた砂の中に横になり、最高85度のナトリウム―塩化物泉(食塩泉)で温められた砂を、「砂かけさん」に首から下にかけてもらうものです。しばらくじっとしていると砂の熱と砂圧で、どっと汗が噴き出します。砂浴時間の目安は約10分です。

温泉浴と比べ体の深部体温が上がることが地元鹿児島大学医学部の検証で確認されており、幅広い効能が知られ根強い人気です。外国人からは「和風サウナ」と好評のようです。

関節リウマチ、関節痛、腰痛、五十肩、膝関節痛、神経痛、筋肉痛、冷え性、脳卒中後の麻痺、全身美容デトックスなどに効果的です。ただし、心臓病や高血圧症の方は避けてください。

■地むし

地熱そのものに蒸される入浴法で、先にご紹介した玉川温泉の岩盤浴はかつては「地むし」と呼ばれていました。岩手県須川高原温泉の「おいらん風呂」も蒸気が出る地面の上にゴザを敷いて横になる古くから伝わる入浴法(天然蒸気ふかし湯)です。

オンドル浴

「箱蒸し」でご紹介した秋田県後生掛温泉の「オンドル浴」も地むしの一種でしょう。

後生掛温泉では地熱帯に「オンドル宿舎」と呼ばれる部屋があり、温泉の成分を含んだ湿気で常時部屋が満たされています。温泉浴をしながら、さらにこの部屋で寝泊まりすることで体温を上げ、自然治癒力を高めます。

自炊が基本で、和気あいあいとおしゃべりしたり、助け合ったりして、共同生活することで心身の活力を取り戻す、根強い人気の入浴法です。

松田 忠徳 温泉学者、医学博士

(※写真はイメージです/PIXTA)