文=酒井政人 写真提供=ナイキジャパン

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 3月3日東京マラソン2024には世界的なスーパースターが出場した。五輪の男子マラソンを連覇中のエリウド・キプチョゲ(ケニア)と、昨年のシカゴで女子マラソン世界歴代2位の2時間13分44秒を叩き出したシファン・ハッサンオランダ)だ。

 キプチョゲは2時間06分50秒の10位、ハッサンは2時間18分05秒の4位と振るわなかったが、レース翌日に行われたグループインタビューと「UNITE FAST TOKYO」というイベントにふたりは笑顔で登場した。

 

キプチョゲの「強さ」の秘密

 2018年のベルリンで2時間01分39秒の世界記録を打ち立てると、2022年のベルリンで同記録を2時間01分09秒(現在は世界歴代2位)まで短縮。2019年の非公認レースでは人類初の2時間切り(1時間59分40秒)を果たしたのがキプチョゲだ。

 マラソンは全20戦で16勝。〝史上最強ランナー〟はどんなレーニングをしているのだろうか。

「私はマラソンに向けて4カ月かけて準備します。まずはストレングスです。最初の1カ月はジムで筋力トレを重点的に行い、故障しないようなベースを作ります。そして残りの3カ月で走り込みます。ロングラン、テンポ走、スピード練習などをやりますね。ロングランなら30㎞や40㎞。マラソンはボリュームを積まなくちゃいけないので、週に2回ほどサイクリングを入れることで筋肉にインパクトを残して、距離を稼いでいます。3カ月間、楽しみながら走ることによってマインドの準備もしていきます。トレーニングがしっかりできれば、故障をすることなく、レースでもターゲットに到達できると思いますよ」

 キプチョゲはナイキにとっても特別なアスリートだ。これまでに様々なシューズをテスティングして、その意見が新モデルに生かされてきた。ナイキのシューズを最も熟知している選手だが、普段はどんなモデルを着用しているのだろうか。

「私はナイキと一緒に走ってきました。新しいモデルが出てくるたびに本当に良くなっていて、いまはアルファフライ 3でレースに出場しています。練習でいえば、トラックはアルファフライ3、ロングランやファルトレクはアルファフライ 2。他にもペガサス、ボメロ、インヴィンシブルズームフライなどたくさんのモデルを履いています。シューズを選ぶポイントは、自分がいかに快適に走ることができるのか。不快感があると、足の痛みにつながる恐れもあるので、自分にフィットするシューズを選んでほしいですね」

 数々の栄光をつかんできたキプチョゲ。昨年4月のボストンで6位となり、「衰え」を指摘されたが、38歳で迎えた昨年9月のベルリンを2時間02分42秒で完勝した。今夏はパリで前人未踏の偉業に挑むことになる。39歳で狙うは五輪の3連覇だ。

パリ五輪ではマラソンを走りたいと思います。目標は再び、世界チャンピオンになることです。長く競技を続けられる秘訣はプロらしい努力を続けることですね。プランをしっかり立てて、努力を長く続ければ結果は出てくる。人間に〝限界〟はないと思っています」

 レース中だけでなく、インタービュー時のキプチョゲは神々しく感じられた。

好奇心がハッサンを速くした

 2017年のドーハ世界選手権で1500mと10000mの変則2冠に輝き、2021年の東京五輪は5000mと10000mで金メダル(1500mは銅メダル)。〝トラックの女王〟と呼ばれたハッサンは、昨年4月のロンドンで初めてマラソンに挑戦すると、2時間18分33秒で優勝した。その後、再びトラックに舞い戻り、8月のブダペスト世界選手権は3種目に出場。10000mはゴール直前に転倒して11位に終わったが、5000mで銀メダル、1500mで銅メダルを獲得している。

 トラックとマラソン、トレーニングの違いをハッサンはどう感じているのだろうか。

「トラック種目の練習はきついですけどすぐに終わります。一方、マラソン持久力が必要です。2~3時間我慢強く走らないといけません。そこがまったく違います。ロンドンマラソンの後はメンタルがちょっときつかったですね。トラックに戻って、心身ともに疲れました。トラックからマラソンに行くのは簡単かもしれませんが、マラソンからトラックに戻るのは難しいです」

 ハッサンもキプチョゲ同様に「走る」以外のトレーニングを積極的に取り入れているという。

「週に2回はジムに行きますね。アメリカにいるときはロッククライミングもやりますよ。陸上競技はトラックで800m~10000mをやりますし、マラソンにも挑戦しました。今回もリカバリーしたらトラックに戻りたいと思っています。トラックを全力で走るとハッピーに感じます。いろんなことをミックスするのが楽しいので、ひとつにフォーカスできないですね」

 マラソンハッサンの相棒になっているのが、アルファフライ 3だ。「私のために作られたシューズかと思うくらい、最初に履いたときから大好きになりました」というほど絶賛している。

「ロングランを走った後も、次の日にイージーランができるほどリカバリーが早かった。エネルギーリターンが高いだけでなく、脚へのダメージも少ないと感じています」

 寡黙なキプチョゲとは対照的に、ハッサンは明るく、饒舌だった。エチオピア出身の彼女は難民として、15歳でオランダに到着。そこからシンデレラストーリーを描いて、長距離界のスター選手になった。そして走ることから多くのことを学んだという。

「私はランニングから辛抱強さをもらいましたね。やり続けた先に何があるかわからない。何があっても希望を失わず、常に努力を続けることが大切です」

 五輪や世界選手権で何度もファンを驚かせてきたハッサン。彼女の持つ「好奇心」が、様々なチャレンジを可能にしているようだ。

「人間は自分の思っているより、もっといいものですよ。好奇心があれば、いろんなことにトライできる。そして新たなことを始めると、もっと知りたくなるし、本当に可能性があると思っています。好奇心があれば楽しいことが見つかりますし、今日はうまくいかなくても、明日は明日の風が吹く。失敗を恐れずに前に向かっていくことが大切だと思っています」

 今夏のパリ五輪はどの種目に出場するかはまだわからないというが、花の都でもハッサンしかできない華やかなパフォーマンスを披露してくれるだろう。

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