各社がこぞって「ジョブ型」雇用制度導入へと舵を切るなか、「ジョブ型は日本企業には向いていない」と喝破する専門家がいる。その同志社大学・太田肇教授が、ジョブ型の問題点を指摘しつつ、具体的な事例やデータにもとづき、生産性向上や人材不足対策の切り札になる新たな働き方のモデルを提示。本連載では『「自営型」で働く時代――ジョブ型雇用はもう古い!』(太田肇著/プレジデント社)から内容の一部を抜粋する。

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 第5回は、メーカーの製造現場で行われている「一人生産」方式に注目する。「成果に対する具体的な人事評価がしやすい」など、さまざまなメリットがあるという。

<連載ラインアップ>
第1回 「侍ジャパン」はメンバーシップ型でもジョブ型でもなく、何型だったか?
第2回 “ジャパンアズナンバーワン”再来? 「自営型」が日本になじみやすい理由
第3回 ウェブ調査で判明、中小企業経営者の「自営型」導入への期待とその役割とは?
第4回 建設業や営業職で実証、なぜ「一気通貫制」で生産性が上がるのか?
■第5回 キヤノンオリンパスの生産性を上げた「一人生産」方式は、どう進化したか?(本稿)
第6回 欧米企業幹部の働き方は、なぜ「ジョブ型」でなく「自営型」に近いといえるか

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■人事評価も容易に

 製造現場でよく知られているのが、「一人生産」方式だ。屋台の主人が客に酒や食べ物を出す姿と似ているので、「一人屋台」方式と呼ばれることもある。

 1990年代から2000年前後にかけて、私は一人生産方式の現場を訪ねて回った。電機メーカーの工場では、一人ひとりの作業者がU字型をした作業台に向かって、プリンタワープロなどを最初から最後まで単独で組み立てていた。その姿は文字どおり、工房で仕事をする職人のようだった。

 熟練すると高度な作業や大きな製品の組み立ても一人で行えるようになる。オリンパスの伊那事業所(当時)では、顕微鏡のレンズ加工から組み立てまでほとんどの工程に一人生産方式を取り入れていて、一台が1000万円ほどの大型顕微鏡も、一人の作業者が一週間ほどかけて組み立てていた。

 つぎのような実例も紹介されている。

 スタンレー電気いわき製作所には、高橋勝子さんという女性従業員がいて、デンソーの自動車部品をつくっている。以前は分業でつくられていたが彼女に多能工になってもらい、デンソーの部品製造は彼女の一人仕事になった。部品は高橋さんがデンソーに営業して注文をとり、その注文に基づき必要な量の資材を資材会社に自分で発注する。材料が届いたら自分で完成品をつくり、自分でデンソーに納めている。自分一人でカンバン方式を実現しているのだ。分業より作業は速いし、精度もよいという。

 一般にベルトコンベアなどの分業方式に代えて、一人生産方式を取り入れるメリットとしてあげられているのはつぎのような点だ。「一人ひとりの能力がそのまま製品の出来高として現れてくるので、成果に対する具体的な人事評価を与えることができる。また部分ではなく全体を受け持つため、製品をつくり上げていく喜びも生まれる」。「製品一台をすべて組み立てることで、分業では見えにくい製品設計上の問題点を作業者が浮き彫りにできる」。

 さらに一人生産方式の現場管理者からは、熟練すると製品全体を見て均質に組み立てられるので、質の高い製品ができるという声も聞かれた。

 少品種大量生産から多品種変量生産へという顧客側の要求の変化もまた、一人生産方式と親和的だ。海外の事例だが、中国のある大手電機メーカーでは少品種大量生産の時代には一人が単独の工程を担当していたが、多品種少量生産に入った2002年以降は顧客の多様なニーズに応じて生産を調整するため、一人で2、3の工程をこなす方式に切り替えられたことが紹介されている。

■進化した「一人屋台」

 いっぽうで量的な生産性は、単純に考えると分業方式より一人生産のほうが劣りそうだ。しかし、逆に生産性が上がったという事例も報告されている。

 たとえばキヤノンプリンタ工場では、「うさぎ追い方式」という一つのラインで複数の従業員が一人生産できる仕組みを取り入れたところ、一人当たりの生産台数がベルトコンベアのころの三倍近くまで伸びたという。また品質のバラツキを調整するなどの無駄な作業がなくなり、前述したオリンパスの伊那事業所では、最高級顕微鏡の一人生産ラインで生産リードタイムが15日から5日に短縮され、作業能率は30%向上した。

 このように一人生産は注目された方式だが、爆発的に普及しなかったのには理由がある。先に紹介した高橋さんのようなスーパー社員の例はあるにしても、一人で複数の工程をこなせるようになるには相当な熟練を要し、だれでもできるわけではない。そして、一人の人間がこなせる仕事の範囲には自ずと限界がある。

 ところが、この二点はIT化によって大幅に克服された。前者の例として、センサーの活用があげられる。静岡県浜松市にあるローランド ディー・ジー・株式会社は1999年に「デジタルファクトリー構想」を掲げ、生産現場にはITを用いた「デジタル屋台」方式を取り入れた。

 作業者がバーコードを読み取ると製品の組み立てマニュアルがディスプレイに表示され、必要な数の部品を手にとったかどうかもセンサーでチェックされる仕組みになっている。したがってミスをする心配がなく、だれでも短期間に一人生産ができるようになるという。

 一人生産にloT、すなわちさまざまな機器がインターネットで接続されるシステムを活用している企業もある。

 東京都青梅市にある部品メーカー、武州工業株式会社では一人の作業者が材料の調達から加工、納期管理まで一貫して行う「一個流し生産」方式を取り入れた。

 前述した一人生産より進んでいるところはloTの活用であり、それぞれの作業者が受け持つ機械にはタブレットがつけられており、そこから得られたデータは専用のクラウドにアップされる。各作業者は製造プロセスの進捗状況を見ながら仕事をする。部品の在庫は自動的に管理され、協力メーカーに発注されるシステムになっている。

 ところで、このシステムを導入すると作業者がペースメーカーで管理されるのではないかと懸念する向きもあろう。その点については、ペースメーカーを作業者自身が設定し、機械のスタートボタンも各自が自分の体調に合わせて押すように配慮されているそうである。

 ちなみにシステム導入によって仕事のプロセスが大幅に効率化され、社員は定時に帰ることができるようになったという。

 このようにインターネットを活用することで、個人の仕事の範囲を超えた生産システムが構築できる。また業務の内容によってはアウトソーシングも可能だ。そしてアウトソース先もまた自営型で仕事をすればよい。

 要するに、「作業者の熟練」と「仕事の範囲」という一人生産の限界は、ITの普及によって解消されつつあるといえよう。なおこの点については、すでに見たとおり製造現場にとどまらず、ほかの職場にも当てはまる。

 ここまで企業に雇用されながら半ば自営業のようにまとまった仕事をこなす働き方に注目し、具体的なケースを紹介した。

 ただ、そのほかにも制度化されてはいないが実質的に一人でまとまった仕事をこなす、自営型の働き方をしているケースは多い。とくにわが国では個人の分担が明確でないため、中小企業などでは仕事のできる社員がプロジェクトを丸ごと受け持ったり、諸々の業務を一人でこなしたりしているケースが少なくない。

<連載ラインアップ>
第1回 「侍ジャパン」はメンバーシップ型でもジョブ型でもなく、何型だったか?
第2回 “ジャパンアズナンバーワン”再来? 「自営型」が日本になじみやすい理由
第3回 ウェブ調査で判明、中小企業経営者の「自営型」導入への期待とその役割とは?
第4回 建設業や営業職で実証、なぜ「一気通貫制」で生産性が上がるのか?
■第5回 キヤノンオリンパスの生産性を上げた「一人生産」方式は、どう進化したか?(本稿)
第6回 欧米企業幹部の働き方は、なぜ「ジョブ型」でなく「自営型」に近いといえるか

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