人生100年を迎え、50歳の折り返しを過ぎるとそろそろ定年後の生活を考えるということもしばしば。このまま順当に仕事を続けていけば、定年時にまとまった退職金が受け取れるはずと、退職金の使い道についても計画しているかもしれません。しかし、想定外のことも起こり得るものです。本記事では、Aさんの事例とともに退職金の制度について、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。

月収は高くないが…「退職金2,000万円でセカンドライフを」

日本の雇用慣行は、正社員で就職した企業に定年まで同一企業で雇用され続ける終身雇用の時代が一般的でした。 しかし現在では、働き方改革が追い風となり、多様な働き方が推奨されるようになってきています。

製造業に勤める大卒会社員Aさんは、59歳。同期入社の同僚は50歳前後を境に、転職や起業など、定年後の働き方を見据えて退職していきました。Aさんの月収は40万円と大卒会社員としては決して高いとはいえません。

60歳手前の男性の平均月収

ここで、厚生労働省の「令和4年賃金構造基本統計調査結果の概況」から、男性の55歳~59歳の月収を学歴別賃金でみると、大卒で平均約51万円です。

産業別では、製造業が約41万円、さらに企業の規模別にみると、大企業では約48万円、中企業で約40万円、小企業で約35万円と、学歴や産業別、企業規模別で賃金に大きな違いがでています。

退職金給付額の平均

Aさんはいまの会社に不満がないこと、新たな仕事を始めて失敗することの不安を危惧していたので、終身雇用(定年)で退職金2,000万円を受け取り、安心したセカンドライフを過ごしたいと頑張ってきました。

退職金額についても、会社の規模・勤続年数・職種・学歴・退職理由などによって異なりますが、厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査結果の概況」から、退職給付(一時金・年金)制度の形態別定年退職者1人平均退職給付額 (勤続20年以上かつ45歳以上の定年退職者)の大学卒(35年以上勤務)では、「退職一時金制度のみ」が1,822万円、「退職年金制度のみ」が1,909万円、「両制度併用」が2,283万円となっています。

定年前の突然の悲劇…会社が倒産で「退職金0円」

ある日、いつもどおりに出社すると、会社入口に人だかりが……かきわけて入口の張り紙を見ると「会社が倒産した」と記載されていました。「えぇっ、そんなばかな……さすがになにかの間違いでは」と半信半疑のなかドクドクと鼓動が早まるのを感じました。それから、顧問弁護士と名乗る人から説明を受け、ようやく深刻な事態だと把握しました。

Aさんは60歳定年後、再雇用で65歳まで働くつもりでした。65歳の年金を受け取るまでの5年間が空白となってしまいます。60歳で再就職先があるか不安は隠せません。それどころか、退職金はどうなるのだろうか。退職金2,000万円のために、定年まで頑張ってきたのにまさかの0(ゼロ)円!?

慌ててインターネットで調べてみると、退職金の支払いに関する規定が雇用契約や就業規則、退職金規定などに記載されており、会社と労働者とのあいだで退職金の支払いが合意されている場合、退職金が支給されるとありホッとしました。しかし、それはほんのつかの間……。

退職金は会社が倒産したとしても受け取る権利は失われることはありませんが、倒産した会社に支払う余力があるかどうかです。倒産するぐらいだから余力なんてないのでは?とAさんを大きな不安が包みます。

途方に暮れるAさんに救いの手はあるか

Aさんが計画していた退職金2,000万円の使い道は下記のとおりです。

・700万円で住宅ローンを完済

・妻と自分で100万円を退職祝に

・200万円は普通預金へ(いざというときの備え)

・残り1,000万円をNISAと貯蓄型保険や退職金定期預金等にあてる

このように考え、大変楽しみにしていたのです。

定年退職を目前にまさかの倒産。Aさんは途方に暮れ、定年後に計画していたライフプランはガラガラと崩れ落ち、こんなはずではなかったと絶望し、目の前が真っ暗です。

会社側からの説明では、従業員は全員解雇となるようです。離職票を受け取り、ハローワークで求職の申し込みをし、失業手当を受けることで、当面の生活はなんとかなりそうですが、60歳以降の仕事を探さなければなりません。

今後の生活が脅かされる結果に戸惑い、学生時代の友人に相談すると、従業員を救済するために、国の制度として、政府が会社に代わって未払賃金と退職金の一部を立替払いする制度があるとのこと(独立行政法人労働者健康安全機構の未払賃金立替制度)。

未払賃金の立替払制度は、労働者とその家族の生活の安定を図る国のセーフティーネットとして、企業が倒産した場合に、賃金の一部を国が立て替えて支払う制度で、労働基準監督署と独立行政法人労働者健康安全機構が制度を実施しています。

ただし、この制度には要件と上限金額があり、支払われる金額は未払いの賃金を含めた額の8割となっています。退職金の支払いが全額保証される制度ではないのです。また、退職日の年齢によっても限度額があります。45歳以上のAさんは、受け取れたとしても立替払の上限である296万円(45歳以上)です。

また、事業主が、中小企業退職金共済制度を利用している場合は、会社に退職金を支払う余力がなくても、退職金を受け取れます。中小企業退職金共済制度とは、事業主が掛け金を納付することで、従業員が退職したときに独立行政法人勤労者退職金共済機構から従業員に退職金が直接支払われる制度です。

雇用契約書や就業規則をきちんと確認しておく

新たな職探しをしながら、Aさんは自分が選んだ道が正しかったのか、考えてしまいます。終身雇用(定年)で働き続ければ、退職金が多く受け取れる、そのことのみを記憶していたため、会社の就業規則など、詳細を把握していなかったことが大きな不安につながっていたのではないでしょうか。

実は、Aさんの会社は前段の後者である、中小企業退職金共済制度に加入していたことがわかり、退職金は受け取ることができると判明し、0(ゼロ)円という事態は回避できました。また、社長から倒産は長引くコロナの影響で経営が悪化したためだと従業員全員に謝罪がありました。

想定外のことは誰にも予想することはできませんが、本来、Aさんは雇用契約書や就業規則など、きちんと確認しておかなければいけません。働き方は多様化しているので、トラブルにならないためにもより一層重要となります。

参考 厚生労働省:令和4年賃金構造基本統計調査結果の概況 令和5年就労条件総合調査結果の概況 独立行政法人労働者健康安全機構 独立行政法人勤労者退職金共済機構

三藤 桂子 社会保険労務士法人エニシアFP 代表

(※写真はイメージです/PIXTA)