定年退職の節目を機に、再就職ではなく「起業する人」が増えてきています。しかし起業しても、当然全員が上手くいくわけではありません。成功する人と失敗する人がいますが、両者のあいだにはどのような違いがあるのでしょうか。本記事では、とある大企業に勤めていた対照的な2人の事例とともにシニア起業の成功例と失敗例について、ニックFP事務所のCFP山田信彦氏が解説します。

65歳、「会社大好き生活の延長」で起業

某大手メーカーで取締役まで昇進した森原さん(仮名)。当時の年収は4,000万円程度でした。61歳で退任したあとも本人の強い希望と根回しもあり、年収は大幅に下がったものの、小規模な系列子会社社長として転籍することができましたが、そこも内規上65歳まででした。

本人は経済的にはこれ以上は働く必要がないとの認識でしたが、もともと毎日会社に通うこと自体が生き甲斐でしたのでさらなる再就職先をエージェント経由探してみました。しかし森原さんの年齢では希望するような報酬と役職での求人は見つかりません。

そこで思いついたのは企業コンサルタントとして独立開業することでした。森原さんのサラリーマンとしての経歴は購買部門が長く、その手腕には自信がありました。さっそく現役時代の下請け部品メーカーのオーナー社長に自分を売り込み「交渉」の末、まずは1年契約で月10万円のコンサルタント契約を取り付けることに成功しました。

月2回の出社での関係部署への対面アドバイスと月次報告書の提出が契約上の責務であり、森原さん本人はいい仕事をしていると自負していましたが、その契約が2年目以降に延長されることはありませんでした。

それは顧問契約を結んだオーナー社長は森原さんの能力を認めて契約を結んだというよりも、いまも大取引先である森原さんの出身会社との関係悪化を案じての苦渋の選択だっただけで、1年で義理は十分に果たしたという思いだったようです。

森原さんが提供する助言等は大企業目線で一般論を放つだけで役に立たなかったのです。別途同じような契約を結ぼうと、森原さんは現役時代の他取引先の知り合いにも連絡を取り、言葉巧みに会食をねだっては顧問契約の意向を打診してみましたが、成功することはありませんでした。

唯一の契約ですら1年で切られるとは思わずに森原さんは半年前にレンタルオフィスの個室を2年契約までしていましたが、結局そのまま廃業することになり残りの期間の事務所代は無駄になってしまいました。

また、現役役員気分が抜けきらない夫妻での浪費癖や老朽化した自宅建物の大規模リフォームもあり、そもそもさほどの金額ではなかった保有金融資産は大きく目減りしていましたが、そのことにすら気がついていませんでした。

60歳、会社とは無関係の「自分の好き」を武器に起業

森原さんと同期入社であった石田さん(仮名)は、経理部門の部長代理職で60歳定年を迎えました。定年直前の年収は900万円程度でした。再雇用も可能でしたが日本人男性の平均健康寿命は73歳程度といわれるなか、定年を機会に自由な時間を優先しての独立起業を以前から考えていました。

文章を書くのが好きな石田さんはサラリーマン時代から個人投資家として、株式投資とFXやCFDトレーディングに関するブログを趣味で開設していましたので、そのサイトに広告を貼り成果報酬を得るアフィリエイターを始める計画を立てていたのです。

これであれば自宅で開業できますし初期費用もほとんどかかりません。起業して1年目の収入は50万円にも届きませんでしたが、これも想定内です。石田さんはほぼ毎日ブログ記事を更新する一方、検索上位に表示されるようなSEO対策も怠りませんでした。

そのような努力の積み重ねもあり、そしてもちろん石田さんが書く記事そのものの内容も面白く知的に充実していることもあって、起業6年目となる現在の1日アクセス数も4,000PV前後にまで伸びて平均月収も30万円程度となりました。

これは65歳から公的年金の受給も開始した石田さんにとっては十分すぎる金額です。また石田さんの場合は青色申告の個人事業者としての資金管理能力も高く、小規模企業共済にも加入するなどして節税対策にも余念がありません。

「好きなことでお金を稼げて、毎日の生活に張り合いがあることが一番だ。ブログはどこでも書けるからまだ体力があるうちに、もっと旅行なども楽しみながらあと10年はこの仕事を続けたいね」と石田さんは目を輝かせていいます。

森原さんの耳にも石田さんの噂が届き…

ある日、古巣の飲み会で石田さんのことを耳にした森原さんの心にはモヤモヤとしたものが現れます。帰宅して、石田さんのブログを検索してみてみると、生き生きと自分の好きなことについて熱く語る石田さんの姿が目に浮かび、森原さんは悔しい思いでいっぱいになりました。

「会社員としては確実に俺のほうが上だったのに。起業で安定した収入を得られるなんて、すごいな。俺とあいつとは、なにが違うんだ……」

定年退職後の起業で成功する人と失敗する人の差

同じ定年退職後の起業でも成功する人と失敗する人の差を森原さんと石田さんのケースの比較で確認してみましょう。

1.「得意+好き+需要がある」を仕事にする

森原さんは「会社が好き」でしたが、退職後の個人事業として行うには自分では得意と思っていた仕事の分野にどれほどの需要があったかは疑問です。その点、石田さんの場合は個人をマーケットに裾野の広い分野を選んだことが成功の要因でした。

2.いつまでも前職の立場にしがみつかない

石田さんの起業に対するモチベーションは明確でしたが、森原さんの場合しょせんは会社生活への未練から始まっています。いつまでも以前の会社関係にしがみつくような中途半端な起業は、本人の前職での経験値も退職後の時間経過に伴い劣化するなかで失敗に終わるケースが多いようです。

3.早めにスタートする

起業に遅すぎることはないにしても、早めにスタートする方が助走期間も長く取れて成功の確率は高まります。実際石田さんの場合も軌道に乗ってきたのは独立してから3年目でしたが、慌てることなく足場を固めていくことができました。

4.定年退職後の資金計画を起業の成否にかかわらずしっかりと立てる

石田さんの場合は仮に起業が上手く行かなくても、減額なく公的年金を受給できる65歳までの資金計画も立て、開業後もしっかりとしたキャッシュフロー管理をしていました。一方、森原さんには計画性のない浪費癖もあり、また現役時代からのお金に関することを人任せにしてしまう性向も重なり行き当たりばったりでした。  

山田 信彦

ニックFP事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)