いざ書くとなると、なかなかハードルが高い「遺言書」。しかし、「遺言書の作成は早めに取り組んだほうがいい」と、税理士の北井雄大氏は言います。北井氏の著書『相続はディナーのように “相続ソムリエ”がゼロからやさしく教えてくれる優雅な生前対策の始め方』(日刊現代)より、その理由を見ていきましょう。

【登場人物】

相続ソムリエ:悩める家族に相続のアドバイスを贈る、相続のプロフェッショナル  

潤一郎(80歳):春樹の父親

小百合(76歳):潤一郎の妻

春樹(52歳):潤一郎・小百合の長男。妹が1人いる

綾子(50歳):春樹の妻

桜(23歳):春樹・綾子の娘。潤一郎・小百合の孫

遺言書の「付言事項」を上手に活用する

小百合:遺言書って、事務的な書類ですよね。相続人への思いを伝えたいと思ったら、別でお手紙を添えたりしてもいいんでしょうか。

相続ソムリエ:生前対策として遺言書を書く場合には、「付言事項」を上手に使うといいでしょう。付言事項とは、家族への感謝や希望など、被相続人の気持ちを伝える手紙のようなものです。

付言事項は、遺言のように財産の分割方法について、法的な効力を持つものではありません。ですが、家族間の相続トラブルを防ぐ働きをしてくれることもあるのです。

私が過去に経験したケースをご紹介しましょう。

Aさんはオーナー企業の経営者で、お子さんは2人、長男と次男がいました。長男は海外赴任中のため、家業は次男が引き継ぐことになりました。Aさんは次男に会社の株式を相続させる遺言書を書き、付言事項として気持ちを記しました。

次男が家業を引き継いでくれるわけですが、もしかすると将来、経営が立ち行かなくなることもあるかもしれません。その場合には、次男が資金調達をする必要があります。Aさんはそのときのことを考えて、「次男には、会社の株式はもちろん、預貯金も多めに残そう」と考えました。Aさんの思いやりを感じるエピソードですが、長男にしてみれば、「なぜ弟ばかり優遇するのか」という不満を感じてしまうかもしれません。

そこでAさんは付言事項に「次男には会社と従業員を守ってほしい。資金繰りが厳しくなったときのために預貯金を多めに残したい」と記しました。長男と次男は、父親の深い愛情を感じ、円満に相続を終えました。またAさんは、長男と次男の配偶者にも感謝の気持ちを残していました。

小百合:素敵だわ。付言事項を使えば、遺産分割の裏にある思いをきちんと伝えることができるのね。

綾子:亡くなった方がどんな思いで遺言書を作ったのかが伝わってきますね。残された家族としては、うれしいはずよ。

相続ソムリエ:素敵ですよね。特に二次相続では、相続人の配偶者が反対意見を述べて揉めてしまうことも多いのですが、付言事項に感謝の気持ちが記されていると、そうした揉めごとも自然と少なくなります

桜:付言事項には何を書いてもいいんですか?

相続ソムリエ:何を書くかは自由ですし、形式の制約もありません。日常生活の中では、感謝の気持ちを表す機会はなかなかないものです。面と向かって言い出すのは照れくさかったりもするでしょう。その意味でも付言事項を有効に活用して、最後のメッセージを残すのはおすすめですね。ちょっとした工夫をするだけで、円満な相続が実現するのですから。

遺言書は何度でも書き換え可能?

春樹:自筆証書遺言などの遺言書は何度でも書き換えられるとうかがって驚いたよ。

綾子:あらっ。そんなお話、あったかしら。

春樹:書き換えた後、どれが最新で有効な遺言書かわかるように、作成年月日を書いておくというお話があったぞ。

相続ソムリエ:春樹さん、よく覚えていてくださいましたね。「遺言書は一度書いたら永遠に変更できない」と思い込んでいる人が少なくないのですが、実際には何度書き直してもかまいません。

複数の遺言書があった場合には、日付が新しいほうが優先されます。極端なことを言えば、毎日、遺言書をアップデートしてもいいのです。そう気楽に考えれば、遺言書を書くハードルが下がるのではないでしょうか。

潤一郎:たしかに、気軽な気持ちで書けそうだ。

小百合:想像したくないけど、明日倒れる可能性もあるんだから、できるだけ早く1回目に挑戦したほうがいいわね。

相続ソムリエ:小百合さんのおっしゃる通りです。早い段階で、一度書いてみることをおすすめします。

中には、遺言書を遺書と勘違いしている人もいます。遺書は、自分の気持ちを伝えることを目的として、相続人に対する希望などを記すものです。一方で遺言書は、自分の保有している財産・債務をどう相続させるかの指示書にすぎません。遺書とはまったく目的が異なります。

潤一郎:なるほど。よく考えてみれば別物だが、混同してしまう気持ちもわかるな。

相続ソムリエ:「自分の気持ちがうまく整理できていないから遺言書が書けない」という人がいますが、それは思い違いです。自分の気持ちはいったん脇に置いて、財産・債務をどう相続させるかに意識を向ければ、決断は難しくないでしょう。

もちろん、付言事項として遺書的な内容を盛り込むこともできますが、遺言書自体は財産・債務に限定したものだと考えてみてください。

北井 雄大 税理士

(※写真はイメージです/PIXTA)