ミュージカルビリーエリオットリトルダンサー〜』(脚本・歌詞:リー・ホール、演出:スティーヴン・ダルドリー、音楽:エルトン・ジョン)が、2024年7月~10月に東京建物Brillia HALL(東京都)、11月にSkyシアターMBS大阪府)で上演される。日本公演は今回で3度目となる。

1980年代イギリス北部の炭鉱町を舞台に、バレエダンサーという夢を抱いた少年ビリーと、彼を取り巻く人々のドラマが描き出される。この作品が観る人の心を熱く揺さぶるのは、夢を追う少年のひたむきさばかりではない。少年を見守り、後押しする人々の想いが、深く激しく共鳴を呼ぶからでもある。なかでも、ビリーの才能を見いだすバレエ教師、ウィルキンソン先生の存在は非常に大きい。この役(ダブルキャスト)を、2000年の再演から引き続き演じるのが安蘭けい、そして今回初めてチャレンジするのが濱田めぐみだ。共演も多く、お互いを「まるで親族のよう」と言うほど厚い信頼関係で結ばれるふたりに、話を聞いた。


 

■ウィルキンソン先生は不器用な人

—— 安蘭さんは再演時に続いて2回目、濱田さんは今回初めて演じるウィルキンソン先生ですが、この役を演じることが決まった時のお気持ちを聞かせてください。

安蘭 私は前回演じさせていただいて、「きっと再演があるだろうな」とは思っていました。でも、その時がいつなのかはわからなかったので、前回「(私が演じるのは)これでもう終わりだ」と思っていたんですよ。ウィルキンソン先生役は、結構ハードなので。「きっと体力がもたない」と思っていました。だから「(次回は)何年先にやるかわからないけど、もしやるなら早めにオファーしてください!」と願う感じでした(笑)。でも、私が初めて挑んだ2020年から、意外とあっという間に時が過ぎてしまっていて。そう、 「なんか私、元気だな」みたいな(笑)。体力的にも意外と変わっていない。いや、実際は変わっているんだと思うけれど、「できる、できそうだな」って。というか今は「やらなきゃいけない」のだけど(笑)。

—— 「またできる」と思われた、この作品の魅力について、どのように感じていらっしゃいますか?

安蘭 この作品ではビリーを演じる少年たちが、やはりずーっと成長していくんですよ、実際に。それをお客様はもちろん舞台上で見られるわけですけれど、我々演者もずっと何カ月間も一緒に成長を見られるので、そこは今回もすごく楽しみです。役を演じていなくても普通に彼らに愛情が湧くし、それをリアルに、本当に舞台上のウィルキンソン先生として体現しているような感じがあって、「本当に素敵な作品だな」と思います。なんだか不思議。こんな感覚になる作品はほかにありませんし、本当に特別な作品だと思います。

—— 濱田さんは本作への出演こそ今回が初めてですけれども、実は以前から思い入れのある作品だったとか?

濱田 2005年にロンドン初演のトライアウト公演を現地で拝見させてもらっているんです。その時は「話題の舞台!」というイメージで。ひとりで劇場に入って観たのですが、1幕が終わった時に、ビリー役の子が全身震えていたんですよね、もう、力を出し切っちゃって。それを見てまず号泣し、そして2幕終盤、炭鉱のラストのシーンでまた号泣し。幕が下りて劇場を出るという時にも、立てなくなるくらい感動して。「こんなに泣いたことあった?」というほどの演目だったんです。「これはすごいもの観ちゃったな」と思って。とにかく「あれはなんだったんだ!?」と。それから帰国した時に、改めてもう1回パンフレットを開いて思い出した時にも「いやー、すごい舞台だったな」というのが第一印象でした。それが日本で上演されると聞いて「あの作品をやるの!?」と思いましし、「絶対観たい」と思いました。

—— 絶対見たい、絶対出たいと思われたんですね?

濱田 いや、出たいというよりも「あの空間をもう1回体験してみたいな」と思いました。やはり客席からの印象が強かったので。

—— 実際に日本版をご覧になられて、いかがでしたか?

濱田 私は2020年にトウコちゃん(安蘭の愛称)の“先生”を観た時に、めちゃくちゃハマったんです。

安蘭 ありがとう(笑)。

濱田 トウコちゃんの役づくりがすごく日本寄りというか、「ああ、私たち日本人がフィットできるところで作り上げているんだな」という感じがして。それでもロンドンで観た時と同じような感動がわーっと押し寄せてきて。「まさにこれ!」と思いましたね。

—— この作品は全キャストがオーディションによる選出ということで、今回、濱田さんもオーディションを受けられたと聞いていますが、オーディションはどのようなものでしたか?

濱田 先ほどトウコちゃんも「ハードだ」と言いましたけど、さぞお稽古と本番は大変だっただろうなと。再演を観劇した時、前任のウィルキンソン先生たちとも話をする機会があったのですが、「どうですか?」って聞くと、「めちゃくちゃきつい!」って皆さん口にされていたから。「あ、やはりそうなんだな」と。オーディションを受けた時も、なかなかハードで。役としての踊りもそうですが、やっぱり心理的に、ウィルキンソン先生ってすごくセンシティブにビリーを追いかけて、育てて、それでなおかつ手放して。「ああ、そういう役なんだな」と思いました。その時は自分がやれると全く思っていなかったので、「今回自分はどうなっていくのかな」という不安しか今はないですね。

—— 安蘭さんはこのウィルキンソン先生を演じる上で、一番大事にしていることは、どういう点ですか?

安蘭 やはりビリーのことを本当に愛して、彼の才能をなんとしても花開かせてあげようと応援する気持ちが一番大事かな。私はウィルキンソン先生って、すごく不器用な人だと思っているんです。本当は愛情がすごくあるのに、愛情表現は下手。自分の娘にも素直に愛情を注げなかったりしていて。でも、ビリーには何か娘とは違う愛情のかけ方があって、それを不器用ながらに表現している。そこがウィルキンソン先生で私がすごく好きなところなので。そういうところを大事にしたいですね。

—— 先生がいわゆる“いい人”で終わらないところがまた共感を呼びますよね。そしてこの作品を見ていると、ある意味でウィルキンソン先生とビリーのラブストーリーだなと感じます。もちろん恋愛とは違うのですけれども、ふたりが交わす愛情がとても印象に残る作品だと思います。

安蘭 まさにそうだと私も思っていました。今も話が出ましたけれど、娘とは違う愛情。やっぱりビリーが男の子だから、(セクシャルな意味での)“異性”ということではないと思うけど、娘とは違う、なんかやはり「男の子だから」という愛情が多分あるんじゃないかなと思って。私、稽古をしながらそれをイギリスチームの演出家に聞いたことがあるんですよ。「ウィルキンソン先生からビリーへの愛情って、どんな愛情? ちょっと男女の愛に似たものとかがあるんですかね?」みたいな。そうしたら「やはりそこは少なからずあったでしょうね」と。やはりウィルキンソン先生も女だから、いわゆる男子・女子ではないけれど、なんかちょっと特別な愛情をビリーに対して持ったんじゃないかなと思うんですよね。うまく言葉で表現できないけど。特別な愛情があるんだと思います。

—— 濱田さんはウィルキンソン先生のことをどのように思っていますか? どう演じたいというプランはありますか?

濱田 私は『メリー・ポピンズ』や『オリバー!』、『スクール・オブ・ロック』などで共演していた子供たちの中に、『ビリーエリオット』の経験者がたくさんいたんですよ。ビリーをやった子もいたし、マイケルをやった子もいた。今回のマイケルクワトロキャストのひとり、髙橋維束くんは、『オリバー!』の時にすごく懐いてくれていて、ずーっと一緒だったんですね。その子が大きくなって、この前の『マチルダ』にも頑張って出演していたし。再演の時のビリー役の中村海琉くんも『オリバー!』に出ていた時にすごく仲良くなって、ビリーの話をいろいろしていたんですが、去年の夏に私が『スクール・オブ・ロック』に出演した時に、すっかり大人っぽくなっていてまるでオールダー・ビリーみたいでしたよ。

(自分にとっての)この子たちの存在と、舞台上でのビリーの成長を見ていくウィルキンソン先生とがすごくリンクしているなと感じているんです。幼かった男の子たちがだんだんと少年になって、青年になって、大人になっていくっていう過程を、ずっと何年もかけて見ていると、「あ、ウィルキンソン先生って、こういう感じでビリーを見守っていたのかな」と思っていたりしたので、何かしらキャッチできるところはあるのかなと。ウィルキンソン先生がビリーに対して特別な思いを抱いてしまっているっていう感覚もよくわかります。あと、これはイギリスの炭鉱のお話じゃないですか。私、それこそ北九州出身なんですよ。方言や街など、身近に感じる要素は結構ありますね。だから、自分がウィルキンソン先生としてどうやって生きていくか。今は、トウコちゃんのウィルキンソン先生が大好きだからお手本にしつつ、自分なりのオリジナリティを入れて役づくりができればいいなと思っています。


■モチベーションの原動力は夢を持ち続けること

—— 安蘭さんは、濱田さんのウィルキンソン先生にどんな期待をもっていますか?

安蘭 いや、めちゃめちゃ楽しみです。自分もめちゃめちゃ刺激を受けると思うから。それによって、私がいままでやってきたウィルキンソン先生が、またバージョンアップできればいいなと思っています。

—— 以前『サンセット大通り』でもふたりで同じ役をされていましたが、やはり刺激を与え合っていたのでしょうか?

安蘭 そうですね、でもあの時は、あまり見れなかったんだよね。

濱田 チームで別々にお稽古をしていたので、今日はトウコちゃんの日、今日は私の日みたいな感じで、しばらくは稽古場に一緒に入れなくて。お互いを見られたのは途中からちょっとだけでしたね。

安蘭 うんうん。でも、ノーマという役が、全然違うものにはなっていたね。めぐちゃんは、私にとっては、思いもよらないことをしてくれるから、すごく面白いよ。発想が本当に豊かで。

—— ウィルキンソン先生はビリーを導いていく立場ながら、ビリーに導かれるところもありますよね。ビリーによって、自分も変わっていく。安蘭さんはビリーによって、自分が変わったり気づかされたり、刺激を受けたりっていうことはありますか? 

安蘭 夢を叶えるために頑張るとか、夢を追い続けることが素晴らしいというのはわかっているけど、大人になったらそれもだんだん疲れてくる。そこへ、夢を追う若いパワーを目の当たりにしちゃうから、それは刺激を受けますよね。ああ、夢は諦めちゃいけないんだとか。いつまでも夢を持つということが、自分が今の仕事をしていることなのかなと。それがモチベーションだったりもするし、そういうことを忘れないようにしたいなと思います。なかなかそれが難しいんですけどね。

—— やはり昔、自分が夢を叶えようと努力していた時期のことを思い出すこともあるのではないかと思うのですが、いかがでしょう? その時に、導いてくださった先生のことを思い出しましたか?

安蘭 (先生は)いました、いました。いましたし、私はこのウィルキンソン先生を演じるのに、そういった先生方を見本にというか、イメージして作っていました。“昔の”というと語弊があるかもしれませんが、私は日本で言えば昭和世代の人に育てられましたから。それを当時は当たり前だと思って受け入れていたし、受け止めていた。怖かったけれど、後になれば「あれは私にとって大事なことだった」と思えたし、「先生方の愛情だったんだな」と思いました。もちろん今の時代は、適正範囲を超えて厳しくしちゃいけないということはきちんと理解しています。ウィルキンソン先生だって体罰なんかはしません。ただ、なんだかすごく無愛想で、でも実は愛情をすごくかけていて、みたいなところは本当に何の疑問もなく理解できます。ウィルキンソン先生の気持ちはとてもよくわかります。

—— 濱田さんも、やはり思い出す先生はいらっしゃいますか。

濱田 いらっしゃいましたね、ひとり、存在の大きな方が(笑)。かつて劇団でお世話になった、浅利慶太先生ですね。先生にはいろんな面があり、プロデューサーとしてもすばらしく、なによりみんなに慕われていました。その一番の理由はやはり、人間的だったんですよね。無邪気なところがあって。それはウィルキンソン先生にも通じるところです。すごく単純にお芝居が好きで。寂しがり屋で。みんなとワイワイしたいけれども、話下手で、だからもう一方的に話す。我々は「そうですね」と受け止めるというのが常だったんですけれど、あの不器用さというのは、先生にありがちなのかな。先生たちって、往々にして不器用じゃないですか。愛情表現とかも。でも、そういうのが自分の芸に全部込められていったから、教えてくださってる時に「本当に先のことを考えて言ってくださっているな」というのは伝わってくるんですよね。だから今、「あの時にああいう風に言われておいてよかった、本当にご一緒できてよかったな」というのはすごくあります。

—— 最後に、読者の皆さまへ向けて、メッセージをお願いします。

安蘭 私は2度目の挑戦なんですけれども、またビリーも変わり、いろんな配役の人たちがそれぞれ変わっていたりもして、前回とは違う、新しい『ビリーエリオット』が生まれるのがすごく楽しみです。ビリーは4人いますし、みんなどんどん成長していくので、いろんなビリーを見ていただきたいと思います。前回はコロナ禍で1カ月くらいしかできなかったのですが、それでもすごく成長していく姿を見られました。今回は公演期間が長いので、本当に初日と千穐楽でどれだけ変わっているのか、ちょっと想像できませんが……。劇場でお待ちしておりますので、ぜひぜひ何度も観に来てください。

濱田 私にとって、かなりのチャレンジになります。気を引き締めて、尚且つ、自分のオリジナリティ溢れるウィルキンソン先生を演じられるよう、チャレンジしてまいりたいなと思っています。稽古場で、みんなで力を合わせて、とにかく初日に向かって全員で走っていきたいと思います。皆さまのご声援をどうかよろしくお願いします。

取材・文=若林ゆり  写真撮影=池上夢貢

(左から)濱田めぐみ、安蘭けい