東京・新宿歌舞伎町の新たなシンボルとして、2023年4月に開業した超高層エンタテインメント施設「東急歌舞伎町タワー」。地上48階、地下5階、高さ約225m。地中から噴き上がる噴水のような揺らぎと煌めきを持つ外装がひと際目を引く。外装デザインを担当したのは、「ドバイ日本館」「豊島横尾館」「JINS PARK」「ルイ・ヴィトン京都大丸店」などを手掛けてきた気鋭の建築家永山祐子氏だ。

【写真を見る】シアター音響監修を務めた坂本龍一氏。一周忌を迎えた(『Ryuichi Sakamoto | Opus』)

そして、多くの映画ファンの思い出が詰まった「新宿ミラノ座」の跡地に建てられたこのタワーの9階と10階に、あらゆる意味においての“上質さ”にこだわった109シネマズの新ブランド「109シネマズプレミアム新宿」は映画ファンの間ですっかり定着。昨年、惜しまれながら亡くなった音楽家坂本龍一氏が音響監修を手掛けており、“音を楽しみたい映画はここで”という観客も多いだろう。

ここでは、東急歌舞伎町タワーのオープンを控えた1月末に行った永山祐子さんへのインタビューをお届けする。歌舞伎町という街に超高層ビルを建てるにあたっての思い、ご自身と映画館のエピソード、そして10年以上前から交流のあった坂本龍一さんのこと。今日は坂本龍一氏が 2023年3月28日、71歳で死去してから没後一年。109シネマズプレミアム新宿に行ってみようという方は、ぜひご一読いただければと思う。

■「歌舞伎町という街の持つ特殊な歴史を踏まえ、『水』をモチーフとしたデザインを選びました」

――最初に、永山さんが東急歌舞伎町タワーの建築設計に関わることになった経緯から教えてください。

永山「歌舞伎町一丁目地区開発計画が2018年に本格的に立ち上がり、プロポーザル方式の指名コンペに参加させていただきました。プロポーザル方式というのは、こちらからコンセプトを含むトータルの提案をするもので、今回は建築家3名によるコンペだったのですが、最終的に私の提案を採用していただいて。プロジェクトが始まったのは6年ほど前になりますが、これほど規模の大きな建築に関わるのは私としても初めてだったので、いま思えばあっという間の6年でした」

――永山さんがご担当されたのは、主に外装のデザインですね。

永山「そうです。どのくらいの規模で、どのような施設が入るのかは私が参加させていただく前からおおよそ決まっていました。それを久米設計の井上さん方設計チームが(株式会社久米設計開発マネジメント本部都市開発ソリューション室部長の井上宏氏)が、具体的な図面に落とし込んでいかれて。その図面をもとに、どのような見せ方ができるかを探っていきました。『オフィスがいっさい入居しない超高層ビル』というのが東急歌舞伎町タワーの大きな特徴です。オフィスビルとなると、ある種のエスタブリッシュメントというか、企業としての力強さやステイタスをアピールする方に向かいがちですが、この東急歌舞伎町タワーの外観はそういったオフィスビルとはまったく異なる、エンタテインメントの発信地としての存在感を出したいと考えていました」

――デザインのモチーフに“水”を選ばれたのはなぜですか。

永山「明治時代頃までの歌舞伎町は緑の豊かな沼地で、現在の歌舞伎町公園にある弁財天はその沼のほとりに祀られていました。沼は埋め立てられて公園になりましたが、弁財天はその後も同じ場所に祀られているんです。そういった歴史を考えれば、歌舞伎町に建つ超高層ビルには“水”のモチーフが相応しいのではないかと。加えて歌舞伎町は、戦後の日本では珍しく、民間主導で都市計画が行われたエリアです。そもそも歌舞伎町という名前が、歌舞伎座を誘致するという目的で付けられた名前だったりもしますし。歌舞伎座は結果的に誘致できませんでしたが、たくさんの映画館やダンスホールが集まる歓楽街としての名残は現在も残っている。水の持つ“揺らぎ”やある種の“儚さ”が、そういったエンタテインメントの在り方とどこか重なっているように感じたのも、水をモチーフに選んだ理由の一つです」

――デザイン的にこだわったポイントを教えてください。

永山「いまお話しした、水らしい“揺らぎ”や“儚さ”を表現することにはかなりこだわりました。超高層ビルの表面に使われる建材の大部分はガラスです。今回の東急歌舞伎町タワーもそう。表面には約4000のガラスが使用されているのですが、その表面にセラミックプリントを施して水の持つ微妙なグラデーションを表現しています。つまり、反射光まで含めて『どう見えるか』を検証したわけです。グラデーションは200以上のパターンがあり、その一枚一枚のプリント用データの作成も私たちが担当しました。実物大のモックアップを何度も製作して検証しましたし、実際に室内側からそのセラミックプリントがどう見えるかも細かくチェックしているので、結果的に外装だけでなく、内装とのバランスを考える機会も多かったです」

――109シネマズプレミアム新宿が入ることも、プロジェクトの初期から決まっていたのでしょうか。

永山「もちろん決まっていました。ただ、音響監修を坂本さんが手掛けられていると知ったのはプロジェクトが終わる少し前ぐらいのタイミングだったと思います」

――永山さんは、以前から坂本さんと交流があったのでしょうか。

永山「はい。2010年だったと思いますが、『more trees』のシンポジウムがルイ・ヴィトン表参道店で開催されて、トークセッションに呼んでいただきました。“森とクリエイティヴィティ”というテーマでのトークだったと思います。ドキドキしましたけど、とても楽しかったです。私の仕事のこともよく調べてくださっていて光栄でしたね。その時のメンバーは坂本さんと現代美術家の束芋(Tabaimo)さんと私の3人で、束芋さんとは同い年ということもあって、いまでも仲良くさせてもらっています。坂本さんともその後も何度かお会いする機会がありましたが、ここ数年お会いできていませんでした」

――「more trees(モア・トゥリーズ)」は、地球温暖化防止の啓蒙活動や植樹活動を行うことを目的に坂本さんが設立された森林保全団体です。設立は2007年で、現在に至るまでカーボンオフセットやオリジナルプロダクトの開発を行っています。永山さんもご自宅で「more trees」のプロダクトをお使いだとうかがいました。

永山「はい。ツールがあります。シンプルだけどとても座り心地が良くて愛用しています。いまは暫定的に子どものランドセルを置く台になっていますが(笑)」

■「知らない映画を観ても、音を聴けば『あ、坂本さんだ』と分かる。そういう音楽家って、私にとってはそんなに多くない」

――坂本さんの音楽は、以前からお聴きになられていましたか。

永山「はい。私の音楽の聴き方はとても特殊で、なにかに集中する時に同じ曲を延々とリピートするんです。そういう時には坂本さんのピアノ・ソロをずっと聴き続けたり。坂本さんの音楽では、やはり映画音楽が強く印象に残っています。『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』が4Kリマスターで再上映されたり、映画館で坂本龍一さんの作品を観られる機会もあるじゃないですか。観に行きたいなと思っていたところです」

――坂本さんの手掛けた映画音楽については、永山さんはどのような印象をお持ちでしょうか。

永山「坂本さんの音楽について深く語れるほどの知識はありませんが、例えば『戦場のメリークリスマス』を観ていると、どうしてこんなに映像にフィットする音楽を付けられるんだろうと驚いてしまいます。せつなさや懐かしさ、優しさや厳しさが全部音に込められていると思うんです。知らない映画を観ても、音を聴けば『あ、坂本さんだ』と分かる。そういう音楽家って、私にとってはそんなに多くないので、やはり特別な存在です。いつか坂本さんが音楽を手掛けられた映画を、109シネマズプレミアム新宿で観てみたいですね」

――音楽と建築に、なにか共通点を感じたりしますか。エンニオ・モリコーネはドキュメンタリー映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』の中で「音符は音楽を作るためのネジみたいなもの。建築資材としての音符でどんな音楽を作る(建てる)かは音楽家によってまるで違う」といった趣旨の発言をしていました。

永山「なるほど。イメージを形にするという意味では似ている部分もあると思います。特に映画音楽は、基本的に監督というクライアントの発注を受けて作曲するという意味でも建築に似ているかもしれません。ただ、アウトプットするものは全然違いますよね。建築は目に見える具体物を作る仕事ですが、音楽には形がない。私にはどう作ればいいのか想像もできない領域だから、素直に『すごいなあ』と思うばかりです」

――永山さんが空間としての映画館に求めるものを教えてください。

永山「その映画と向き合うための数時間を過ごす空間ですから、最優先したいのは居心地の良さですね。私も時々この映画館で映画を観させていただくのですが、座席がふかふかで極上時間を過ごせます」

――普段、映画館には普段よく行かれますか。

永山「最近は子どもを連れて行くことが多いですね。新宿だとTOHOシネマズが多いかな。私自身は阿佐ヶ谷で生まれ育ったので、中高生の頃は新宿のピカデリーやコマ劇場によく行きました。はっきり憶えてはいないけれど、(かつて東急歌舞伎町タワーの場所にあった)ミラノ座にも多分何度か行ったと思います。子どもたちとこちらの映画館にも何度か来ています。来る時は子ども一人一人とデートで来るようにしています。始まる前にラウンジポップコーン食べながら向かい合ってゆっくり話せるのがとてもいいです」

――お子さんにご自身の仕事を見せる時に、これほど分かりやすい成果物はなかなかありませんね。

永山「2人とも小学生になって、私の仕事も理解してくれるようになりました。『ママのことは誇りに思う。でも、ときどき寂しい』と言われたので『ごめんね』と言ったら、『あやまってほしくはない』と返されました(笑)。子どもたちのほうが、よっぽどしっかりしています」

■「来ていただいた方が歌舞伎町という街の歴史に目を向けるきっかけになればうれしい」

――東急歌舞伎町タワーが今後どのような存在になってほしいですか。

「私は建築家なので、自分が関わったビルや施設ができるだけ長くその街の一部として機能してほしいと思っています。でも、すべての建築物がその街の『歴史』の上に建てられていることも忘れてはいけない。東急歌舞伎町タワーもそうです。先人たちの取り組みがあったから、今こうして竣工に辿り着くことができたと思っています。エンタテインメントの発信地として歌舞伎町の未来を照らすシンボルになると同時に、来ていただいた方が歌舞伎町という街の歴史に目を向けるきっかけになればうれしいですね」

なお、現在109シネマズプレミアム新宿では、坂本龍一氏が音楽制作を担当した映画やライブ映像、さらに坂本氏が「#観たいもの」とメモしていた、109シネマズプレミアム新宿で観たかった作品を上映する『Ryuichi Sakamoto Premium Collection』を、新たな作品を加えラインナップをアップデートして6月27日(木)まで開催中だ。さらに、2年以上となる闘病生活を続けていた坂本龍一が、最後の力を振り絞り演奏した映像収録した『Ryuichi Sakamoto | Opus』が109シネマズプレミアム新宿で4月26日(金)に先行公開されることを記念し、坂本氏出演のライブ映像を3作連続で上映するオールナイト上映企画が4月12日(金)~13日(土)にかけて実施されることも発表済み。

この機会に、特別な映画館で、坂本龍一氏の音楽に浸ってほしい。

取材・文/伊藤隆剛

グレン・グールドは幼少期より坂本龍一が敬愛するピアニストだ(「GLENN GOULD GATHERING」)/[c]2018 KAB Inc.