ツルツルのカエルの中にも、ヒトと同じ「毛の遺伝子」が保存されていたようです。

毛の発達は陸生の哺乳類、ひいては人類の進化において重要な役割を果たしました。

陸の乾燥した環境や強い日差しの下で生きるには、フサフサした毛は欠かせません。

その一方で、「毛の遺伝子」の進化的な起源はこれまで明らかになっていませんでした。

しかし今回、オーストリアウィーン医科大学(MedUni Vienna)が主導する研究で、ヒトの毛髪に必要な成分や遺伝子はツルツルしたカエルの中に存在していたことが判明したのです。

研究の詳細は2024年3月18日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • ヒトの毛や爪の遺伝的起源はどこにある?
  • ツルツルしたカエルに「毛の遺伝子」が保存されていた!

ヒトの毛や爪の遺伝的起源はどこにある?

陸上の脊椎動物に見られる「毛」「爪」は、皮膚を作る表皮が角質化して生じたものであり、ともに「ケラチン」というタンパク質を主成分としています。

毛と爪の進化は、生物が陸上に進出する上で欠かせない器官でした。

毛は乾燥した環境による水分喪失や太陽の直射日光、および障害物からの保護の役割を果たし、爪は獲物の捕獲や天敵の撃退、陸地や樹上での移動にとても有用です。

では、これら毛と爪の進化の起源はどこにあるのでしょうか?

そこでウィーン医科大学の研究チームは、ベルギー・ゲント大学(Ghent University)と協力して、両生類ネッタイツメガエル(学名:Xenopus tropicalis)」を詳しく調べてみました。

ネッタイツメガエル
ネッタイツメガエル / Credit: MedUni Vienna – Genetic basis for the evolution of hair discovered in the clawed frog(2024)

ネッタイツメガエルは西アフリカの熱帯雨林の小川に生息する水生のカエルで、四肢の先に「かぎ爪」を持っていることが知られています。

チームがネッタイツメガエルのかぎ爪の成分を調べたところ、哺乳類の毛や爪の主成分とまったく同じではないものの、非常によく似たケラチン様分子からできていることが特定されました。

さらにかぎ爪の形成に関わる遺伝子を分析した結果、ヒトを含む哺乳類と同じ「Hoxc13遺伝子」によって制御されていることが判明したのです。

では、このHoxc13をピンポイントでノックアウト(遺伝子破壊)すると、ネッタイツメガエルには何が起こるでしょうか?

ツルツルしたカエルに「毛の遺伝子」が保存されていた!

Hoxc13は体毛や爪の形成を調節する遺伝子であり、Hoxc13に遺伝的変異を持つ患者では、毛髪および爪の成長に欠陥が生じることが知られています。

そこで研究チームは、Hoxc13をノックアウトしたネッタイツメガエルを作成してみました。

その結果、Hoxc13を失ったカエルは通常個体とは違い、かぎ爪が形成されなくなったのです。

通常個体と比べて、Hoxc13をノックアウトした個体では黒い部分の爪がなくなっている
通常個体と比べて、Hoxc13をノックアウトした個体では黒い部分の爪がなくなっている / Credit: Marjolein Carron et al., Nature Communications(2024)

これを受けて、研究主任のレオポルド・エッカート(Leopold Eckhart)氏は、ヒトの体毛や爪の形成に関わる遺伝的プログラムの種(たね)が、両生類哺乳類の共通祖先の時代にすでに植え付けられていたことを示していると述べました。

その遺伝的プログラムが出現した正確な時期まではわかりませんが、エッカート氏らは、約3億7500万年前に陸上に進出した最初期の四肢動物に遡るのではないかと推測しています。

流れとしては、下図に示すように、まずHoxc13遺伝子が最初に古代魚のヒレを形成するものとして生まれ、次いで四肢動物が陸上に進出する中で、つま先を保護する役割として「ケラチン様分子(青)」が誕生。

そして四肢動物から哺乳類両生類が派生するプロセスにおいて、ケラチンが爪や毛の形成に使われるようになったと考えられています。

おそらく、Hoxc13遺伝子が制御するヒレや爪の形成プログラムは、哺乳類が陸に進出する過程で、毛の発達のために修正されたのでしょう。

体毛や爪の遺伝的プログラムの起源の図解
体毛や爪の遺伝的プログラムの起源の図解 / Credit: Marjolein Carron et al., Nature Communications(2024)

ネッタイツメガエル自体は毛を1本も持っていないツルツルの生き物ですが、彼らの内に、ヒトの体毛を制御する遺伝子が共有されていたとは驚きの事実です。

もしネッタイツメガエルが環境の変化に応じて陸に上がってくることがあれば、哺乳類のようにフサフサした毛を生やすことも不可能ではないのかもしれません。

他方で研究チームは、鳥類の羽毛が同じHoxc13遺伝子によって制御されているかどうかはまだ確認できていないといいます。

ただ鳥類の羽毛もヒトの毛と同じケラチンを主成分としているので、可能性としては十分にあり得るでしょう。

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参考文献

Genetic basis for the evolution of hair discovered in the clawed frog
https://www.meduniwien.ac.at/web/en/about-us/news/2024/news-in-march-2024/genetic-basis-for-the-evolution-of-hair-discovered-in-the-clawed-frog-1/

Evolutionary Origins of Hair Identified in The Most Unlikely of Animals
https://www.sciencealert.com/evolutionary-origins-of-hair-identified-in-the-most-unlikely-of-animals

元論文

Evolutionary origin of Hoxc13-dependent skin appendages in amphibians
https://doi.org/10.1038/s41467-024-46373-x

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

ツルツルなのにカエルの中には「毛の遺伝子」があった!