今月20日で「地下鉄サリン事件」の発生から29年が経った。筆者は「オウム真理教」について研究をしているのだが、当時を知らない20代の筆者が、真相に迫ろうとするがその道のりは非常に困難を極める。

◆初めてオウム真理教知ったときの衝撃

 筆者が「オウム真理教」の存在を知ったのは、小学3年生の時。事件発生から15年目の2010年3月20日に放送された、フジテレビで放送された特番のドキュメンタリーを観て衝撃を受けた。まるで、ホラー映画のようだった。同時に、後継団体が存在していることなど、未だに事件が終わっていないことを知り、さらに強い関心を抱いた。

 以来、教団についてネットで検索したり、書籍を読むなどして調べるようになった。現在は、専門的に犯罪心理学刑事裁判の手続きの観点から多角的に研究をしている。

◆刑事記録の閲覧が不許可に…

 教団が起こした数々の重大犯罪は、既知の事。しかし、その事件をさらに深掘りしようと当時のメディア報道や書籍を漁ると、強い“バイアス”のかかった、はたして「真実」なのか疑わしいものが次々と発掘される。筆者は当時の時代の空気もなにも知らない。だからこそ、情報収集には慎重になってしまう。

 そこで、筆者は研究資料として「裁判記録」に注目した。「裁判記録」には、訴訟手続きの内容だけではなく、被告人や証人が述べた言葉や調書も含まれる。

 筆者は筋金入りの“傍聴マニア”だ。だからこそ、裁判という過程の重要性は十分に身に沁みてわかっている。刑事記録を閲覧して、「オウム裁判」を追体験したいと。裁判記録には、検察庁が保管する「刑事記録」と裁判所が保管する「民事記録」の2種類がある。どちらも公開裁判の記録であれば、第三者は原則閲覧ができると定められており、民事記録は簡単に閲覧ができる。もっとも、問題は刑事記録なのだ。

 筆者は、特に精力的に研究している、とある元幹部の刑事記録を閲覧したいと考えて2022年8月付で東京地検へ閲覧請求をした。だが、原則閲覧可能とは程遠い対応をされたのだ。第一次的に検察事務官から「第三者は閲覧できません」と言われ、第二次的に「学生」には見せていないとのこと。

 筆者は閲覧請求書と一緒に、「学術研究」の内容など正当性を疎明する資料として上申書を提出した。上申書には、筆者のこれまでの行った学術研究の内容や閲覧の必要性、関係者のプライバシーを侵害しないこと、などを記載した。

 10ヶ月が経過した2023年6月、保管検察官が閲覧を不許可にしたとの連絡があった。

 交付された通知書には、この主張を全面的に退ける形のようだった。現在、筆者は東京地裁へ閲覧の不許可処分の取り消しを求めて、準抗告を申し立てており審理中だ。

◆記録廃棄されていた事実が発覚

 筆者は、裁判記録を活用して研究をする過程で“スクープ”も見つけ出した。

 昨今は、旧統一教会に対する宗教法人の解散命令請求が注目されている。そこで筆者は2022年11月、国内で初めて解散命令が決定された「オウム解散命令事件」の民事記録を閲覧しようと、当時審理を担当した部署に閲覧したいと問い合わせた。そうしたところ、数日後に回答があった。内容は、「全ての記録を廃棄した」と。

 この事実を、Twitter(現X)でツイートしたところ、瞬く間に拡散され、報道各社が後を追って報じる事態となった。

 もっとも、オウム解散命令事件の記録廃棄については、2019年に調査報道がされていたものを掘り起こした形。ただ、投稿の1か月前には、神戸新聞が「神戸連続児童殺傷事件」の少年事件記録が廃棄されていることを調査報道し、記録保存の在り方について関心事となっていた。

 その後、機運の高まりから、最高裁は有識者会議を立ち上げ。2023年5月に報告書を公表した上で、「国民共有の財産を多数失わせたことについて、国民の皆様におわび申し上げる」として異例の謝罪をした。これを受け、今年1月には記録保存に関する規則を制定・施行した。だが、「利活用」についての提言はあったものの、具体的な改善には至っていないのが現実だ。

オウム事件の記録保存について

 2018年8月、当時の上川陽子元法務大臣は、オウム真理教が起こした全ての事件の刑事記録について、通常の保管期間満了後も「刑事参考記録」に指定し、永久保存することを会見で発表した。「刑事参考記録」とは、刑事法制や調査研究の重要な参考資料に当たる事件の刑事記録を永久保存にする制度。昨年12月の時点で、約1200件が同制度の対象とされている。閲覧については、法務大臣は学術研究者や弁護士など、調査研究をする場合などに閲覧させることができると定められている。

 会見発表の4か月前の2018年4月には、学者やジャーナリストらで作る「司法情報公開研究会」が、オウム事件の全ての刑事記録を刑事参考記録として永久保存するよう求める請願書を法務大臣へ提出していた。

 同研究会が請願した理由について、共同代表のジャーナリスト江川紹子氏は、「オウム事件は、平成でもっとも大きな事件です。世界的にも注目を集めました。どのように裁かれて、どのような事実であったのか。当時を知る人たちがいなくなった後でも、後世に繋げられるようにすべきと考えました」と筆者の取材に対して語った。

◆裁判記録の大切さ

 今から39年前の1985年、日本弁護士連合会は刑事記録の保存についての法律の立法過程で、最高裁法務省などに対して要望書を提出した。その中には、こんな一節がある。

「(裁判記録は)その時代の人の営みや世相風俗を映し、諸々の社会の矛盾を反映し、(中略)訴訟記録には、判決という結論に向けて具体的になにが主張・立証されたか、そのための関係者の叡智と努力の跡がしるされている。(中略)貴重な文化遺産として、判決そのものとともに後世に遺すに値し、遺さなければならないもの」(日本弁護士連合会「訴訟記録等保存立法についての要望書」から)

 裁判記録の重要性は研究者などが閲覧できることによって、初めて価値が見出される。決して、保存だけが目的ではない。利活用される前提の保存なのだ。社会に報じる、事件の研究をする。様々な形で適切に利活用され、社会へ発信されることこそが、裁判記録の重要性を導き出す最大の理由であろう。

 だが、現実は前述のような検察庁の“お粗末な対応”。前出の江川氏も、「検察庁は、原則は第三者閲覧もできると定めているのに、刑事記録の閲覧はできませんと平気で言います」と利活用の困難さを指摘した。

オウム事件の風化と裁判記録など歴史的史料の活用について

 裁判記録は、長時間をかけて丁寧に真実を追求した最大の歴史的史料。積極的に利活用をしながら、事件の再発防止や教訓を導き出すことも風化をさせないための防止剤になるのではないだろうか。

 昨今はオウム真理教が起こした一連の事件の風化が顕著だ。現に公安調査庁は、後継団体が「オウム事件は濡れ衣だ」などといいながら若者を勧誘しているといい、警鐘を鳴らしている。

 また、SNS上ではオウムの犯行を否定するような陰謀論が出回っている。事件から時間が経つにつれて、このような虚偽の言説が増える。特に、デジタル時代ならではの課題も多い。

 地下鉄サリン事件で夫を亡くし、被害者団体の代表を務めている高橋シズヱ氏は、今月18日に行われた会見で、「オウムがどれだけ人々を恐怖におとしいれたか。どれだけ優秀な人間を取り込んで犯罪に加担させたか。きちんと後の世代へ伝えられる形でアーカイブをしたいと思っています」と語っていた。

 朝の通勤ラッシュを襲った、史上稀にみる大規模テロ事件から来年で30年。当時を知らない世代が、社会に出て活躍している。旧統一教会問題で再注目を浴びている「カルト」の実態。

 再び同じ事件を起こさないためにも、“裁判記録”をはじめとする歴史的史料の積極的な“利活用”が課題であろう。

文/学生傍聴人

【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大の法学部に在籍中の現役大学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。

「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人の高橋シズヱ氏。東京・霞ヶ関の記者クラブにて(2024年3月18日/筆者撮影)