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 今年2月、もしあなたが豊洲のホテル・ラビスタ東京ベイに宿泊していたなら、エントランスでクリアケースに展示された美しい江戸切子のグラスを見かけたことだろう。隣に置かれたデジタルパネルで職人による紹介文も読んだかもしれない。そのデジタルパネルこそ、一般社団法人豊洲スマートシティ推進協議会が実証中のAIサイネージ「T-HUB」だ。

 T-HUBは、単に伝統工芸品を紹介するためのものではない。AIカメラが来訪者の性別や年齢を把握し、最適な情報を表示する次世代サイネージだ。豊洲市場前に集客施設「豊洲 千客万来」が開業し、国内外からの観光客でにぎわうなか、未来型情報スポットの役割を担うことになる。

 そんなAIサイネージの隣になぜ伝統工芸品を置いたのか。そこにはデジタル社会で見過ごされがちな“本物の強さ”があるからなのだという。T-HUBを手がける豊洲スマートシティ推進協議会の会員企業である清水建設と、サイネージ技術を提供するアビックスの担当者に、おなじみ角川アスキー総合研究所の遠藤諭が話を聞いた。

豊洲は「チームラボ」だけじゃない

谷口広樹氏(以下、谷口) 「T-HUB」は、AIカメラを搭載しているAIサイネージです。ホテルではモノを飾りつける「ショールーミング棚」の隣に設置していて、観光情報ですとか、伝統工芸品の紹介ですとか、そういったものを見られるようにしています。今年度のショールーミング棚に展示しているのは、東京都中小企業振興会で支援している東京手仕事というプロジェクトの伝統工芸品。ホテルのJALシティ東京豊洲、ラビスタ東京ベイにはショールーミング棚を設置して、オフィスビルの豊洲フォルシア、メブクス豊洲はサイネージのみを設置しています。

── AIカメラでどんなことがわかるんですか?

細井良平氏(以下、細井) 閲覧者の人数、性別、年齢、滞在時間などですね。どんなコンテンツに興味を持って、どれくらいの時間立ち止まったのかが分析できます。

── そもそもなぜサイネージを設置する必要があったんですか?

森哲也氏(以下、森) 豊洲は「チームラボプラネッツ TOKYO」や「豊洲 千客万来」などの集客力が強い施設がありますが、その目的地だけ行って“直帰”してしまうのが課題だったんです。回遊性が低いので、もっと他も回ってほしいと。直帰してしまう理由に「他を知らないから」という人も一定数いたのではないかと思い、おすすめ観光ルートや観光スポット、なかなか気付きにくいスポットを紹介しようと。

── チームラボは強いですよね。

 以前、10人に1人がチームラボに来ているというデータもありました。それは豊洲に来ていると言い換えてもいいわけで、もっと回ってくれてもいいよねと※。

※2023年4月に、チームラボを訪れた外国人観光客は約17万人を超えた。これは同月の訪日外客数195万人の約9%にあたる

── 確かに。具体的にはどのあたりへの回遊を狙っているんですか?

谷口 場所で言えば豊洲四丁目商店街の辺りです。昭和の雰囲気が今の時点では一番残っているところで、町内会の母体になっています。それから、豊洲はオープンスペースを活用したイベントが多く開かれているんですが、そういった情報がまちなかで知る機会が少なくて。たとえば「公園でイベントをやっています」と言っても、ぐるり公園は全長4.5km程度の広さなので、埠頭側でイベントやっていることを知る機会がない。それをサイネージから発信することで「ちょっと足を伸ばせばこんなイベントがあるんだ」と気付いてもらえるんじゃないかと。

── なるほどねえ〜。「谷根千」(谷中・根津・千駄木)じゃないけど、“ナントカ豊洲”とかネーミングして、訪日外国人客向けにアピールしていったらいいんじゃないですか。

谷口 訪日外国人客向けには、まずデジタル観光マップの多言語対応を中心にやっています。ただ、外国人観光客向けのコンテンツの出し方は国内向けとは違うはずなので、どういうコンテンツを届ければいいのかは今後の課題です。旅行ガイドで人気があるのは寿司教室とかだったりするので。サイネージを通じて、その人に合った情報を出せる方がコンバージョン率は高そうだなと。

AIサイネージはホームセンターで活躍中

── 技術的な話ですが、T-HUBは裏側にパソコンがついてるんですか?

丸尾健治氏(以下、丸尾) Androidタイプのセットトップボックス(STB)が付いています。処理としてはカメラに写った人の顔を検出して、年齢とか性別を出す。何秒サイネージの下にいたかをカウントするためにIDも振っています。IDの保持期間は10〜20秒です。認証技術は協力会社のヴィゾ(ViZO)というITベンチャーが作り、アプリを作り込んでいるのが弊社という形で、協力しあいながらやっています。

── 訪日外国人客の話が出ましたが、外国人も解析できるんですか?

丸尾 いまは日本人に特化しています。というのも、最初のバージョンは外国人を中心にデータを大量に流し込んだんですが、それだと日本人が正しく検出されないということが起きてしまったんですね。なので、バージョン2では日本人に限定しています。

── 集めた情報はどういう形で見られるんですか?

細井 ダッシュボードに時間単位で情報がまとめられます。各時間帯の人数をまとめているので混雑状況などがわかり、カメラの前によくあらわれる人の属性情報もわかるようになっています。サイネージ自体は「DiSiクラウド」というシステムで動いていて、スケジューラー機能がついています。

── サイネージ管理アプリもAndroidベースなんですか?

細井 そうですね。STBは1台で、アプリがそれぞれ別々に入っています。映像をプレイリストに入れ、何時から何時まで流すか決めるというもの。サイネージの稼働状況、登録したコンテンツ、スケジュール編成が表示しています。

── 他社との違いはどんなところなんでしょう?

細井 主な機能がすべて一画面で操作できて、直感的なことですね。コンテンツ登録画面、管理画面、プレイリスト画面などページが遷移していくと、「今どこにいるのかわからなくない」ということが起きてしまうという話をよく聞きます。サイネージが使われなくなる理由は「CMSが使いづらい」とか、引き継ぎのタイミングで「どう操作したらわからない」ということが圧倒的に多いので、一画面で基本的なことはすべてできるようにしようと。

細井 おかげさまで3万IDは出ています。ただ、普通にスケジュールどおりサイネージを配信するというだけのビジネスはもう枯れてきているので、AIに取り組んで属性に応じてコンテンツを出し分けたり、ビッグデータとしてマーケティングデータに活かしたりというところをやっている状況ですね。

── とはいえ、画像を解析してデモグラ(性別や年齢、居住地域などの情報)を判断して〜といったことは10数年前からサイネージ業界で言われていましたよね。そんなに使われなかったんですか?

細井 コロナ禍になって、AIカメラによってマスクをしているかどうかとか、体温を検知するといった話題があった。そこからAIを活用する流れが高まってきたと認識しています。

── おお〜、なるほど。

細井 喫煙所に行きたいけど、人がいたら密になる。それであらかじめ、どれくらい人が集まっているかを検知できるようにすると。同じようにショッピングモールのトイレで、「これくらい並んでいます」といったデジタルサイネージで見られたらいいよねといったニーズがコロナで普及したのかなと感じています。

── 海外でエレベーターホールにサイネージをつけたらケンカが減ったという話もありましたよ。

細井 (笑)エレベーターもサイネージとしては貴重なスペースですよね。

── T-HUBはまだ実証段階ですが、AIカメラではどんな効果が出るんですか?

細井 運用していただいているお客さんで一番効果的な使い方をされているのはホームセンターさんですね。メーカーごとの棚にカメラつきのサイネージをつけて広告を流すと、どんな人が見ていたかがわかるというものです。ホームセンターさんには会員カードがあるので、メーカーさんは、売り場で商品に興味を持った方と、実際に購入に至った方の属性の違いがわかるというものですね。

── おむつを買った人はビールも買う傾向があるという「おむつとビール」じゃないですが、そういうことがわかると。

谷口 T-HUBでも、どんな人たちが興味を持ってくれたのかというのは伝統工芸品の事業者さんにフィードバックしています。技術者の方とお話したところ、AIカメラを棚に設置すれば目線も追えるということだったので、そうしたところの応用ができたら、より商品を置く価値につなげていけるのかなと思っています。

伝統工芸品を置いたのは「モノを見るために立ち止まるから」

── そもそも、棚に伝統工芸品を置いたのはなぜなんですか?

谷口 「知ってもらう機会がない」とおっしゃられていて。一生懸命に作られている工房の思いや、職人さんの思いを知ってもらうことで目につく機会を増やすと。支援されている中小機構と同じく、取り組みをしていきたいということです。

── 伝統工芸品のPR機会にできると。

谷口 もう1つの目的は目を引くことです。サイネージは協議会で設置する計画自体は2〜3年前から実証していたんですが、実際に設置するにあたって、サイネージだけだと目に止まりにくかった。たとえばたくさん並んでいたり、とても大きなサイネージであれば強制視認的に見えますが、1台だけだとそれだけを見る機会はなかなかないんですよね。そうなると、コンテンツ(モノ)に立ち止まった人がサイネージもあわせて見るんじゃないか。商品情報から始まって、観光情報などの楽しい情報を目にしてもらえる機会も増えるかなと。

── おお〜、なるほど! それでデジタルなサイネージの横に、あえて非デジタルなモノを置いてみようと。

谷口 デジタルもアナログなアプローチがないと届けられないんじゃないかと思いまして。

細井 実際「サイネージは風景化する」とよく言われます。それを自分事にするため、天気予報や時計、ニュースなど役立つ情報を入れてきたところもあります。

── デジタルは“エロさ”がないですからねえ。

谷口 伝統工芸品は現物を見てこその魅力がありますので。その意味では万全の展示になっているかどうかという話はあるんですが……。

── ショールーミングと言えば「店舗で見てアマゾンで買う」という話がありましたけど、T-HUBは逆ですね。T-HUBからの収益は発生するんですか?

谷口 豊洲スマートシティ推進協議会として儲ける必要はないんですが、収益が少しでも入ると、他の取り組みの原資になるかなと思っています。

豊洲の最新情報が知りたければT-HUBへ

── 今後はどんな展開をしていくんですか?

谷口 これまではホテルに設置してきましたが、今後は千客万来などに展開していく一方、それ以外の豊洲住民が集まるところにも展開していきたいと思っています。そのときショールーミング棚には住人が興味のあるコンテンツを出していくべきで、そこをどういうものを出し分けたらいいのかということは検討中です。

── 具体的にはどんなものを置くんですか?

谷口 これは本当にアイデアレベルの話ですが、たとえばスマートリングなどを展示するとか。豊洲は健康意識が高い方もいるので、新しい取り組みのコンテンツを届けることで興味を持つことはありうるかなと。

── 思いきって変なものを置いてもいいんじゃないですか?

谷口 ショールーミング棚をまるまる若手アーティストに貸し出して、まちかど展示アートみたいなものにしてしまうというアイデアはあります。たとえば江東区では障がいのある人が描くアートをまちなかに展示する活動があるんですが、そこで気になる作品があったら支援をしてもらうとかもいいなと。

── そこでおまけに観光案内もしていくと。今ではAIといえば生成AIなので、“ミスター豊洲”みたいな親父が出てきて「何でも聞いてくれ!」みたいな感じになってもいいんじゃないですか。

細井 他社さんがやっているのは、AIサイネージにアバターが表示されていて、一度話しかけたあとは裏側で人間のオペレーターにつなげるというものがありました。やっぱりAIが返していることがわかっちゃうというのが問題で、実際に観光案内をされる方のほうが詳しく案内できるので。

── VTuber的にリップシンキングだけやっているとかそういう感じですね。T-HUBは今後どんなふうに運営されていくんでしょう。

谷口 T-HUBという名前のとおり、情報発信のハブとして機能してほしいです。豊洲の新しい情報が知りたいと思ったときにここに来ればいいという拠点として使っていきたい。ショールーミング棚やサイネージに表示するコンテンツの中身は変えていきながら、取り組みとしては継続してやっていくという感じですね。

 
スマートシティに“伝統工芸”が必要なワケ 豊洲スマートシティ推進協議会の「T-HUB」が面白い