歌手であり作詞・作曲家の吉幾三さんが、自身のYouTubeチャンネル「吉幾三チャンネル」の「一言いっちゃうよ!」シリーズ3月19日公開分において航空機内で見かけた国会議員が客室乗務員にクレームする姿が見苦しいと話した。これは昨年5月に同様の内容で流した動画の第2弾にあたる。

 当初この国会議員が誰かとの名言は避けたものの、吉幾三さん宛てに届いたある客室乗務員からの告発レターによって「長谷川岳」であることが明かされ、のちに吉幾三さん本人もこれを認め、実名公開に踏み切ったようだ。

 エアライン名は公開されていないが、ファーストクラス、Jクラスとの表記があることからJALであることが推測される。

◆大御所歌手の動画が話題に

 名指しされた長谷川岳議員はどのような人物なのだろうか愛知県出身の53歳。2010年に参議院議員通常選挙にて初当選した国会議員。北海道在住で出馬し、自由民主党副幹事長。現在、国土交通委員会筆頭理事と地方創生及びデジタル社会の形成等に関する特別委員会委員長と議員情報に記されている。

 同氏のブログ「強い北海道をつくる!」にて3月21日に書かれた「本日は航空政策および飛行機の遅延についての考え方を述べたいと思います」の中で、吉幾三さんへの反論とは明記していないものの、自身の意見を約2400字もの長文で紹介している。

 航空ジャーナリストである筆者として、いくつか思うところがあり、本文面への意見を述べてみたいと思うのだが、その前に、航空機の遅延について解説したい。

飛行機は遅れるもの?

 航空機に遅れが発生することは比較的ありがちなことと言える。航空機を利用する人で、統計上の「遅延」時間である15分以上の遅れを経験した人はそれこそ100%に近いのではないかと思う。現在の航空業界で言えば、コロナ禍で一番影響を受けたと言える業種であり、職場を離れた職員がまだ完全に戻っていないこともある。

 また、航空機の運航は多くの部署の仕事の協調が取れて動く特殊な業務だからということもある。人員配置、搭載物、燃料、気象状況、管制、整備、前便がある場合はその運航状況など複数の業務が正常に進められて初めて航空機は定刻で飛ぶことができるからだ。

 航空会社の責任範囲外の天候の悪化や、航空管制の混雑などによる遅れなども存在する。これをその都度、機内でクレームされては航空会社もたまったものではない。これを念頭にブログを見ていきたい。

長谷川議員ブログの内容は?

 ブログ全体では、さすが国土交通委員会所属と思わせる専門用語を使った内容で訴えかけている。

 まずは「航空政策および飛行機の遅延についての考え方を述べたいと思います」との前置きで、「航空会社の対応について、機内で発言をする際、三つの原則に従います」と続けている。発言の前提となる自身の考えを「一つ目は『正確な情報を伝えているか』、二つ目は『不都合な情報をしっかりと開示しているか』、三つ目は、『正しい見立ての情報発信であるか』の三点です」と述べている。

 3つと書かれているものの、内容はほぼ変わるものでは無く、1つ目の「正確な情報を伝えているか」で3つ分の内容を説明しているように思う。

長谷川議員が掲げる「3つの原則」とは

「正確な情報」のところで、遅れの原因を管制の指示とアナウンスしたのに、機外を見ると搭載遅れであったから正確ではないと発言している。前述の通り、航空機の運航は、数多くの搭載物を確認し、間違いなく安全に出発させることにあり、たまたま窓から見た搭載の様子だけで遅れの原因になっている訳ではないことを理解されていない。

「不都合な情報の開示」では、「搭乗者名簿と搭乗者数が異なった状況」であるにもかかわらず、「出発準備に時間が生じている」だけのアナウンスでは不十分だと発言している。最近では、実際の搭乗者数が合わない場合はテロの可能性が考えられ、非常に怖い状況だと一般の乗客にも知られるようになった。これを丁寧に説明して、不安になった搭乗者が「降りる、降ろせ」と詰めかけたらどうするつもりなのだろう。あえて正確な情報を公開しない場合もあることを知ってほしい

 50分も遅延する可能性があるのに「10分」と案内したことが「正しい見立て」ではないと書かれている。搭乗者が降機する場合に搭載した機内預け入れ手荷物を降ろすのは絶対必要な作業である。ただ、それにかかる時間は非常に読みづらく、貨物ドアを開けてすぐに見つかる場合もあれば、大きな飛行機で貨物室の奥に搭載されたコンテナのさらに奥となると長い時間が掛かる場合もある。イレギュラーな作業に見込みを立てるのは非常に難しいことだと理解が必要だ

◆用語の間違いを指摘すると

 ただ、その後に続く新千歳空港での除雪体制の遅れに対し、すぐに関係部署に掛け合って改善したというくだりはさすがに議員さんの行動力と思わせた。

 加えて、別のフライトで悪天候の着陸復航に対し、客室乗務員が搭乗客を安心させようと、機長にアナウンスを進言したことを評価したくだりも良い内容だと思う。降機時に客室乗務員をねぎらうのであればどんどん実行して欲しい。

 最後に指摘すると、残念ながら専門用語の使用事例が間違っている。主輪が滑走路に接地してからでも再離陸はタッチアンドゴーとは言わず、「ゴーアラウンド=着陸復航」である。主に訓練で計画的に着陸(タッチ)し、すぐさま離陸(ゴー)することをタッチアンドゴーということをお伝えしたい。

◆機内は発言をする場ではない

 実際に議員が発言する機内の動画や録音がある訳ではなく、発言が明確に悪いと言えるものではないことから、吉幾三さんの動画を真に受けることもできない。しかしながら、告発した客室乗務員が本当にいたのであれば、議員の発言は厳しすぎたと思わせる。

 航空機は、線路の上を統制されて動く鉄道と違って、空という空間をいくつもの航空路の中から選ばれて飛ぶ乗り物で、構造的に遅延が発生しやすい環境にある。遅延が困るのであれば、ビジネスジェットを使用すれば、遅れは少ないと考える。ブログを読むとビジネスジェットを視察していることから推進していることはわかる。自費でビジネスジェットに乗れば快適性が判るだろう

 また、海外の航空会社でも同じような行動を取れるだろうか。大きな声で怒鳴ったりして客室乗務員の業務を妨害したと判断されれば、すぐに警察官が来て拘束されることとなる。

 今回の文書は、機内で発言することが前提で書かれていることがそもそも理解に苦しむ。機内は発言をする場ではなく、多くの人が同じ目的地に向かうために利用する公共交通の中なのだ。その場で意見することによりさらに遅れが生じかねない。

 公共の乗り物では、運航者を信じた上で敬意の気持ちとマナーを持って利用したい。ブログ最後の「今後も原則に基づいて航空行政について発言して参りたいと考えます」との表現は、機内ではなく国土交通省内の航空分科会などの正式な場で前向きに実施いただきたいものだ。

<TEXT/北島幸司>

【北島幸司】
航空会社勤務歴を活かし、雑誌やWEBメディアで航空や旅に関する連載コラムを執筆する航空ジャーナリスト。YouTube チャンネル「そらオヤジ組」のほか、ブログ「Avian Wing」も更新中。大阪府出身で航空ジャーナリスト協会に所属する。Facebook avian.wing instagram@kitajimaavianwing

吉幾三さんのYouTubeチャンネルより