2024年の第96回アカデミー賞で作品賞、監督賞をはじめ主要7部門でオスカーを獲得した『オッペンハイマー』(公開中)。本作で原子力委員会のルイス・ストロー委員長を演じ、助演男優賞に輝いたのがロバートダウニー・Jr.だ。『アイアンマン』(08)などエンタメ大作で知られるダウニー・Jr.は、20代でアカデミー賞にノミネートされた天才として脚光を浴びた一方で、私生活でのトラブルでスクリーンから遠ざかるなど波乱の人生を歩んできた。成功と挫折に彩られた彼のキャリアを振り返ってみたい。

【写真を見る】のちに「アベンジャーズ」シリーズで共演するマーク・ラファロと火花を散らすシーンも(『ゾディアック』)

チャップリンを演じた『チャーリー』で若くしてアカデミー賞主演男優賞候補に

ダウニー・Jr.は1965年生まれ。父親はカウンターカルチャーの旗手として知られた映画監督ロバートダウニー・シニア。母は女優エルシー・フォードと芸能一家に生まれ、ダウニー・Jr.も子役としてキャリアをスタートさせた。80年代半ばには、ショーン・ペンやエミリオ・エステベス、デミ・ムーアアンドリュー・マッカーシーほか青春映画を通して台頭した若手俳優、通称“ブラッドパック(生意気なガキども)”の一翼を担い、『ときめきサイエンス』(85)や『レス・ザン・ゼロ』(87)、主演作『ピックアップ・アーチスト』(87)などの作品で存在感を発揮した。

そんなダウニー・Jr.が一躍脚光を浴びたのが、チャールズ・チャップリンの伝記映画『チャーリー』(92)だ。彼は青年期から晩年まで、老けメイクを交えて運命に翻弄された喜劇王をシリアスに熱演。それまでのやんちゃでトリッキーなイメージを覆した。撮影にあたりダウニー・Jr.は、チャップリンの映画はもちろん可能な限り資料を集めて役作りを行い、独特の仕草はもちろん階段から飛び降りるなどスタントも自ら担った。脚本の誤りを巨匠リチャード・アッテンボロー監督に指摘するほど詳しくなったという。そんな彼の演技は高く評価され、アカデミー賞主演男優賞にノミネート、英国アカデミー賞では最優秀主演男優賞に輝いた。時に27歳のことだった。

■個性的なキャラクターを次々と演じて演技派の地位を確立

若き演技派として定着したダウニー・Jr.のフィルモグラフィを見ると、メジャー大作より個性派作が多い。オリヴァー・ストーン監督、クエンティン・タランティーノ原案(脚本)の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(94)には米メディアを体現したような、計算高いテレビ司会者役で出演。刑務所で殺人犯を取材するうち、暴走していく男をエキセントリックに演じた。

HIV患者を演じた『ワン・ナイト・スタンド』(98)も印象的。中盤以降は酸素呼吸器を着けベッドで寝っぱなしになったが、徐々に力尽きていくリアルな演技でボストン映画批評家協会賞を獲得した。主演作『キスキス,バンバン』(05)では、ひょんなことから映画に出演することになったコソ泥役で、ゲイの探偵を演じたヴァル・キルマーとおかしなかけ合いを展開。のちに『アイアンマン3』(13)を撮るシェーン・ブラックの監督作だ。『ダーティハリー』(71)の元ネタにもなった連続殺人事件を題材にした『ゾディアック』(07)では、頭脳明晰だが協調性がなく酒に溺れて破滅する新聞記者エイブリーを熱演。生真面目な刑事を演じたマーク・ラファロとの火花を散らすやり取りは、のちのアイアンマンハルクの前哨戦という趣だ。

■薬物、アルコール依存を周囲に支えられながら乗り越えていく

個性派、演技派として地位を築いたダウニー・Jr.だが、私生活は荒んでいた。5歳の時に父の監督作『Pound』(70)でデビューしたダウニー・Jr.は、それからまもなくワインやマリファナに手を出していく。父はドラッグ愛好者で母はアルコール中毒と、そちらの面でもダウニー家は“いかにも”な芸能一家だったのだ。

90年代半ば頃には撮影にも支障を来すようになったダウニー・Jr.は、1996年に薬物の不法所持で逮捕。2001年にも同じ罪で逮捕され、仕事を離れリハビリ施設に入ることになった。そんな彼を支えたのは、映画プロデューサーの妻スーザンダウニーら家族の存在だったという。施設から出たダウニー・Jr.は、メル・ギブソン製作・出演の『歌う大捜査線』(03)に主演しスクリーン復帰。『キスキス,バンバン』や『ゾディアック』などでしだいに評価を高めていった。

■『アイアンマン』、『シャーロック・ホームズ』の大ヒットでトップスターの仲間入り!

そんなダウニー・Jr.にとって一大転機となったのが、アイアンマンことトニー・スターク役のオファーだ。スタジオ側は彼の出演を拒んでいたが、監督のジョン・ファブローはダウニー・Jr.の起用を譲らず、最後はスタジオ側が折れたという。そして2008年公開の『アイアンマン』は大ヒットを記録。ダウニー・Jr.は劇中のトニー同様V字回復を遂げ、トップスターの仲間入りを果たした。

『トロピック・サンダー 史上最低の作戦』(08)で2度目のアカデミー賞ノミネート(助演男優賞)を果たしたダウニー・Jr.は、続いて『シャーロック・ホームズ』(09)でゴールデン・グローブ賞主演男優賞(ミュージカルコメディ部門)を受賞。彼が演じた麻薬が手放せないトリッキーな武闘派探偵ホームズはアイアンマンと並ぶ当たり役となり、続編『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(11)も製作された。

■卓越した演技力と役への真摯な姿勢を見せた『オッペンハイマー

その後は「アベンジャーズ」シリーズなどマーベル作品を中心に活躍していたダウニー・Jr.が、久しぶりに取り組んだシリアスドラマが『オッペンハイマー』だった。彼が演じたストローズは、オッペンハイマー(キリアンマーフィー)と対立するいわば敵役。実在の人物を演じるのは『ゾディアック』以来のことである。

マンハッタン計画を率いたオッペンハイマーの道のりを描いた本作だが、ドラマ的にはオッペンハイマーストローズの確執が見せ場になっている。ストローズ本人に似せるため額を剃り上げたダウニー・Jr.は、敬意を抱いていたオッペンハイマーに敵意を向け、やがて失脚をもくろむ策士を怪演。物静かな外見とは裏腹に複雑な感情を抱えた役を演じきり、念願のオスカーに輝いた。

アカデミー賞授賞式のスピーチで「獣のような自分を保護し、蘇らせてくれた名獣医」と妻を称えたダウニー・Jr.。2010年代は出演作を絞り、マーベル作品以外はゲスト枠に仕事を減らしたその裏には、苦難の時を支えてくれた家族との時間を大切にしたいという思いがあったという。波乱の時代を乗り越え、俳優として、人として新たな高みに到達したロバートダウニー・Jr.は、これからなにを見せてくれるのか。次なる挑戦を楽しみにしたい。

文/神武団四郎

栄光も挫折も味わったロバート・ダウニー・Jr.のキャリアを振り返り!/[c]Everett Collection/AFLO