あるアーティストの声を使い、他のアーティストの曲をカバーする「AIカバー」が動画プラットフォーム上で話題になりつつある。特にK-POPでは、BTSやaespaやTwiceなどの声を使用したAIカバーが増えており、韓国音楽著作権協会が対応を考えているという。また昨年「Stable Audio」や「Suno AI」などの精度の高いAIモデルが相次いで公開され、音楽生成AIの使用も一般的になり始めている。

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 こうした流れもあり、ユニバーサルミュージック・グループが先日、TikTokとのライセンス交渉決裂について異例のステートメントを発表。そこには「AIによるアーティストの代替を支援している」という内容も含まれていた。ますます今後、生成AIを巡る権利問題の議論や訴訟は増えるだろう。

 では、AIカバーや音楽生成AIについての法的現状は具体的にどうなっているのか。AIとコンテンツが交錯する領域についての問題について詳しい柿沼太一弁護士と山城尚嵩弁護士に話を聞いた。

・AIカバー特有の問題は「著作権」より「パブリシティ権」が肝に

――まずは「AIカバー」やAIを用いた楽曲制作が著作権と抵触するのは、どんな場合なのか広く教えていただきたいです。

柿沼太一(以下、柿沼):これについては前提として、あるアーティストの曲にどんな権利が発生しているかを確認するとスムーズかなと。ある楽曲「W」に詞と曲がある場合、これらはそれぞれ著作権の対象となり、その著作権は、著作者である作詞者、作曲者に帰属します。JASRACNexToneが管理している権利は、これら作詞・作曲に関する著作権です。

山城尚嵩(以下、山城):次に、著作物の流通に関わるステークホルダーを保護する権利として著作隣接権という権利があります。

 まず、楽曲「W」をAさんが歌っている場合、実演しているAさんには、実演家としての著作隣接権が認められます。また、著作隣接権には収録された音源(録音物)にはレコード製作者の権利と呼ばれる著作隣接権も認められています。音楽業界において「原盤権」と呼ばれるのは、このレコード製作者の権利と呼ばれる音源についての権利です。

柿沼:また、著作権とは離れますが、当該著名人の声には「パブリシティ権」という最高裁判所が認めた権利が発生します。そのため、楽曲「W」を歌唱するAさんがプロのアーティストの場合、Aさんの声はパブリシティ権で保護される対象となります。パブリシティ権は、本日のメイントピックなので後ほど詳しく見ていきます。

――つまり楽曲には「詞」「曲」「実演」「音源」、そして「声」、これら5つの権利があると考えるのが一般的だということでしょうか。

柿沼:通常は、楽曲の権利を考える際には、前半4つまでが議論されることが多いです。ただ、「AIカバー」の文脈で「声」のパブリシティ権の話がフィーチャーされた、という見方が適切だと思います。今後は、「AIカバー」やAIを用いた楽曲制作を含む音楽や声の利用を考える時にも、この5つの権利のどれを侵害しているのかを個別に考えることになります。

――そもそも前提として、AIカバー以前の話として、Aさんが歌っている楽曲「W」をユーザー自らが歌唱・演奏したコンテンツをYouTubeやTikTokにアップロードする行為は問題ないのでしょうか。

柿沼: ユーザー自らが歌唱・演奏したコンテンツをアップロードする行為は「詞」や「曲」に関する著作権が問題になるケースです。ただ、YouTubeやTikTokという大手プラットフォームサービスについては、JASRACが包括的に楽曲の利用許諾をしているので例外的に問題となりません。なお、JASRACが包括利用許諾契約を締結するサービスは以下に記載されています。

――それでは、AIカバーについてはどのような権利が問題になるのでしょうか。

山城:AIカバーといえば、:ドレイクとザ・ウィークエンドの架空のコラボ楽曲「Heart On My Sleeve」が話題となりましたね(※1)。

(※1)2023年4月、AIを使って制作されたラッパーのドレイクとシンガーソングライターのザ・ウィークエンドのコラボ曲「heart on my sleeve」が他人が無断でリリースし、TikTok上で900万回を超える再生数を記録した。

柿沼: もちろん、AIカバーにおいては、著作物である「詞」や「曲」が勝手に利用されることもあり、その場合は先ほど説明したような例外に該当しない限り、著作権侵害に該当します。ただ、架空の楽曲のAIカバーの場合は著作権侵害は問題になりません。そのため、AIカバーの問題の本質は、著作物である「詞」や「曲」を勝手に使うという点ではないように思います。

山城:また、一見「勝手に他人の楽曲を歌唱(実演)させられる」という側面は、実演家の権利の問題のようにも思えます。しかしながら、実演家の権利は、その実演家が実際に行った実演を保護する権利です。AIカバーの場合には、その実演家が実際に行った実演を使うものではないため、実演家の権利の問題ではありません。そして、AIカバーにおいては既存の音源を利用していない限り、「音源」も問題になりません。

 そこで、近時では、AIカバーの問題の本質は、「詞」「曲」に関する著作権や、「実演」「音源」に関する著作隣接権の問題というよりも、歌手の「声」に関するパブリシティ権の問題だと考えられています。このパブリシティ権というのは判例により認められた権利です。

――その判例について具体的に教えてください。

山城:日本では、最高裁判決として「ピンク・レディー事件」と呼ばれる事件でパブリシティ権が認められました。

柿沼:この事件は、2012年に週刊誌『女性自身』に写真を無断で使われたことに対して、ピンク・レディー側がパブリシティ権の侵害として訴えた事件です。最高裁判所は、一定の要件を満たした場合には、パブリシティ権は法的に保護されるとしました。ここで大切なことは「勝手に写真を公開された」というようなプライバシーの権利や肖像権という形ではなく、有名人や著名人に関しては肖像などにパブリシティ権という財産的な価値(顧客誘引力)が発生し、これが一定の要件のもとで法的に保護されることを日本の最高裁が認めた点にあります。

 そして、肖像そのものの利用が問題となった本判決では「声」に言及はありませんが、最高裁判所調査官による判例解説によれば、著名人の「声」もパブリシティ権の範囲による保護の範囲に含まれるとされています。これは日本法による整理ですが、基本的に海外でも同じような考え方だと思います。

山城:要するに肖像でも声でも、「無断で著名人のパブリシティを使って儲けたらパブリシティ権侵害」だという考え方なんです。

・身近なケースも?AIカバー以外のパブリシティ侵害 

――驚きました。では「AIカバー」について、改めて法的にいかがでしょう。

柿沼:架空の楽曲についてプロの歌手の「声」を利用した「AIカバー」でお金儲けをするのは前述した「声」のパブリシティ侵害に該当する可能性が高いと考えます。そのうち日本でも訴訟が起こる気がします。

山城:「AIカバー」の場合は、アーティスト以外の第三者がアーティストの声を無断で使うのが問題です。ですので、例えば、アーティスト自身が、AIカバーにより自分の声を素材的に使用する分にはパブリシティ権侵害とはなりません。結局は他の生成AIの文脈と同様で、使われ方次第の話といえます。

――声優や政治家の声などをディープフェイク的に使用することについてはどうでしょうか?

柿沼:歌に限らず問題になってきます。むしろ政治家に嘘の発言をさせるような行為やディープフェイクポルノの方が社会に対する影響が大きいので、著作権以外の観点でも、これからなにかしらの理由で規制の対象になるのは間違いないでしょう。

山城:「声」という点にフォーカスしていうと、著名人ではない、一般人の声に顧客吸引力はありません。そのため、例えば一般人の声を使ってAIカバーが行われた場合に、著名人と同様に、パブリシティ権侵害の問題として捕捉することは困難です。このような一般人の「声」の使用について、例えば同じく肖像に関する判例上の権利である肖像権の拡張というアプローチで考えていくのか、あるいは新しい法律を作って立法的に対応すべき話なのかは今後の使用態様によって議論されていくべき課題と考えます。

――TikTokで「芸能人エフェクト」なども流行していますが。

山城:芸能人エフェクトもパブリシティ権の問題を孕んだトピックだと思います。TikTokで芸能人エフェクトを利用したユーザーの動画は、動画上に「AI生成動画・エンタメ目的のみ」という注記が出る仕様となっています。この注記はつまり芸能人の顧客誘引力を利用した商用利用目的ではない、という注記であって、パブリシティ権に配慮する形で記載されたものと考えます。ただ、このような注記をしたからといってパブリシティ権侵害に該当しない、と言うことにはストレートにはなりません。

――反対に、AIで生成した、実在の人間とは紐付かない「声」にパブリシティ権が認められることは考えられますか。

山城:通常はないと思われます。パブリシティ権は、著名人の顧客吸引力について認められる権利であるためです。似たような話だと、現状、AIには著作者になれないと整理されています。このあたりは、後半のAI生成楽曲の話にも関連しますが。

柿沼:この先、実在の人間ではない、有名なAI声優やAIシンガーが出てきて、その声を勝手に使ったとしてもパブリシティ権の侵害になることはないと思います。ただ仮にAIの声が商品やなにかと結びついているような場合、別の考え方をする可能性はゼロではないですが。

――では実際に生成された声は似ていないけど、著名な歌手の声がAIモデルのデータセットに使われている場合はいかがでしょう?

柿沼:ここは興味深いポイントです。AIモデルによる生成の順序を考えると、①色々な声を集める、②当該声によるデータセットを作成する、③それをAIに学習させてAIモデルを作る、④音声を生成するという流れ。先ほどまでの話は④に当たりますが、その前段階の①~③の行為がパブリシティ権の侵害かは現状ほとんど議論されていません。

 いろいろな考え方が成り立つところですが、①~③の過程においては、単なる内部的な準備行為なので顧客吸引力は利用されているといえず「パブリシティ権とは関係ない」という見方もありえるところです。これから議論が必要なポイントといえるでしょう。

山城: 著作権の場合には、著作権の侵害要件に「類似」性という要件があります。他方、ある著名人の声が学習用データセットに含まれるAIから、当該著名人と声質が似た声が生成された場合に、その著名人のパブリシティ侵害になるかどうかは、そもそもパブリシティにおいて著作権法のように「類似」という侵害要件が求められることになるのか自体も明確にはわかりません。

・「スイッチひとつで生まれた制作物には著作権は発生しない」

――次に、生成AIによる楽曲生成になると少し話は変わってくると思います。まずは前提の確認として楽曲の著作権に抵触する場合について教えてください。

柿沼:著作権侵害の侵害要件は2つ。類似性と依拠性です。この両方を満たす必要がある点がポイントです。「類似性」とは、先行する作品の表現上の本質的特徴が別の作品の表現として表れていることを意味します。次に「依拠性」は、先行する作品に接して別の作品を創作したことです。

――たとえば、ヒップホップにおけるタイプビート(人気曲のビートにそっくりなもの)の販売は著作権の観点からはどのように考えるのでしょう?

山城:そもそもタイプビートとは、平たく言うと「(ある特定のアーティスト)っぽいビート」です。例えば「Lil Yachty Type Beat」といえばリル・ヨッティっぽい、リル・ヨッティが使っていそうなビートを指します。ポイントは「◯◯っぽい」という点です。「類似」性はあくまで表現レベルで見るので、既存曲のコピーやアレンジであれば著作権侵害となり得ますが、あくまで「◯◯っぽさ」という曲調・作風レベルでは著作権侵害とはなりません。

――では、サンプリングについては、著作権法上どのように考えるのでしょうか。

山城:サンプリングに関しては著作権ではなく、冒頭に出た原盤権と呼ばれる権利の話です。原盤権は音源に対して発生する権利である以上、既存楽曲と類似かどうかは関係がなく、その音源を1秒でも無断利用すれば形式的には侵害になり得ます。

――昨今の音楽現場においては「リファレンス」という言葉をよく聞きますが、これは著作権法上どのように位置づけて考えたらよいのでしょうか。

山城:「リファレンス」が音楽性の影響やルーツ的な意味合いで利用されている場合、通常は「依拠」を満たすことが多いと思います。一方、そのうえで「類似」かどうかは、曲同士を比べて判断することになります。

柿沼:逆に、曲同士が類似であるとしても、既存楽曲に接することなくできた「たまたま類似した作品」については、依拠性が認められず、著作権侵害には当たりません。プロセスとしての「依拠」とアウトプットとしての「類似」、その両方を満たしたら著作権侵害という考え方ですね。

――なるほど。楽曲生成AIについてより深く聞いていきたいのですが、ある特定のジャンルのアーティストの楽曲を学習させて、当該アーティストのタイプビートを生成するAIがあったら、そのようなAIは著作権侵害となりますか。

山城:まず、タイプビートの作成や利用が直ちに著作権侵害に当たらないというのは、先程述べたとおりです。問題は、AI生成された楽曲が、学習時に用いられた既存楽曲と類似する楽曲だった場合、AIによる学習行為があったことをもって「依拠」といえるかという点にあります。ここは意見が分かれるところではありますが、元のデータセットに既存楽曲が含まれていれば「依拠」があるという見方が多いです。

――では、AIが生成した楽曲(AI生成楽曲)についてですが、AI生成楽曲に著作権は発生するのでしょうか。また、その場合に著作者は誰になるのでしょうか。

柿沼:著作権の保護の対象となる著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義されています。画像でも文章でも音楽でも考え方は一緒なんですが、コンピュータが機械的自動的に生成したコンテンツは「(人の)思想又は感情」の表現ではないため著作物として保護されないことが原則です。なので、スイッチひとつでAI生成された楽曲には著作権は発生しません。あくまで、現行の著作権法のもとでは、人間が創作意図をもって創作的関与をすることで著作権が発生するとされています。

ーーAI創作物に少し手を加えることで著作権が発生するのであれば、音楽の場合はなにを施せばよいのでしょうか?

山城:音楽の著作物の創作性の根幹はメロディとされています。分かりやすいところでいうと、たとえばAI出力楽曲をベースに、作曲家がメロディを独自に変更した場合などには、作曲家による創作性の付加があり、当該楽曲は作曲家の著作物に当たると思います。

――データセットの開示要請などが求められることはあるのでしょうか。

柿沼:学習データの開示請求は2通りのパターンがあります。まずは著作権が侵害されたと訴える側が、先ほどの「依拠」を証明するためにAI開発者に対して開示請求する場合。これは強いプレッシャーになりますが、データセットはAI開発者のノウハウの塊みたいなものなので素直に開示する事業者は少ないでしょうね。もっとも、裁判になれば、裁判所の命令により開示を命じられる可能性はあります。

 もう1つは、AIのユーザーがAI生成物を生成して利用したところ、著作権侵害であると訴えられた場合です。その場合でも依拠性があるかどうかが争点になるため、AIユーザーがAI開発者に対して、データセットの開示を求めることが考えられます。その場合でも、裁判所が開示命令を出す可能性があります。

――海外の事例についてはいかがでしょう?

柿沼:音楽の事例は聞いていませんが、ChatGPTやMidjourneyなど、文章生成AIや画像生成AIの裁判はアメリカで起きてます。そのなかでもデータセット開示が命じられているかどうかはよくわかりません。

 ちなみに、それらの米国での裁判はAIモデルのユーザーではなく、ChatGPTやMidjourneyなどのツールの開発者・提供者に対して「自分の著作物をAIモデルの学習に使うな」と訴えています。しかし今後はユーザーに対する裁判も起こってくるとは思います。

――音楽の生成AIも「Stable Audio」や「Suno AI」など実用的なものが、大規模言語モデルや画像生成モデルに続いて台頭している印象です。AI生成音楽の著作権をめぐる訴訟は増えていく?

柿沼:間違いなく起こると思います。まずはアメリカからスタートしていくのではないでしょうか。

山城:私も同意見です。そもそも音楽著作権の裁判の事例は、日本よりもアメリカの方が多いです。ただ私は「Law and Theory」という音楽家向けに法律相談サービスを提供する団体に所属しているのですが、肌感覚としては、国内においても、訴訟に発展しないだけで紛争となっている事案は少なくありません。今後、それが生成AIの文脈で出てくるのかどうかは気になってはいます。

・プラットフォームは「AIカバー」にどう向き合うか

――直近ですとユニバーサルミュージックグループがTikTokについてAIによる音楽使用についての問題も含める形で、非常に強い語調のステートメントを出していました。プラットフォームの責任という点についてはいかがですか?

山城:もともとYouTubeが立ち上がった00年代初頭などは権利侵害コンテンツが多かったですが、「コンテンツID」という権利者がコンテンツを管理するシステムを用いるなどして改善してきました。技術の進化とともに「AIカバー」のような投稿者側のコンテンツの多様化に、プラットフォームがどのように向き合うかはポイントになっていくでしょう。

柿沼:ほとんどのユーザーを握っているプラットフォームのなかでしかクリエイターが商売できないという問題は、AIとは無関係に以前から指摘されてきました。ゲームだったら「Steam」、スマホアプリを売るにも「Apple Store」や「Google Play」ばかりで高い手数料を取られてしまうと。

 それに加えて、AIがプラットフォームの力をさらに増強させるという懸念もあります。たとえば、彼らが保持する膨大なデータを、プラットフォームの利用規約を根拠に学習させてしまうような場合です。

・最後に

 今回のインタビューを通じて特に印象的だったのは、「現行の著作権法のもとでは人間が創作意図をもって創作的関与をすることで著作権が発生する」という生成AIを用いた創作物にも適応できる著作権の発生基準が明確に設けられていることだ。今回の記事の内容を、クリエイターが生成AIを用いて作品を発表する際にも是非役立ててほしい。(編集部)

(参照:ユニバーサルミュージックジャパン TikTokとの契約に関するお知らせ)
(参照:JASRAC 利用許諾契約を締結しているUGCサービスの一覧)

(文・取材=小池直也)

「AI cover」で検索したTikTok画面より