家族が認知症になったらどのように接したらいいのでしょうか? 理学療法士の川畑智氏による著書『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』(アスコム)では、伝え方や接し方がまとめられています。この回では、面会するときの会話のコツをご紹介しましょう。

記憶に残るエピソードを「ワンテーマ」で深掘りする

病院や施設で、認知症の人のご家族の方が面会に来たときに、ときどき気になることがあります。

自分たちのことを伝えたいという思いが強すぎて、ついつい、近況や考えを話しながら、あちこちに話題を移していきます。

「最近夜眠れている? ご飯はちゃんと食べないとダメだよ」

「職場でこんなことがあってさ」

「孫の〇〇ちゃんが、バレエの先生に褒められたんだけどね」

これでは認知症の方にとって、入力過多の状態。理解が追いつかず、ひたすら相づちを打つばかり。

やがて飽きてしまったり、不安な様子を見せたりすることがよくあります。

認知症の方との会話は、「ワンテーマ」にしぼりましょう。

次々と会話を横に広げていくのではなく、本人が主役になれるテーマに徹して会話を「縦に深掘り」していくこと。その際のヒントになるのは、本人の若かった時代、1番苦労した時代、頑張った時代の話です。

先日も、デイサービスの現場で、こんなことがありました。

認知症の方7〜8人でお茶を飲んでいたのですが、かれこれ30分も会話がありません。こんなときのために、私が常備している必殺技が、パソコンに年代ごとにまとめている昔の音源です。

そのときは80代の方が多かったので、藤山一郎さんの『長崎の鐘』や、美空ひばりさんの『銀座カンカン娘』など1949年の曲を流したら、これが大ヒット。

「あら、懐かしいわね」という誰かの言葉をきっかけに、自然とみんなが口ずさみ始めて、そこから1時間、会話が途切れることはありませんでした。

こんなふうに過去の記憶と結びつけていろいろと思い出し、語り合うことを「回想法」と呼びます。

記憶をもとにした会話で脳が活性化し、活動力や集中力が保たれるだけでなく、懐かしい気持ちになれた、いい話ができた、という安心感や満足感を得られます。

介護や医療の現場でも用いられているのですが、普段の会話でも、積極的に過去の記憶を刺激するようなテーマを選んでみてください。

施設では、昔のヒットソングの音源や、昔使っていた遊び道具を準備したり、ご家族に思い出のアルバムなどを用意してもらったりすることがあります。

ご家族なら、料理をしながら口ずさんでいた曲、何度も聞いた思い出話など、そこかしこにヒントが残っているでしょう。

ハマる「ワンテーマ」の探し方

どうしてもテーマに困ったときは、「戦時中は空襲が怖かった」「ご飯は麦と芋ばかりだった」「終戦後、国民学校の教科書に墨を塗った」「電話・テレビが初めて家に来た」など、感情を揺さぶられた思い出は、記憶に残りがちです。

ファッションや食べ物、音楽や映画、家電などの流行もいいですね。とくに音楽は脳に直接響きます。人生のシーンとともにあった曲はなかなか忘れません。

その際は、「当時はもんぺを穿いていましたよね」「麦ご飯ばかりでしたね」なんて具合に、同世代のように話を合わせるのも手です。

「それ、私は知らないわ」なんて言われてしまうこともありますが、相手の「わかる」「知っている」の波に合わせながら、会話を紡いでいくのがコツです。

少し専門的な話をすると、社会的な役割に変化があった最初の数年間の記憶は残りやすいという研究があります。

まず、子どもとしての役割が強い5歳前後の記憶、学生としての役割が強い15歳から18歳頃の記憶、当時の人が社会人として役割を果たし始める18歳から20歳頃の記憶。

そして時が進み、社会人としての晩年を迎え、自分の両親が亡くなっていく50代の記憶も色濃く残ります。

こうして年代ごとに記憶を虹のように重ねていくことを「キャリアレインボー」と呼び、会話の糸口を探るうえでもヒントになります。

もしも大当たりの「ワンテーマ」を掘り当てたら、その話は何回でも繰り返し使いましょう。いわゆる「鉄板ネタ」にしてしまうのです。

饒舌に語ってくれる話は、ご本人が人生の中で大切にしてきた思い出です。

私たちはつい、「この話、前もしたよな?」と考えてしまいますが、認知症の人は数分前に話した記憶さえ苦手になります。

ただ、あなたと話して「楽しかった」という記憶だけが残ります。同じ話を何度繰り返しても、問題ないのです。

川畑 智

理学療法士

(※写真はイメージです/PIXTA)