タイトルがとても印象に残るドキュメンタリーです。「美と殺戮のすべて」原題は「All the Beauty and the Bloodshed」なのでほぼ直訳。この少しヘビーなタイトルから、どんな映画を想像するでしょうか? 私は漠然と、ラスコーやアルタミラといった先史時代の洞窟壁画と、そんな洞窟を根城に狩猟生活を送っていた人類のワイルドライフみたいなものを思い浮かべていました。人類が野生動物を狩って(殺戮して)暮らしていた時代のイメージ。しかし当たり前ですが、全然違いました。映画は現代のニューヨークメトロポリタン美術館シークエンスで幕を開けます。

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本編を見続けるに従って、題名が醸し出す「ヘビーな感じ」は想像以上に高まります。これは、ある芸術家(写真家)が、現代のアメリカにおける薬害とも言える「オピオイド危機」をもたらした製薬会社一族と果敢に闘った様子を記録した映画です。すなわち「美」とは主人公ナン・ゴールディンの芸術活動や作品を示しています。さらには、製薬会社一族が蒐集し、ルーブルメトロポリタンやグッゲンハイムといった有名な美術館に寄贈したアート作品の数々をも象徴しています。そして、その一族の蒐集するアート作品は、一族の会社が開発したオピオイドによって得られる莫大な収益が原資。そのオピオイドは、50万人以上の人々を死に至らしめている(「殺戮」している)という現実。

とにかくこの映画は、被写体の間の振れ幅がダイナミックです。文字通り、美と殺戮の間を行ったり来たりするのです。主人公ゴールディンの1970年代80年代NYにおけるアバンギャルドで退廃的な生活を右脳で楽しみながら、パーデュー・ファーマ社およびサックラー家の独善的なビジネスモデルを左脳で整理するというように、使う脳パートの切り替え作業が忙しい。

監督は「シチズンフォー スノーデンの暴露」でアカデミー賞受賞のローラ・ポイトラス。このナン・ゴールディンの案件を見つけ、4年以上密着した結果、映画のクライマックスに描かれる非常に大きな成果を得ました。どんな成果を得たのかは是非本編でご確認ください。アートが好きで、海外の美術館をよく訪れる人ならば、目からウロコが何枚も落ちること請け合いです。本作もアカデミー賞ノミネート。また、ベネチア国際映画祭では金獅子賞を受賞しています。

(駒井尚文)

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