本日4月1日は、新たな生活が始まる日。入社式を控えた新入社員は、期待と不安を胸に抱えていることだろう。

現在ネット上では、とある企業の「初任給の内訳」が、物議を醸している。

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■「80時間の固定残業代」が物議

ことの発端は、3月12日の株式会社「TOKYO BASE」による「新卒採⽤初任給40万円への引き上げを実施」に関する発表。「初任給40万」という待遇は多くの注目を集め、ネットニュース等で報じられるとその金額がすぐさま話題に。

しかし、この40万円のうち17万2,000円は「80時間分の固定残業代」であることが判明するや否や、ネット上では疑問の声が噴出する。

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Xユーザーからは「基本給20.3万円、固定残業代17.2万円でマジ笑う。ミスリードやめろw」「80時間の残業が必須なのか…」「残業80時間もさせたら、疲労と睡眠不足で人はおかしくなるぞ…」といった指摘が多数上がっていた。

ネガティブな意見が非常に多く、特に「固定残業代=提示された時間分の残業が発生する(固定された残業時間が発生する)」と認識しているユーザーが多数、という印象を受けた。

 

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■誤解を残したまま再度話題に…

そして3月14日、某Webメディアが報じた記事によってネットユーザーからの注目度がさらに高まる。

「80時間分の固定残業代」を「80時間分の残業が発生する」と読み取れる前提の記述で問題提起し、1名の弁護士の見解・回答を元に「『公序良俗に反して無効』の可能性」と題して報じたのだ。

なお、記事を公開する前日の13日時点でTOKYO BASEに本件に関する取材を打診したものの「期限内の回答は得られなかった」とのこと。

同記事の内容に対し、多くの読者は「TOKYO BASEでは80時間分の残業が発生する」と受け取ったようで、記事が公開されるや否や、X上には「新入社員に80時間の残業を強いるのか…」「残業80時間って、ブラック確定じゃん」「過労死のライン超えてる」などの声が続出し、半ば炎上のような事態となった。

今回の炎上騒動には、2段階の原因があると考えられる。まず12日の時点で、多くのネットユーザーが「固定残業代」の概念を誤解した状態でTOKYO BASEの発表内容を受け取った点。

そして14日に前出の記事が公開され、多くの人々が「固定残業代」を誤解した状態のまま、記事に反応してしまった点である。中には記事の内容を確認せず、タイトルや引用リポストなどの過激な発言をそのまま鵜呑みにし、非難の声を上げたり、拡散したユーザーもいたことだろう。

そこで今回は疑惑の固定残業代をめぐり、労働基準局監督課、弁護士法人「C-ens 法律事務所」代表・森崎秀昭弁護士、TOKYO BASEに取材を敢行することに。その結果、様々な事実が明らかになったのだ。

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■「80時間の固定残業代」は違法でないか?

「固定残業代」とは支給される給与に「予め含まれた残業代」を指し、「◯◯時間残業したとみなして支払われる残業代」と考えると理解しやすいだろう。

もちろん「固定残業代」の時間を超過して残業が発生した場合、企業は残業代を別途支払う必要があり、例えば「20時間分の固定残業代」を導入している企業で25時間の残業を行なった場合、5時間の残業代が発生する。

つまり「21時間以上」の残業が発生しない限り(追加の)残業代は発生しないが、残業時間が発生しない(0時間)場合でも固定残業代は満額支払われる、ということだ。

…と、ここで疑問に感じるのが「固定残業代に上限となる時間は存在するのか」という点である。時間外労働に関する「36協定」では、原則として時間外労働の上限を「月45時間、年360時間まで」と規定しているためだ。

そもそも前提として「毎月45時間残業をすること」が規定に抵触しており(45時間×12ヶ月=540時間となるため)、360時間を12ヶ月で割った「30時間の固定残業」すら、既に怪しい印象を受ける。

こうした「残業時間の上限値」を知る人からすると、今回のTOKYO BASEによる「80時間の固定残業代」は、恐ろしく異質な数字に映ったのだろう。

そこで、労働基準局監督課に確認をとったところ、意外なことに担当者からは「固定残業代の上限となる時間設定は、特に設けられておりません」という回答が得られたのだ。

「残業時間」というのは「実働時間としての残業」が発生した際に計算されるもので、残業したと「みなして」支払われる固定残業代自体に、時間の制限は設けられていないという。

担当者は「もちろん、80時間以上の残業が前提となっていたり、強要させる職場環境であれば問題があるため、改善する必要があります」とも補足している。

 

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■「固定残業代」を採用するメリット、デメリット

「80時間の固定残業」が違法でないことが判明したワケだが、次に疑問に感じたのが「なぜ基本給で給与の底上げを行なわないのか」という点である。

今回の騒動のように「固定残業代=残業時間が固定される」と誤解する人が少なくない点を考慮すると、基本給による給与アップを図る方が不要な誤解を招かず、安全ではないだろうか。

こちらの疑問に対し、企業法務全般・労働問題など多種多様な案件を得意とする森崎弁護士は、企業側・労働者側の観点から見たメリットおよびデメリットを挙げてくれた。

まず、企業側のメリットとしては「残業代の計算が楽である」「人件費の見通しが付きやすい」「従業員の能力が向上し、業務の効率に繋がりやすい」(残業するより定時で帰った方が得なので)といった要素が存在する。

一方でデメリットとしては、やはり今回のケースのように「固定残業代分の残業を強要されるという誤解を生む」(採用に支障)点が挙げられるという。

森崎弁護士は「今回のニュースもそうですが、固定残業代制を設定していると『その制度で設定された残業時間は恒常的に残業をさせられる』という誤解を生みやすくなります。そのため、固定残業制を導入したポジティブな理由には着目せずに、勝手に求職者側が『過酷な労働環境だ』と誤解し、採用に支障を来すケースもあり得ます」と、分析していた。

労働者側のメリットとしては「残業をしなくても(固定の)残業代が支払われる」「業務効率化における労力対効果が向上する」といった点が挙げられる。

記者自身、固定残業代を「導入していない企業」と「導入している企業」をそれぞれ経験しているが、前者では「残業代を稼ぐ」ことを目的としたような就業態度の社員も少なからず見受けられた。

前者は状況によっては「残業するほど得」になるケースがあり得るが、後者の場合は「残業するほど損」になるケースが多く、業務を効率化した方が従業員自身にとって得になるのだ。

しかしもちろん、労働者にとっても固定残業代によるデメリットは存在する。

まずは「基本給が下がる」という点。こちらの詳細について、森崎弁護士は「額面として給与を見ると高水準であっても、基本給は低めに設定されているので、基本給をベースにした手当や超過した残業代の計算においては、低めに計算されてしまいます」と説明する。

残業代のほか、賞与(ボーナス)や退職金の金額等も基本給をベースに算出されるケースが多い。つまり、例えば同じ「月給40万円」でも、「基本給30万円、固定残業代10万円」と「基本給20万円、固定残業代20万円」の企業では、前出の金額に差が生じてしまうのだ。

森崎弁護士は他にも「ブラック企業の場合、追加の残業代が支払われない」(あってはならない!)「実際に残業の多い企業の場合、心身に影響が出得る」といった問題点を挙げているが、いずれも固定残業代そのものの問題でなく、「企業側に誤解や問題がある場合」というのが前提条件となる。

 

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■TOKYO BASEに「実際の残業時間」聞いた

続いては、TOKYO BASEに今回の給与(初任給)引き上げの詳細について話を聞いた。

話題となった2024年度の初任給額は40万円で、内訳は基本給:203,000円、固定残業代(80時間):172,000円、固定交通費:20,000円。

そして2023年度の初任給額は30万円で、内訳は基本給:196,000円、固定残業代(45時間):79,000円、販売手当:5,000円、固定交通費:20,000円となる。

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トータルで10万円もアップしたワケだが、引き上げの経緯について、TOKYO BASE担当者は「3つの理由がある」と話す。

1つ目の理由について、担当者は「当社は『日本一のファッション企業』になることを掲げています。日本一の会社になるには給与も日本一を目指す必要があると考え、国内のファッション業界の最高水準となる給与体系への改定を決断ました」「また代表取締役CEOの谷は、かねてよりファッション業界に変革をもたらし、ファッション業界の社会的地位を向上させることを目指してきました。給与だけが大切なわけではありませんが、社会的地位の向上には収入を上げることが不可欠であると考え、以前より給与体系の改定を検討してまいりました。この度の給与改定により、従来ファッション業界に就業してこなかった人材の採用も目指します」と説明している。

2つ目の理由については「当社はグローバルでの事業展開を推し進めており、給与もグローバル基準に合わせる必要があると考えてきました」「当社の販売スタッフの業務は販売以外にも多岐に渡り、対価としての40万円は決して高くなく適正であると考えております。現場主義を掲げる当社では現場のスタッフに適正な対価をお支払いしたいと考え、先行投資にはなりますがグローバル基準に合わせた対価をお支払いしていくことにしました」と語る。

そして3つ目の理由については「当社では収益を伸ばしていくために、東京、名古屋、大阪の中価格帯以上の商業施設に絞った出店や、売上のみを目的とした低価格帯事業の撤廃、営業力の強化などにより生産性の向上を進めてきました」「このビジネスモデルを磨き上げることで業界最高水準の給与を賄えるようになったため、今回のタイミングでの給与体系の改定を決定しました」と説明していたのだ。

また、実際の平均残業時間については「20時間以内」であると判明。

担当者は「月ごとに違いはありますが、店舗で10時間から15時間ほど、本社職で多くて40時間ほどで、80時間の残業を強いるような環境ではありません」「当社のカルチャーとして結果主義を掲げおり『長く働けば良い』『長ければ成果が出る』といった概念は全くなく、生産性を大切にしています」「繁忙期に残業が増えるケースはありますが、就業時間内で成果を出すことを求めています」と、社内の実態を説明してくれたのだ。

長時間の固定残業代をめぐる過去の判例について、森崎弁護士は「固定残業代に関する裁判例は多数存在します。その中では、長時間の固定残業代制が公序良俗違反で無効とされたものもございます」「岩佐圭祐大阪地方裁判所判事によりますと、固定残業代の問題は『対価性と判別性』という2つの条件の問題になると整理されています」と、話す。

続けて「TOKYO BASEさんのように、実際の残業時間が平均20時間以内である場合、固定残業代制で設定する残業時間が80時間だとすると、現実との乖離が問題となり『対価性という条件がクリアできているか』という点で、議論の余地は出てくると思います。この判断は、最終的には裁判所が様々な事情を踏まえ、総合的に判断するものとなります」と説明。

さらに、森崎弁護士は「固定残業代の定めが無効とされてしまうと、基本給が雇用契約時のものから増額されることになるため、企業としては追加の残業代の支払い義務が発生したり、悪質な場合には付加金の支払い義務が発生する場合もあります」と、法律上の有効性については議論の余地があると指摘している。

そこで固定残業代の「対価性」を確認すべく、80時間が設定された背景についてTOKYO BASEに追加の取材を打診したが、残念ながら1週間が経過しても回答は得られなかった。

だが26日、ファッション業界専門誌『WWDJAPAN』が報じた内容によると、TOKYO BASE最高経営責任者(CEO)・谷正人氏は「(80時間分の設定は)僕らがベンチマークしている企業がそのような設定をしていたので、それに倣っただけで深い理由はない」と説明していたという。

つまり前出の議論が行なわれるとしたら、同社の「深い理由はない」という理由が、対価性を判断するうえで妥当となるか否かが指標となりそうだ。

ちなみに、森崎弁護士の事務所でも「残業をしないように」「業務を効率化してほしい」といった思いから、固定残業代を導入しており、採用時にはその背景を説明し、納得の上で入社してもらっているそう。

繰り返しになるが、今回の騒動で明らかになったように「固定残業」という字面から、本来の意味を誤解している人々は少なくない。

実際には「残業を強いる時間」でなく、法律上も「固定残業代の時間設定に上限はない」と明らかになったのだが、こちらの回答に際し、労働基準局監督課・担当者が歯切れの悪い様子を見せたのが印象的であった。

こちらの背景について、森崎弁護士は「現時点で、固定残業代制における残業時間の設定の上限を設けた法律はありません。そのため、月80時間という固定残業代制の残業時間の設定を『明らかに違法』とも断じられないのが現状です」と前置き。

その上で、行政機関が「固定残業代制で設定する残業時間が80時間でも問題ありません」と回答した場合、曲解して「固定残業代制を導入して残業を月80時間に設定したら、月80時間の残業をさせて良い」と、勘違いする会社が現れるケースを懸念していたのでは…と、労働基準局監督課の抱いたジレンマを推測していたのだ。

今回の一件は「固定残業代制の定義」について、労働者だけでなく企業側、そして行政機関が改めて考える、良い切っ掛けになったのではないだろうか。

 

■執筆者プロフィール

秋山はじめ:1989年生まれ。『Sirabee』編集部取材担当サブデスク

新卒入社した三菱電機グループのIT企業で営業職を経験の後、ブラックすぎる編集プロダクションに入社。生と死の狭間で唯一無二のライティングスキルを会得し、退職後は未払い残業代に利息を乗せて回収に成功。以降はSirabee編集部にて、その企画力と機動力を活かして邁進中。

X(旧・ツイッター)を中心にSNSでバズった投稿に関する深掘り取材記事を、年間400件以上担当。ドン・キホーテハードオフに対する造詣が深く、地元・埼玉(浦和)や、蒲田などのローカルネタにも精通。

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