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 本連載ではこれまで、スタートアップを紹介してきました。今回は趣向を変えて、スタートアップを支援するVC(ベンチャーキャピタル)の立場からお話を伺いました。VCながら正面からディープテック創業の“人材開発”に取り組んでいるビヨンドネクストベンチャーズ執行役員の鷺山昌多氏に、研究から創業につなぐための取り組みについて聞きました。(本文敬称略)

500人の卒業生から50人が研究開発型スタートアップの共同創業者・経営陣に

マスクド:VCとしてのビヨンドネクストベンチャーズが手掛ける研究開発型のスタートアップの創業支援について、どのような特徴がありますか?

鷺山: 我々は研究者の創業支援と、共同創業者(Co-Founder)の育成という2つの事業を手掛けています。特に私自身は、Co-Founderの育成を主に担当しています。特徴としては、現在の仕事を辞めずに起業する住み込みの起業家や客員起業家を支援する点です。

 EIR(Entrepreneur In Residence)呼ばれる仕組みを聞いたことはあるでしょうか。名前の通り起業家が組織内に入り、次の事業の準備や、その組織内で起業家としての知見を提供するよう活動を行います。現在では、VCに限らず企業や大学などの組織の中に住み込みの起業家がおり、企業や大学に籍を置いて起業や新規事業立ち上げを目指す仕組みとなっています。しかし、そのような人材は日本では少なく、またもともといた会社をすぐに辞めて起業できる人も限られます。

 そこで我々は2017年からILP(INNOVATION LEADERS PROGRAM)という、ビジネスパーソンなどが仕事を辞めずに研究者と出会い、起業の準備を進められる支援を手掛けています。当社が発掘した有望な技術シーズを有する研究者と、2〜3人のILP参加者がチームを組んで、仕事外の時間で事業化に向けた活動を繰り広げます。

 これがきっかけで縁が続けば、実際に起業して参画いただきます。現時点ではILPにおいてのべ500人程度が事業化へ向けて参加しており、ディープテック領域での起業や経営参画に至った方は50人ほどです。こういった研究者と起業したいビジネスパーソンをマッチングすることが、我々が展開する創業支援の特徴となります。

 一方で、弊社内でのEIR制度として、「APOLLO」という取り組みもあります。ILPが「縁次第で共同創業の縁を掴めるかもしれない」という温度感に対して、APOLLOは「絶対に特定期間で起業する」という本気の起業プログラムです。創業時にはVCとしての投資も基本的に行います。マンツーマンで手厚い支援を行うかわりに選考基準や面接は厳しくなり、実際に採択されるのは年間で2~3名程度です。

マスクド:「ディープテック」と呼ばれるエネルギーや食料や創薬や宇宙など社会課題におけるマッチングを手掛けています。こうしたマッチングにおいて、選考する基準などあるのでしょうか。

鷺山:起業においては、まず相性が大事です。そもそもディープテックに関わる研究者は、10年でも15年でも一つのことに集中して取り組むタイプです。逆に言えばそれだけ熱があるので、短期的な目線の人は関わりません。それなのにお金やストックオプション目当ての人と研究者が組んでも、相性が悪い。だからこそ、方向性や価値観がマッチングするかが重要です。さらに具体的に法人化を目指すうえで、研究としては素晴らしいものの、事業化するにはより多くの時間がかかることが判明したり、想定していた需要が見出せないなどの課題にぶつかることもあります。そこで起業支援プログラムとして、仕事を辞めずに事業化を目指す形で支援します。順調に進んで資金調達などができれば、会社を辞めて創業いただくという流れです。

 ですが、検討や準備を重ねても、起業に至らないケースが9割ほどです。原因としては技術が未熟だったり市場が発展途上という点があります。研究室の試作品では成功しても、現場で使えることを証明しなければ資金調達できません。そうなると国に研究資金を求めたり、さらに数年温めてから起業を目指すことになります。これでは研究者と起業家が、うまくマッチングしません。逆に研究者のスピードがビジネスに合わない場合もあり、慎重を期して研究機関や有識者に相談しながら数年以上かけて進めていては、起業に至りません。

 もしも起業家が単独で事業化のシーズを見つけて起業を準備しても、1~2年で起業するのは難しいでしょう。自分で多くの研究から事業化の種を探しながら、自分で交渉を進めて、さらにビジネスモデルを作るのは厳しいでしょう。だからこそVCとして準備から起業に進み事業化まで効率的に実現するべく、我々のようなVCによる支援が重要です。幅広い分野で研究者のネットワークもありますし、各分野における技術や流行や競合の状況も把握しています。さらに特許やファイナンスの計画などにも対応します。

マスクド:起業から組織作りという流れは、スタートアップが苦労する問題点です。ビヨンドネクストベンチャーズにおける支援やアドバイスなどはございますか。

鷺山:起業後の組織作りや人材採用については、VCとして幅広く支援しています。弊社内には投資先への人事専任サポートもいます。やはり起業当初は資金もノウハウもなく、人事がわかっている人がいないので適切な採用や組織づくりができません。かといって人事責任者を正社員として雇うのも難しいでしょう。さらに研究者は自分の研究分野には詳しいですが、ビジネスは不慣れです。そこで人事経験者に依頼しても、意見が衝突して関係がこじれることも考えられます。そのため我々のような立場が、外部から適時支援する方が適していますね。

世界でも通用するスタートアップが必ず日本から出る

マスクド:ディープテックや海外での成功事例について、VCとして投資する中で、どのような課題があるとお考えですか。

鷺山:まだまだ日本のスタートアップにおいて、ディープテックで成功した事例は限られます。やはり優れた製品や技術があっても、販路を築いて顧客に届けるのは難しいですし、法律や規制もあります。一方で海外のスタートアップを経験したり、現地の人とつながって壁を乗り越える事例も増えてきました。

 近い将来、海外でも戦える経営者の方が増えて、風穴を空けるかもしれません。また、日本の文化や仕組みに依存したものは海外での展開が難しいですが、素材や製法において有利なものを提供できれば市場にもフィットします。こうした分野は世界共通なので、日本で成功した製品やサービスよりもディープテックの方が海外展開がしやすい部分がありますね。

 ILPやAPOLLOの取り組みから生まれたスタートアップには、大腸菌からプラントマテリアルを生産するファーラメンタ社や、魚の品種改良から新魚種(ハイブリッド魚)を誕生させるさかなドリーム社があります。

 期待もしていますが、とはいえディープテックは成果がでるまで時間がかかるので、まだまだ成長段階です。我々は7年前からINNOVATION LEADERS PROGRAMを通じた経営人材創りをしていますが、「まだ7年」です。初期に参加した卒業生経営者たちもスタートアップの成長段階で言えばシリーズBぐらいでこれからです。

 こういった領域特性に合わせて3号ファンドの投資期間を11年、最長で14年まで延長できるようになっております。打算的な表現かもしれませんが、ディープテックにおいて難しい問題を解決できれば、市場価値も高くなるでしょう。さらに宇宙、医療、創薬、食料、環境、エネルギーなどは将来的に兆単位の売上を目指せる巨大市場ですから、時間はかかりますが大きなチャンスがあります。

マスクド:ディープテックを含めた起業において、今後の展望や将来性についてどのようにお考えですか。

鷺山:世界でも通用するスタートアップが必ず日本から出ると信じています。領域によっては日本のディープテックスタートアップが世界で主流にもなれるだろうと思うほどです。我々が投資を始めた9年前は、大型調達ランキングに出てくるような大学発スタートアップはごくごくわずかでした。しかし現在は公的な資金における動きに加えて、海外投資家を呼び込むチャンスも増えています。我々も世界で成功する事例を作るため、資金を集めていきます。さらに経営や研究における能力も上昇しており、良い研究とのマッチングが増えてます。身の回りの準備が整い次第、後は粛々と実現するだけという段階ですね。

 これを読まれているASCII読者の中には開発者の方も多いでしょうが、もしも起業を目指す方がいれば、まずはカジュアルなマッチングから始めると良いでしょう。大学や研究機関でハッカソンを行った時は、エンジニアの方々で盛況でした。転職というリスクはありますが、新たな仕事に関わる面白さがあります。特にディープテックは面白いテーマばかりなので、ぜひご自身の技術を生かして、新たな挑戦を望んでほしいですね。

取材を終えて

 ビヨンドネクストベンチャーズではインドなど海外向け投資を加速しており、数多くの案件が進行中です。さらに画期的な魚の養殖や、薬における新たな製法など、社会を大きく変える可能性があるスタートアップも登場してます。取材では様々な取り組みを伺ったが、その中で「部活みたいな感じ」「情熱やパッションが大事」という点が印象的でした。ディープテックは未解決の大きな課題に挑戦するという壁がありますが、知的好奇心が高いエンジニアにとっては挑戦しがいのあるテーマでしょう。こうしたスタートアップを支援する環境が整備されて、新たな社会が誕生することを期待しています。

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