東京都内の進学校の一つ、都立小山台高校1年の男子生徒(当時16歳)が2015年9月、JR中央本線大月駅山梨県)のホームから飛び込み、電車にはねられて死亡した。

男子生徒の遺族は、いじめがあったにもかかわらず、学校はいじめや自殺を防止する義務を怠ったなどとして、都を相手取り、国家賠償法に基づく損害賠償を求める裁判を起こした。

1審の東京地裁、2審の東京高裁ともに請求を棄却したが、遺族はこのほど最高裁に上告した。遺族は都に対して再調査も求めているが、こちらは宙に浮いた状態だ。遺族に現在の心境を聞いた。(ライター・渋井哲也)

●遺族は「黒塗りの書類」を見せられた

「提訴した理由の一つは、学校や都教委が、息子に関する資料を開示せず、黒塗りの書類を見せてきたことです。つまり、『親の知る権利』が侵害されたからです」

亡くなった男子生徒Aさんの母親はそう話す。訴状などによると、Aさんは2015年4月、都立小山台高校に入学して、同年9月27日に自殺を図った。

遺族側が訴訟前に「個人情報開示」を請求すると、Aさんは生前、学校のアンケートに「悩み」を記したうえスクールカウンセラーの相談も希望していたことが明らかになった。

●英語教員が何度も「呼び名」を間違えていた

遺族によると、Aさんのスマホデータを復元させて、ツイッターやLINEを調べたところ、いじめがあったことがわかったという。東京地裁の本人尋問で、母親は「学校が息子のSOSに気が付いていたら、自死しなかったのではないか」と述べた。

部活のLINEグループで、嫌がる名前を連呼されていたこともわかった。その連呼行為は「テロ行為」と呼ばれていたという。証人尋問で、元校長は「(生徒)本人が嫌がる行為であり、名前を間違えるのは精神的苦痛だ」と証言している。

東京地裁の判決は、この「テロ行為」に触れている。きっかけは、「コミュニケーション英語」を担当する教員が授業中、Aさんの呼び名を何度も間違えたことだった。

教員が間違えた理由について、当時の校長は「故意ではない。以前に勤務していた学校では、間違えた呼び名のように呼ぶ生徒が多かった」と釈明している。

「校長は、『コミュニケーション英語』の担当教員が名前を間違えることについて、本人が嫌がる行為のため、担当教員に注意したことがわかっています。ただ、詳細な内容は、調査部会で聞き取られていません」(母親)

●1審2審ともに遺族の訴えを退けた

この連呼行為について、東京地裁は「これらの行為によって精神的苦痛を受けていたと断ずることは困難」として、「いじめ」とは認めていなかった。

また、東京高裁は「『いじめ防対法』の『いじめ』に該当する可能性は否定されない」としながらも、「民事上の損害賠償責任を生じさせる違法な行為であると評価されるものであったと認めることが困難」として、訴えを退けた。

「地裁判決は、学校で精神的苦痛を受けていたことに、ところどころ触れています。一方で、学校の責任については認めていません。本人と接触している当時の担任と養護教諭の責任は認めてほしかったと思います。特に、担任についてはほとんど書かれていません。

夏休み明けに息子が『学校に行きたくない』と言っていたので、私は担任に『学校で何かありましたか?』と電話で話しました。担任が『何もない』と言うので、私は『何かあったら連絡くださいね』と言いました。

その日、息子は遅刻して早退していたのですが、そのことすら連絡がきていませんでした。この点は、地裁でも高裁でも判決でほとんど触れられていません」(母親)

●夏休み前のホームルームで起きた出来事

夏休み前のホームルームで、Aさんは机を叩いて、大声を出していた。クラスメイトの発言に怒ったという証言もある。

「この出来事は、夏休み明けに担任に電話したときには教えてくれなかったのに、息子が亡くなった直後に真っ先に担任から知らされました。死ぬ前に担任が息子の異変を教えてほしかった。

2021年12月10日の証人尋問で、担任は『机を叩く直前、生徒とやりとりする会話は記憶にない。周囲から見ると唐突に見え、みんなが一瞬止まりました。発言していた内容は聞き取れませんでした。彼にとっては珍しい行動』と話していました。

その後、担任は息子に声をかけて、『できるだけ人がいない状態で、教室で聞き取りをした』と言っていましたが、調査委の聞き取りでは、そのやりとりを目撃した生徒の証言が載っていました。息子はイライラした理由について話をしたけども、担任は事実確認をしていなかったというのです」(母親)

開示請求では、Aさんが自殺する直前、9月だけでも4回の保健室利用があったこともわかった。

校長は「保健室を利用し、医療に関わる可能性がある場合は、利用者カードに記入し、担任か教科担当教員に渡すことになっていた。しかし、当時は、特別な配慮が必要という認識はなかった。9月は行事が立て込んでいて、毎日10人以上の生徒が保健室を利用していた」として、自殺の予見可能性を否定していた。

養護教諭は、息子にカウンセリングをすすめていたにも関わらず、担任と情報共有をしていませんでした。私は、担任と養護教諭は、生徒の命を守るべき存在なのに、その義務を怠ったと思っています。しかし、判決文では、この点が書かれていませんでした。学校生活での精神的苦痛にきちんと言及してほしかったです」(母親)

●「いじめの定義」が二分した報告書

1審では、都教委いじめ問題対策委員会の調査部会長、坂田仰氏(日本女子大学教授)も証言台に立った。報告書では、いじめの定義について「当時の定義では『いじめ』ではないが、現在の定義では『いじめ』」と証言していた。

国の「いじめ防止等のための基本方針」では、当時は「けんかは除く」とされていたが、坂田氏の証言時は「けんかやふざけ合いであっても、見えないところで被害が発生している場合もある」などと修正されていた。

「報告書が出される前の2017年7月、坂田部会長は遺族に対して『自分たちの調べた範囲では、いじめがなかったとは言えない』と話していました。ところが、同年9月に公表された報告書では『いじめはなかったとは言えない』と書かれていません。いじめの定義について、委員の中で意見が二分していました。

しかし、なぜ『いじめではない』という結論に至ったのか、その過程が書かれていません。この調査報告書が土台になって、判決文が書かれているのではないかと思います。学校の責任としては、いじめの有無にかかわらず、自殺を防止するなど、子どもの命を守らないといけないのではないでしょうか」(母親)

●LINEグループに1人だけ入っていなかった

裁判をしてはじめてわかった事実もある。

クラスの男子だけでつくる「LINEグループ」があった。Aさんも「招待」はされていたが、説明されなければ、よくわからない「グループ名」になっていた。そして、このグループにはクラスの男子の中で、Aさんだけが入っていなかった。このことは調査委の報告書にも記載がない。

校長がアンケートの原本を破棄していたこともわかった。裁判では、遺族側が求めて、1審の審理の過程で被告側が提出したものだ。校長のパソコン内に一部が残っていたという。

校長は尋問で「全校アンケートの中から、気になる部分をまとめた」と話した。つまり、提出された資料は、アンケートのすべてではなかったのだ。

「(気になるものは)10点ほどあった。そのアンケートのコピーをとり、気になる箇所にマーカーを引いた。それをまとめたものがその資料」(校長)。

●裁判をしなければ出てこなかった事実や資料もあった

遺族にとって、裁判は勝ち負けだけでは判断されない。母親はこう話す。

「息子が亡くなってから8年半、裁判を始めてから5年半が過ぎました。この間、学校や都教委との交渉には苦労しました。息子が亡くなったことに関する資料を見せてくれなかったことも『親の権利』の侵害です。

遺族としてはただ学校での息子のことが知りたくて学校や都教委と交渉しているのに、数え切れないくらいの理不尽な対応をされ、血を吐くほどの痛みと苦しみと辛い目に遭ってきました。

最高裁に上告しましたが、勝ち負けというよりも、16歳までしか生きられなかった息子がいたこと、どういう息子だったかを知ってもらうには、裁判をした意味はあったと思います。

裁判をしなければ出てこなかった事実や資料もありました。亡くなった息子の名誉を回復したい。そのために最高裁にはきちんと向き合ってほしい」(母親)

現在、調査委員会の報告書の内容が不当だとして、遺族は都に再調査を求めている。知事部局では再調査をすることになっているが、調査委員の選定をめぐって合意に至っていない。

「勝ち負けよりも、亡くなった息子の名誉のために」 都立名門高の生徒自殺訴訟、最高裁に上告した母親の思い