日本の企業ではイノベーションが起こりにくいといわれる。同業他社のベンチマークやスキルを高めてオペレーションを改善するという発想が通用しないからだ。しかし、人間の脳はもともと新規性ある「異結合」が得意ではないと、経営コンサルタントの坂田幸樹氏は説明する。『機能拡張 テクノロジーで人と組織の可能性を追求する』(坂田幸樹著/クロスメディア・パブリッシング)から内容の一部を抜粋・再編集し、生成AIによって能力を増幅させる“機能拡張”について解説する。

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 第3回は、人間がイノベーションを苦手とする原因と生成AIを活用するメリットを紹介する。
 

<連載ラインアップ>
第1回 「生成AIを使ってはいけない仕事」をどう見極める?
第2回 村上春樹は生成AIを使って小説を量産できるか
■第3回 カンバン方式の導入で成功したSpotifyNIKEに共通する、ある考え方とは?(本稿)
第4回 島田紳助が生成AIで「漫才の教科書」を作っていたら、何が変わっていたか

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■イノベーションとは異結合のこと 

 ここでは、教科書に載っていない「一般常識」がどのように変化しているのかについて考えてみよう。

 イノベーションとは「より広い範囲に対して、新たな価値を提供するための活動」である。その実現には、スキルを高めてオペレーションを改善していくのではなく、新たな手法を考案することが必要となる。

 たとえば、高齢化が進展している日本の零細農家向けのスーパーアプリをつくるのはどうだろうか。主に新興国で普及しているスーパーアプリの考え方を日本の零細農家に持ち込めば、種子や肥料の購入、保険への加入や耕作ノウハウの共有などを1つのアプリで実施することができる。高齢者でも使えるようにすべて対話型のアプリにすれば、農協の職員と会話しているかのように、アプリを使うことができるだろう。

 あるいは、インフラ点検のためにオーストラリアで活躍する小型人工衛星を使うのはどうだろう。日本の地方都市では過疎化が進んでいるといわれるが、オーストラリアの人口密度は日本の100分の1以下である。それでもオーストラリアは社会インフラを維持して、新産業を育成し、世界銀行によると2022年の1人当たりGDPは6万4500米ドルと日本の3万3800米ドルをはるかにしのぐ。そのために、人間に依存しなくても済むような技術がいたるところに使われている。

 このように、イノベーションを起こすために必要なのは過去に存在していないものを「発明」することではなく、すでに存在しているものを組み合わせる「異結合」の考え方なのである

■できるだけ遠くから持ってくることで新しいものが生まれる

 そして、社会を変革するためのイノベーションを生むためには、できるだけ遠くから情報を持ってくることが重要なのである

 次図に示したように、「近く」というのは同じ業界の競合をベンチマークするような手法である。

 ベンチマークとは、三井住友銀行であれば、三菱UFJ銀行みずほ銀行が何をしているのか、三井物産であれば、三菱商事や住友商事が何をしているのかを研究することを指す。もちろん、それによってオペレーション改善の手法や差別化するためのストラテジーを考えるヒントは生まれるだろう。しかし、それはイノベーションではない。

 それに対して、「遠く」とは別の業界のプレイヤーの研究をするような手法である。また、ビジネスに限らず、成功事例や失敗事例を広く探索する活動から、優れたイノベーションが生まれるのである。

 たとえば、世界中に26億人の信仰者がいるキリスト教はどうやって信仰者を増やしたのか。そして、その信仰を維持するためにどのような工夫がなされているのだろうか。

 あるいは、米国のアポロ計画では1967年アポロ1号が失敗してから、たった2年半で月面着陸に成功したアポロ11号が開発された。その際の成功の秘訣は何だったのだろうか。プロジェクトマネジメントでは、どのような工夫がなされていたのだろうか。

 このようにして、空間的のみならず、時間的にも遠いところから事例を探すことで、より新規性のある異結合、すなわちイノベーションを生むことができるのである。 

■生成AIはいくらでも遠くから持って来られる

 シンガポールの初代首相リー・クアンユー氏は、1965年マレーシアから独立して、限られた資源を有効活用することで世界有数のイノベーション国家であるシンガポールを生み出した。シンガポールの面積は約730平方キロメートルで、東京23区とさほど変わらない。しかし、世界銀行によると2022年の1人当たりGDPは82800米ドルで世界第6位、イノベーション国家としては世界第7位を誇る。たった半世紀でこの偉業を成し遂げたリー氏も、遠くから持って来る天才だったのだ。

 たとえばリー氏は、国内企業を育成して工業化の担い手にするのではなく、先進国企業を積極的に誘致した。そのためのインセンティブとして、多くの産業分野で100%外国資本の企業の設立を認めた。また、先進国企業が複数の政府機関と交渉する必要がないよう、経済開発庁が一元的な窓口となった。結果、外国企業を積極的に誘致して工業化を達成し、シンガポール経済は英国植民地時代の貿易中心から製造業中心へと歴史的転換を遂げた。

 一方で、土地に限りのあるシンガポールをさらに発展させるために金融のハブになる構想を打ち立てた。その際にも、よく整備された通信インフラや英語を話す国民、効率的な行政などを最大限活用して外国銀行を積極的に誘致した。今ではシンガポールはアジアの金融のハブとなり、その他の機能もあいまって東南アジアの首都のような役割を果たしている。これは、外国企業の誘致による国の機能拡張といっても過言ではないだろう。

 ほかにも、トヨタのカンバン方式を導入して成功した「Spotify」や「NIKE」、日本の製造業の研究を基にしてシリコンバレーで生まれた「アジャイル開発手法」など、異結合によるイノベーションを挙げれば枚挙にいとまがない。

 そして、この異結合を最大化することができるのが生成AIなのである。人間が生きている間に見ることができる事例には限りがある。また、認知バイアスのある人間は見たいものを見たいようにしか見ることができない。それに対して、生成AIを使えば、自社で使い物にならなかった特許や地球の反対側で起きている事例までを、バイアスなく組み合わせることができる。

■仮説思考をしてはいけない

 私が経営コンサルタントになった20年前に教わったことの1つに仮説思考がある。次図のように仮説を立ててから検証することを繰り返すことで、仮説を素早く進化させることができるというものである。

 仮説を検証するための情報を収集するにはコストがかかる。したがって、仮説思考をすることによってそれをさらに細かい論点に分解し、検証に必要な情報を効率的に絞り込むことには意味がある。

 その一方で、認知バイアスを基に構築した仮説に制約されるというデメリットもある。なぜならば、仮説を立てるのは人間である以上、過去に知った情報の範囲内でしか仮説を構築することはできないからである。

 たとえば、ある経営コンサルタントが、新しいレストランの成功は立地に依存するという仮説を立てたとしよう。しかし、この仮説は彼の過去の経験と確証バイアスに基づいていて、今回のクライアントである高級レストランには当てはまらないかもしれない。

 また、ある投資家が過去のパフォーマンスに基づいて特定の株式が将来も良いパフォーマンスを示すという仮説を立てた場合、これは過去の成功体験に基づくバイアスによるものだ。過去に多くの投資家が失敗しているように、想定されていない要因が株価に影響を及ぼす可能性がある。

 さらに、ある医師が「特定の病気は特定の年齢層や性別に多い」という仮説を立てた場合、これは過去の症例や統計に基づくものかもしれないが、個々の患者のユニークな状況や条件を見落とす可能性がある。

 仮説思考のすべてを否定するわけではないが、生成AIを使えばより精度の高い仮説を構築することができる。

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写真提供:NurPhoto/ロイター/共同通信イメージズ