3月中旬ごろ、生成AI技術の一つ「LoRA」とイラストレーターの立場を巡り、SNS上で議論が巻き起こった。ある漫画家がX上で「自分の絵柄を模倣したAIモデル(LoRA)が作られて、嫌がらせを受けている」と投稿。これを受け、自身の作品のファンアートを含めた二次創作を禁止すると宣言し、話題になった。

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 LoRAとは、AIモデルに数枚の画像を追加的に学習させることで画像を特定の絵柄に寄せる技術。AIモデルを配布できるあるWebサイトでは、被害を訴えた漫画家の名を冠したLoRAモデルが配布されている。その説明文には「学習に使用した画像は全て自作したものであり、イラストレーター本人の著作物は一切使用していません。このモデルはどういう使い方をしてもらっても構いません」と記載が見られる。

 LoRAの技術を巡っては、イラストレーターなどのクリエイターからその是非を問う声がネット上で数多く上がっている。また、生成AIと著作権を巡っては、文化庁から「AIと著作権に関する考え方」という資料も公表されたばかりだ。そこで今回は、「LoRA」に関する著作権の考え方について、シティライツ法律事務所(東京都渋谷区)の前野孝太朗弁護士に解説してもらう。以下の段落から前野弁護士の文章。

●「LoRA」に関する著作権の考え方は?

 今回は、「LoRA」と著作権に関する考え方について、先日公表された「AIと著作権に関する考え方」を踏まえて整理したいと思います。

 LoRAについては、SNS上でもさまざまな議論がされていますが、そもそもこの言葉自体、AIの学習手法や学習データ、学習済みのモデルなど、人によってやや用語の使い方に差があるようです。

 LoRAの用語の定義は本題ではありませんので、今回は、一般にLoRAに関する議論の対象となることが多い例として「特定のイラストレーター(Aさん)のイラストを学習データとして追加的な学習を行い、Aさん風のイラストを生成できるモデルを作る行為」と著作権法上の問題について、検討したいと思います。

LoRAの基本的な考え方

 まず、AIと著作権の問題を考える場合、開発・学習段階と、生成・利用段階に分けて検討することが重要です。今回の検討対象は、モデルを作る行為ですので、開発・学習段階の問題になります。そして、学習・開発段階では、著作権法の第30条の4という規定が重要です。

 第30条の4により、著作物は「自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」は、必要な限度で、著作権者の同意なく利用することができます(この目的を非享受目的といいます)。

 開発・学習段階では、この規定を使って、AI学習のための複製を行うことが多いところです。第30条の4では「情報解析…の用に供する場合」が「自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」の例として挙げられていますので、AIの学習のための複製は、基本的に、第30条の4により著作権者の同意なく行うことができるのです。

 ただし、第30条の4による利用ができない場合が、大きく分けて2つあります。(1)享受目的が併存する場合と、(2)著作権者の利益を不当に害することとなる場合です。

 (1)については、条文上「自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に限って利用が認められているため、享受目的が併存する場合は、第30条の4による利用はできません。(2)についても、条文上「ただし…著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」とされていますので、これに当たる場合、第30条の4による利用はできません。

 そのため、開発・学習段階で、30条の4による利用を行う場合、(1)(2)の場合に当たらないかを検討する必要があります。

●(1)は“イラストの創作的表現”が争点

 まずは、第30条の4による利用ができない1つ目のパターン、(1)「享受目的が併存する場合」に当たるかを検討しましょう。

 享受目的の併存について、現段階で確定した裁判例はありませんが、文化庁の「AIと著作権に関する考え方」では「意図的に、当該創作的表現の全部又は一部を生成AIによって出力させることを目的とした追加的な学習を行うため、当該作品群の複製等を行うような場合は、享受目的が併存すると考えられる」と整理されています。

 つまり、意図して、創作物の特徴(著作権法上の創作的表現)を出力させることを目的に、追加学習させるための複製については、享受目的が併存すると考えられます。

 極めて大ざっぱな整理をしますと、検討例では、Aさん風のイラストを出力させるために、Aさんのイラストを追加学習させていますので、その追加学習の際の複製は、第30条の4では行えず、著作権を侵害する可能性があるといえます。

 ただ、厳密にいえば「AIと著作権に関する考え方」にも記載されている通り、イラストには“アイデアにとどまる部分”と“創作的表現として著作権法上保護される部分”とがあり、この区別は事案に応じてケースバイケースで判断されます。

 そのため、検討例のようなケースにおいて、(アイデアではなく)Aさんのイラストの創作的表現を出力させることを目的とした、といえるかについても、ケースバイケースで判断することとなります。

 具体的には、生成物にAさんのイラストの創作的表現が現れているかなど、さまざまな事情から、開発・学習段階の目的を認定することとなるでしょう。

 ただ、検討例のケースにおいて「第30条の4があるため、著作権侵害の余地はない」というような整理は、明らかに誤解ですので、注意が必要です。

●「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」とは? 分かれる見解

 さて、第30条の4による利用ができないもう1つのパターン、(2)「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に当たるかについても検討しましょう。

 (1)の検討により、創作的表現を出力させることを目的に、追加学習させるための複製については、第30条の4による利用は行えません。

 では、(創作的表現ではない)アイデア部分を出力させることを目的に、追加学習させるための複製は行えるのでしょうか。(1)「享受目的が併存する場合」に当たらなくとも、(2)「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には当たらないのでしょうか。

 この点について、論者によって見解は分かれており「AIと著作権に関する考え方」でも2つの考え方が示されています。

 1つ目は、生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないという考え方です。こちらの考え方は、シンプルで、アイデアは著作権法上保護されないことから“創作的表現が共通しない=アイデアが共通する”にとどまる場合は「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないと整理します。

 2つ目は、(アイデアが共通するにとどまる場合であっても)特定のクリエイターまたは著作物に対する需要がAI生成物によって代替されてしまうような事態が生じる場合、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当する余地ありとする考え方です。

 1つ目の考えに従えば、アイデア部分を出力させることを目的とした、追加学習させるための複製は、他の要件を満たせば可能ということになるでしょう。

 2つ目の考えに従えば、アイデア部分を出力させることを目的とした、追加学習させるための複製であっても、AI生成物によって、需要が代替されてしまうような事態が生じる場合は、(2)「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に当たり、複製は行えないことになります。

 なお、いずれの考えに従った場合も、生成行為が第三者の営業上の利益や、人格的利益などを侵害する場合、民法上の不法行為責任などを負うことはあり得ます。

 検討例の場合で、アイデア部分を出力させることを目的とした学習と認定された場合((1)は問題ないと判断された場合)も、上記の考え方次第で、違法(著作権侵害)になる可能性があります。

 また、不法行為責任などを負うことはあり得るでしょう。特に、以前の記事でも記載しましたが「AIと著作権に関する考え方」が、本文に2つの考え方を併記するのは、極めて珍しく、上記の2つの考え方には激しい意見対立があったことが伺え、こちらについては、今後の裁判で、いずれが成り立つ可能性も十分あると考えます。

 以上、少し細かい話も多くなりましたが、いわゆる「LoRA」について議論されることが多い例を検討しました。なお、ここまで検討したのは基本的な例の考え方であり、実際は個別の事情に応じた検討も必要です。

 例えば、検討例と異なり、”Aさんのイラスト”ではなく、”Aさんのイラストと類似した別の方のイラスト”を学習データにする例も考えられます。この場合、”Aさんの著作物が利用されたといえるか”という点も検討する必要があります(少なくとも、学習データとなったイラストがAさんのイラストの二次的著作物といえる場合は、Aさんへの著作権侵害も成立し得るでしょう)。

 今回の記事が、皆さまのお役に立てば幸いです。

生成AI技術の一つ「LoRA」が話題に