『闇の中をどこまで高く』は2022年に発表された、セコイア・ナガマツの第一長篇だ。著者は1982年生まれのアメリカ作家だが、ルーツが日本にあり、本作品でも日系の登場人物が多く登場し、日本を舞台としたエピソードも含まれる。

 シベリアで発見された三万年前の死体から未知のウイルスが解き放たれてしまい、全世界をパンデミックが襲う。「北極病」と名づけられたその感染症は、罹患者の臓器に別な臓器の細胞を発生させる。つまり、肝臓に脳細胞ができたり、心臓に肺細胞ができたりするのだ。最終的に、臓器が機能不全をきたして死にいたる。年少者や身体的弱者はとくに罹りやすいが、ウイルスが変異すれば健常な大人にも感染は広がるだろう。

 有効な治療法が見つからぬまま、社会はしだいに疲弊し、いままでになかった文化があらわれる。たとえば、余命わずかな子どもたちを安楽死させる遊園地、大量死に対応すべく工夫された新しい葬儀のスタイル、学業をまっとうできずに非正規雇用の仕事に就く若者の増加、VRに逃避するひとびと、スピリチュアルなものやカルトの蔓延、臓器移植用に遺伝子操作された豚......。パンデミックとは別に気候変動による環境の変化も深刻で、いくつかの都市が水没する。さらに(物語の流れにおいてはいささか唐突な印象もあるのだが)、墜落した異星の宇宙船からリバースエンジニアリングで得たテクノロジーを用い、新しい天地を求めて地球を後にする一群もあった。果たして移住可能な惑星は見つかるのか?

 いくつものエピソードを連ねて、異様な未来史が綴られていく。人類がたどるのは荒野のなかの埋もれかけた細道だが、そこにはひとそれぞれの日常があり、希望がすべて失せてしまうわけでもない。この作品は、創設されたばかりのアーシュラ・K・ル・グィン賞特別賞(受賞作に準じる第二席)を受賞した。ル・グィンの名を冠した賞で高く評価されたことからも、この作品のテーマがうかがえよう。

(牧眞司)

『闇の中をどこまで高く (海外文学セレクション)』セコイア・ナガマツ,金子 浩 東京創元社