KDDI3月28日、『au デジタルツインライブ #0 [Alexandros] @TOKYO NODE HALL』を開催した。日本を代表するロックバンド・ [Alexandros] を迎えて行われた本公演は、リアル会場とデジタル空間の両方で行われた。

【画像】[Alexandros]によるライブパフォーマンス

 実会場のTOKYO NODE HALLに加え、KDDIが森ビルと共同開発したデジタルツイン会場「TOKYO NODE DIGITAL TWIN HALL –RESPECT YOU, au」に総勢200名(各会場100名づつ)のファンが来場、2つの空間でライブを楽しめた。本稿では全3曲が披露されたライブの模様と、バンドのメンバーとステージMCを務めた鮎貝健によるトークセッションの様子をお届けする。

 デジタルツイン会場には2つの部屋があった。ライブの前後にファン同士がコミュニケーションを図るホワイエフロアと、アーティストがパフォーマンスを行うメインフロアだ。この2つはワームホールのようなワープポイントを介して通じており、ユーザーはその間を自由に行き来できる。現実空間におけるライブハウスさながらの手触りだ。この日はデジタルツイン会場にも約100名のファンがアバターを介して参加したが、それぞれがチャットやエモート(ゲームなどにおける記号的な感情表現)を繰り出すことで意思表示を行っていた。

 ライブの1曲目に披露されたのは「Stimulator」。川上洋平(Gt, Vo.)が「セットリストを間違えた」と語るように、この日披露された曲はどれもアップテンポで激しいものばかりだった。くわえて言うなれば、この日の [Alexandros]の布陣はサポートメンバーであるROSE(Key.)やMULLON(Gt.)も揃った盤石の編成。数百人規模かつムーディーな会場に、スタジアム級の音圧を持った彼らのサウンドが途轍もない迫力をもって響いていた。

 リアド偉武(Dr.)と磯部寛之(Ba, Cho)が小気味良いグルーヴを作り、白井眞輝(Gt.)がソリッドなギターを鳴らす。ステージ上にところ狭しと並べられた機材の間で、彼らはフルパワーで楽器を鳴らす。身体性とタイム感、それらへの充足はやはり演者との距離が近いほど実感できる。 [Alexandros]はことし6月からライブハウスツアーを開催するが、この距離感でのライブをどれだけ重要視しているかを改めて感じられる、そんなパフォーマンスだった。

 続く「Girl A」と「todayyyy」でもそのフィジカルな臨場感は変わらず、むしろ打ち込み系のサウンドを人力で再現することにより、さらにその魅力が洗練されてゆく。とりわけ昨年末にリリースされた新曲「todayyyy」は、シンセポップのニュアンスとギターロックが印象的で、実に多くの示唆に富んでいた。3曲という限られた時間の中で自分たちの作家性や現在地を表明できるのは、彼らがトップランナーであることの証左だろう。

アナログな人間らしさを重視する[Alexandros]が感じた、メタバースに期待すること

 ここからはライブ後におこなわれたトークセッションの様子をお伝えしよう。そして、彼らの発言を照らし合わせながら、KDDIがこれまで行ってきた「バーチャル渋谷」や「バーチャル原宿」など、同社の「メタバース観」についても考えてみたい。

 トークセッションではデジタルツイン会場でのライブを振り返りながら、バンドメンバーが持つデジタル空間への印象やこの日の感想が語られた。リアドは「我々はアナログな感じというか、人間味を表に出すライブを心がけているから、そういうパフォーマンスとのギャップが面白いと感じました」と述べ、白井は「モッシュやダイブのエモート機能が増えるとさらに面白くなりそう」と、それぞれが興味を惹かれたポイントを語った。

 「バーチャル渋谷」は2020年5月、コロナ禍の真っ只中にローンチされ、様々なアーティストのライブがメタバース上で行われた。両者が語る「人間味」や「感情表現」というトピックは、いずれも重要な要素としてKDDIの社内でも考えられているように思われる。

 同年10月に開催されたライブストリーミングプラットフォーム『SUPER DOMMUNE』とのコラボプロジェクト「DJ IN THE MIRROR WORLD SUPER DOMMUNE」では、エレンエイリアンケン・イシイなど、国内外からダンスミュージック界のスーパースターが招聘され、彼ら彼女らにはアバターが宛がわれていた(その後ろで本人映像も流れる)。

 が、人間の身体性やアナログ感を考えたときに、パフォーマーの身体をアバターで上書きすると、途端にリアリティが失われてゆく実感もあった。そんな中、今回のライブではオーディエンスだけがアバターを与えられ、[Alexandros]については彼らのライブ映像がステージ上に映し出されていた。しかし、今後の公演では、リアルタイム、あるいはあらかじめパフォーマーをボリュメトリックキャプチャしたアバターを表示する取り組みもおこなわれるという。

 そしてモッシュやダイブなど「オーディエンス側のアクション」については、コロナ禍当時から重要なファクターとして指摘されている。ラッパーのZeebraが同年7月にDOMMUNEに出演した際、無観客ライブのあり方について述べていた。同氏がそこで論点に挙げたのは「ライブをする側、演奏する側の体験」だ。いわく、パフォーマーにとっては「お客さんの表情、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、声上げる反応」が非常に重要なものであるという。この延長線上には、白井が指摘するところの「モッシュ」や「ダイブ」があるように思われる。

 「バーチャル渋谷」に比較すると、今回のデジタルツインではオーディエンス側に様々なアクションが実装されていた。2020年の時点でチャット欄や拍手、クラッカーのような表現はあったが、今回はヘドバンや横揺れ、[Alexandros]の「[ ](前後の記号)」などがエモートとして組み込まれていた。オーディエンス側のアクションという意味では、先述したホワイエフロアも同じ文脈で語れるかもしれない。

 またデジタルツインを語る上で欠かせないのが、場所の拡張だ。TOKYO NODE HALLにはキャパシティ的に100人程度しか入れないが、仮想空間にはアプリやサーバーの強度次第でログインできる人数の上限が増える。そしてその設計は、コストを度外視すれば開発者側が自由に行えるのだ。この日のライブではそれぞれの楽曲に異なるテーマのステージが与えられ、「Stimulator」と「Girl A」にはサイバーパンクなニュアンスが、「todayyyyyy」には異世界的な意匠が施された。川上は「海の中などでもライブができるんですか?」と聞いており、表現の可能性が広がることに興味を持っているようだった。

 実世界のライブ会場は、どれだけ優れた意匠を施しても場所の制限からは逃れられない。たとえば「SF」や「サーカス」のように、何かテーマ性を持たせたいと考えた場合、確実にその会場の作りをベースに考えなければならない。しかしデジタルツイン上では開発者やアーティストのアイデアをもとに様々なワールドを実装できるのだ。あるいは、「バーチャル渋谷」のようにリアルワールドをもとにひとつの世界を作るケースすらもある。場所に関しては際限なく自由がきくのが、仮想空間の魅力のひとつだ。

 そして昨今のデジタルツインにおいて最も重要だと思われる点は、磯部によって指摘されている。「コロナ期間中、自分たちもデュアルライブという形でリアルの会場で演奏しながら配信もしていたのですが、コロナが明けてもそれは続くと思うんですよね。様々な事情によって家から出られない人は、コロナに関係なくいるわけですし」。コロナ感染症が昨年5月に5類感染症に移行されてからも、デジタルツインの開発・浸透は進んでいる。磯部が語るように、今後も日進月歩で仮想空間へのリソースが割かれ、様々なコンテンツが生まれるのだろう。

 前段ではいちど度外視したが、実際には開発コストを含め、ユーザーからは見えない課題がたくさんあるのかもしれない。しかし、それでも今後の発展に期待せざるを得ない。なにせ、本公演のタイトルが示すように、今回は「#0」ーーすなわち、ここが出発点なのだから。TOKYO NODE HALLでは、デジタルツイン会場が今後も常設されるということで、次に訪れる「#1」を楽しみに待ちたい。

(取材・文=Yuki Kawasaki

[Alexandros]