今では特に珍しいものではなくなった年上女性と年下男性の組み合わせの恋愛ドラマですが、それが当たり前になるきっかけを作ったのは1996年に放送されたあるドラマだとコラムニストの小林久乃さんは言います。普通の昭和生まれにとっては懐かしい、平成生まれにとっては新文化の「平成ドラマ」の数々。小林さんによる著書『ベスト・オブ・平成ドラマ!』(青春出版社)から一部抜粋し、平成ドラマの魅力や楽しみ方をお伝えします。

年の差恋愛の始点は『ロンバケ』

木村拓哉、山口智子が主演を務めた『ロングバケーション(以下『ロンバケ』略)』(1996年)という、作品を知っているだろうか。月9の歴史に燦然(さんぜん)とした輝きをもたらしたのが、『東ラブ(東京ラブストーリー)』(1991年・ともにフジテレビ系列)だとしよう。ここからわたしが激推しをする、後発の『ロンバケ』も大きなレボリューションを世にもたらした。

結婚式当日、花婿に逃げられた葉山南(山口)の転がり込んだマンションにいたのは、ピアニストを目指す瀬名秀俊(木村)。逃げ出した花婿が見つかるまでの約束だと、ルームメイトとして同居を始めるうちに、惹かれあっていく……というのが、あらすじだ。平成のラブストーリーとなれば、もうキャスティングを見るだけであらすじが分かってしまう。「ああ、この二人は最終回にカップルになる」。この勘は全視聴者が働いていたはずだ。でも(わたしを含む)放送時期の若者たちはそんなことおかまいなし。毎週『ロンバケ』に登場してくるもの全てに、熱狂した。

他の出演者には稲森いずみ、竹野内豊、松たか子ら。彼らによって繰り広げられる、大人の甘酸っぱさと切なさ。コーディネートやヘアメイクは、今見ても参考になるほど洗練されていたことも、やはり独創的だった。

有名なシーンでは、南と瀬名による潮風に吹かれながらの、友達以上恋人未満のキス。瀬名が奏でるピアノの音色に癒される南。それからマンションの3階から真下に向かって投げたスーパーボールが、跳ね返って大騒ぎをした一瞬。このロケ地であるマンションはしばらくファンたちが絶えなかったそう。今でこそ、当たり前のように使われる聖地巡礼(ドラマなどにゆかりのある場所を聖地として巡ること)という言葉も、スタートは『ロンバケ』だったのかもしれない。

最終回は「一大イベントだ!」と、わたしは友人の自宅に集合をして、大騒ぎをしながら見ていた。その様子、戦後のテレビが超高級品だった時代に、ご近所さんが大挙して観戦をしていた相撲中継のよう。それほど『ロンバケ』は青春だった。 遅ればせながら、やっとここで本題に文章を滑り込ませることができる。 『ロンバケ』にはもっと女性の心を震わせた始点があるのだ。それは主役の男女二人、女性の方が7歳年上だったこと。今でこそ普通の条件になった、年上女性と年下男性の恋愛が、1996年の日本ではとても珍しかった。 当時は同学年から男性が5歳年上くらいが、カップルの適性とされていた。女性が年上であると、周囲に交際を打ち明けづらい……ということもあったほど。それでも結婚となると「一つ年上の女房は金かねのわらじを履いてでも探せ」と、愚にもつかない格言で祝われる。夫となる人は仕事に励み、家庭を守ってもらうため、しっかりとした年上女性と結婚しろ、という意味である。令和でこんなことを言い出したら、一発大炎上は確定だ。

そんな世情にもかかわらず、南と瀬名の年齢差はあまりにもナチュラルだった。明るい性格で、どこでも誰とでも、丁々発止で話せる南。でも大雑把でどこか抜けている。対するように真面目で、引っ込み思案で、元々の造形美が浮いてしまう瀬名。最終的には年の差があることは忘れてしまうほど、二人の関係性に視聴者は吸い込まれていった。年齢なんて付属品なのだと『ロンバケ』で思い知ったのだ。

年上女性×年下男性のドラマが続々と登場した“ポスト『ロンバケ』”

『ロンバケ』以降、年上女性×年下男性の恋愛は、度々ドラマとして放送されるようになった。教師と生徒の恋愛を描いた『魔女の条件』(1999年TBS系列)や、10歳差の社内恋愛の『anego』(2005年・日本テレビ系列)。見ているこちらの胃が痛くなるシーンがあった。32歳の野田奈央子(篠原涼子)が、22歳の黒沢明彦(赤西仁)にプロポーズをすると困惑をした表情に。 「ちょっと考えさせてください」 「どのくらい?」 「……5年後?」 5年後の自分の年齢を考えて、息が止まる奈央子。これは現実なのかもしれないと、奈央子とともに泣いた女性視聴者。 篠原涼子は、年下男性との恋愛設定が多かった。ある日突然、年下のイケメンくんから求愛されるという『ラスト・シンデレラ』(2013年・フジテレビ系列)。最近では『金魚妻』(2022年・Netflix)で年下男性と恋に落ちる既婚者を好演。『民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?~』(2017年・フジテレビ系列)では、年下旦那を専業主夫にして働く国会議員の役を演じていた。『きみはペット』(2003年・TBS系列)では、小雪と松本潤(嵐)による、高学歴エリート女性と、美少年ダンサーとの恋愛。道端に落ちていた松潤を拾うという、死ぬまでに体験できることはない状況。原作漫画を全巻買い込むほど、没頭した。

きょうは会社休みます。』(2014年・日本テレビ系列)では、アラサーになった綾瀬はるかが、9歳差の大学生、福士蒼汰と恋愛成就。『中学聖日記』(2018年・TBS系列)では、有村架純が中学生と恋に落ちていた。『ロンバケ』以前まで、どこにネタを隠していたのか疑問に思うほど、各局で「年上女性×年下男性」のドラマ制作が続いている。

なぜわたしが年上女性と年下男性の恋愛ドラマに思い入れがあるかと言えば、単に年下の男性が好きだからだ。ただ『ロンバケ』を見ながらの青春時代も、この趣味嗜好は言えない風潮があった。特に出身地の静岡県浜松市は、のどかすぎると言っても過言ではない田舎町。仮に年下男性に告白しようものなら「重たい」の一言で片付けられてしまう。

実家に住んでいた頃、同学年の生まれ年違いの彼氏がよく家に遊びに来ていた。その様子を見ていた母がこう洩らした。 「結婚をするかもしれないのに、あなたのほうが年上だから、どうしようかと悩んでいる」

目を丸くした。彼女はあくまでも心配をしてくれていたことは重々承知の上だ。 (たった数ヶ月だけ女性が早く生まれたことは、そんなに罪なのだろうか…)

母の心配は虚しく消え去り、今も娘は元気で幸せな独身である。ありがたいことに今では恋愛に年齢境界線のこだわりは一切ない。

小林 久乃 作家、ライター

(※写真はイメージです/PIXTA)