テレビ東京が5年前にやるべきだった番組
ビデオカメラを渡された街の人が“こどもディレクター”となって、自分の親に「聞きたいけど聞けない」疑問を取材したVTRを紹介する中京テレビ日本テレビ系ドキュメントバラエティ番組『こどもディレクター ~私にしか撮れない家族のハナシ~』(毎週水曜23:59~)が、きょう3日にスタートする。

テレビのスタッフでは絶対に撮ることのできない家族だけの空間を映し出す上、他人の話のはずなのに自分と重ね合わせてしまう不思議な感覚が味わえる番組。これまでの特番は、日本民間放送連盟賞でテレビエンターテインメント部門優秀賞を受賞するなど高い評価を得て、ついに全国ネットレギュラー化を果たした。

企画・演出は、『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』で「鈴子ママ」や「エキサイトスーパータナカ」などを担当し、特番の1回目では自ら“こどもディレクター”を経験した中京テレビの北山流川ディレクター。監修として、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』などで知られる元テレビ東京の上出遼平氏が参加しているが、この2人にインタビューすると、番組制作の常識にとらわれない姿勢が見えてきた――。

○『ハイパーハードボイルドグルメリポート』のデジャブ

レギュラー化決定の報に、流川Dは「MCの斎藤工さんと上出さんとこのディレクター陣のチームでもっとやりたいと思っていたので、とてもうれしかったです」と喜ぶのと同時に、「これまでの特番時代も含めて、勇気を持ってご家族にカメラを向けてくださったこどもディレクターの皆様のおかげなので、改めて本当にありがとうございます」と感謝。「もちろんプレッシャーもありますが、何かのきっかけになるような番組になったらと思っているので、忙しくなってもどれだけ丁寧に向き合えるかというのを、日々考えています」と気を引き締める。

この流川Dの話す声の響きを聴いて、「最初の放送で、流川くんが自分のお母さんを取材しに行ったときのトーンが思い出されて、ちょっとウルッとしますね」という上出氏。「テレ東を辞めてから初めて関わった番組ですから、それがレギュラー化するというのは本当にうれしいです」と感慨を述べた上で、「本当にいい番組で、そんなにしっかりテレビを見てるわけじゃないんですけど、面白い番組の5本の指には絶対入っていると確信しています。今までこんな番組なかったですし、個人的なことを言えば、局のキャラクター的にテレビ東京が5年前にやるべきだった番組だと思います」と話す。

斎藤工は収録が終わっても、上出氏や流川DにVTRの感想を熱く語っているのが印象的だが、それは『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の小籔千豊でもあった現象だった。上出氏は「スタジオの撤収が始まっても“あれはどういうこと?”とか、1時間くらいしゃべってくれていたんで、本当にデジャブです。だからこれもいい番組ということですね」といい、そうした共通点からも“確信”を持っている。

トラウマから芽生えた「リスクを見る」覚悟

上出氏が監修として担う役割の1つは、番組に協力してくれる一般の人々を守ること。SNSで出演者の発言がたびたび炎上する時代になった今、この番組ではそれを一般の人が被るリスクがあるためだ。

「めちゃくちゃ面白い番組なんですけど、面白さの中にスリルがあって、そのスリルはリスクでもある。なので、出てくれた人たちが特に放送後、どのような結果になるかということに常に注意しようと言い続けてきたのですが、レギュラー化して全国放送になることで、もっと強いインパクトを与えることになるので、その意味ですごく緊張感があります。それがレギュラー番組として継続することで麻痺することもあり得るし、制作陣の疲労の中でないがしろに可能性もあるかもしれないので、僕の役割はそこにとにかく責任を持った“チェック機関”であることだと思っています」(上出氏)

この意識が芽生えたのは、自身がテレビマンとして経験した“トラウマ”からだと打ち明ける。

「僕は若いときから、テレビ制作の現場で責任を取ろうとする人がどこにもいないという寂しさを、この業界に対してずっと感じていたんです。若い制作者が挑戦する時に“私が責任を取る覚悟がある”と言ってほしかったんですよね。だから、この番組のリスクを僕が見るということを口に出すことで、流川くんがノビノビといろんな挑戦に臨めるんじゃないかと思うんです」(上出氏)

番組に協力する一般の人々を守るという姿勢を実感したのは、筆者が「レギュラー化によって“ネタ切れ”の心配はないのか?」と質問したときだった。

上出氏は「ここで“ネタ”という言葉を使うことはないんです」、流川Dも「たしかに使ってないですね。“こどもディレクター”をやってくれた方のお名前で、自然と呼んでます」といい、1つのVTRを“大切な家族の物語”として扱っていることが伝わってくる。

●“リアリティ”ではなく“リアル”
そうした前提の中で、流川Dは「例えば“僕のことどう思ってる?”という質問が同じでも、みんな背景が違うので、全く違う展開になっていくんです。『オモウマい店』も、店が違えば物語も違うので、人が違えば家族も違うんだというのを感じています。ただ、“こどもディレクター”をやってくれる方に出会うのはなかなか難しいので、ディレクター陣のみなさんには苦労をかけますが、たくさん足を使ってとにかく出会っていただいているという形です」と、制作スタイルを説明。

上出氏も「“飽き”という大きな壁は絶対にありますよね。でも、この番組は本当に家族のディテールのディテールに触れていくので、大きな物語としては同じに見えてしまうことでも、人間関係の底の底まで見ることができると、全く違う話なんです」と強調する。

バリエーションの豊富さは、家族の物語の内容だけでなく、撮り方にも表れてくる。

「一般の人が撮るので、“こういう関係の2人がこの空間でしゃべるとすれば、この配置で画角で…”というセオリーがゼロだから、同じことが絶対に起こり得ないんです。どんな映像が上がってくるのか、制作陣がワクワクする気持ちは、何年やってもきっと変わらないので、実はそこも強みなんじゃないかなと思います」(上出氏)

「取材相手の顔が写っていなくてもその場の空気が撮れていたり、それが面白いんです。“こどもディレクター”の方が自分にカメラを向けて独白するというのもありましたし、カメラの使い方っていっぱいあるんだなと思わせてもらっています」(流川D)

プロの仕事ではないだけに、メーカーのロゴが思い切り入った商品をその場から片付けることもなければ、会話が核心に入るタイミングで思わぬ人物がカットインしてくることも。上出氏は「よく“リアリティがある番組”という言い方をすることがありますが、もう“リアル”なんです」と表現した。

○家族とスタッフの数だけ広がる可能性

その撮影手法には、担当ディレクターの影響もあるといい、上出氏は「ディレクターとの最初のコンタクトによって、一つの方向性は決まってくるはずなんです。その出会ったディレクターのカメラの回し方とかインタビューの仕方とか、いろんなことが影響しているはずなので、どのディレクターとであるかというところの掛け算にもなって、可能性という意味ではとどまるところを知らないですよね」と期待。

それに加え、流川Dは「そのディレクターの背景や家族像によって、出会いも変わってくると思います。自分の家庭環境で思うところがあるディレクターだからこそ、この人にカメラを預けたんだという組み合わせもあるんです」と解説する。レギュラー化によってディレクターの数を増強しており、映し出される家族の物語が、さらにバリエーション豊かになる可能性を秘めている。

●『ハイパー』と『オモウマい店』のメソッドを混合
ハイパーハードボイルドグルメリポート』と『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』という強烈な個性を放つ番組を担当してきた両氏のコラボによる作用が、『こどもディレクター』に反映されているのはどんな点か。

流川Dは「『ハイパー』も『オモウマい店』も、ご飯を入口に人を見ていくということや、取材相手の方への向き合い方、面白がるポイント、考え方みたいな方向性は同じだと思うんです。ただ演出の方法で言うと、僕らは結構ゆったりつないで見せていくスタイルなのですが、上出さんはかなり緩急をつける形なので、そこを吸収させてもらうことで、同じ方向性であるけど、違うメソッドを混ぜ合わせていけているんじゃないかなと勝手に思っています」と答える。

一方で、上出氏が流川Dに強く伝えているのは、「ビビってるんじゃねぇぞ」という精神だ。

「エンタテインメントの原理として、おどおどしてる人が作ってるものなんて見たくないじゃないですか。一発コケたって別に大したことじゃないんだから、“ドヤっ”って見せつけるぐらいの気持ちでいってほしいんです。例えば、番組を作る中でテレビ的常識というのがたくさんあって、その常識の引力って強いんですよ。そこに寄っていけば安心感があるから。日本のテレビ番組はその引力に負けて、みんな同じ番組になっていってしまうというのが起こってるから、“この番組の一番大事なところは何だっけ?”という話を時折しています」(上出氏)

斎藤工は「不思議な番組です」と魅力を話しているが、その“不思議”さは、従来の常識にとらわれない演出面の意識によっても生まれているようだ。

○『オモウマい店』Dは継続、「ニューヨーク編」も構想

流川Dは、チーフディレクターを務める『オモウマい店』も引き続き担当。「お世話になっているお店がたくさんあるので引き続き向き合いながら、『こどもディレクター』も頑張っていこうと思います」と意気込む。

一方、米・ニューヨークを拠点に活動する上出氏は、リモートをベースに『こどもディレクター』の監修をしながら、「今はフワッフワしてます。旅をして、文章を書いて、テレビの収録に顔出したりして、僕はやりたいようにやるんで、みんなそっとしておいてくれっていう感じです(笑)」と要望。その中で、「『こどもディレクター』のニューヨーク編も面白いかもしれないですね」と構想を語った。

●上出遼平1989年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業後、11年にテレビ東京入社。『ありえへん∞世界』『世界ナゼそこに?日本人』『所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!』などを担当し、17年にスタートした『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズでは企画・演出・撮影・編集など番組制作の全過程を担い、注目を集める。その後『蓋』、『空気階段の料理天国』、『家、ついて行ってイイですか?』ではイノマーのがん闘病記などを制作し、22年6月に同局を退社。『群像』『POPEYE Web』での連載やドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ)のエンディング映像などを手がけると、米ニューヨークに拠点を移し、『こどもディレクター』監修のほか、ポッドキャスト『上出遼平 NY御馳走帖』(TBS)なども制作。最新刊は『ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方』(徳間書店)。

●北山流川1994年生まれ、愛知県出身。立教大学卒業後、17年に中京テレビ放送入社。『PS純金』を経て、特番『ウマい!安い!おもしろい!全日本びっくり仰店グランプリ』でディレクターデビュー。レギュラーでは『こどもディレクター ~私にしか撮れない家族のハナシ~』で企画・演出、『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』でチーフディレクターを務め、『オレの一行』『仕事の武器は恋の武器』『遠距離宅配バラエティ オカンからの荷物です。』といった単発番組も手がける。
(中島優)

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