世界唯一となる「捕鯨母船」が73年ぶりに新造され、同じく世界唯一の捕鯨方式を行う会社に引き渡されました。最新鋭の電気推進システムをはじめ、特殊な設備を満載した新造船で、捕鯨文化の復興を図ります。

まるでRORO船 完全次世代の「捕鯨母船」ついに完成

山口県下関市の旭洋造船で2024年3月29日、捕鯨母船「関鯨丸」が竣工し、捕鯨会社の「共同船舶」(東京都中央区)に引き渡されました。同船は73年ぶりに新造された世界で唯一の捕鯨母船で、日本の捕鯨船団の中核を担うことになります。5月下旬に下関港を出港、東京港に寄港した後、クジラを獲るため東北沖へ向かう予定です。

共同船舶の所英樹社長は「『関鯨丸』は母船式捕鯨を未来永劫つなげていくための第一歩」と建造の意義を強調しつつ、「母船を作ると同じようにマーケットを作り、鯨肉の市場を大きくしていく努力をする必要がある。この流れを続けていくためにも、ぜひクジラをどんどん食べてほしい」と述べました。

「関鯨丸」は老朽化が進んでいた捕鯨母船「日新丸」(8145総トン)の代替として建造が計画されました。日本の国際捕鯨委員会(IWC)の脱退と商業捕鯨の再開を踏まえ、設備の近代化と高性能化を図っているのが特長です。発電機とモーターを組み合わせた電気推進方式を採用し、将来的には全個体電池など環境に優しい動力源の設置も見越した設計を取り入れています。

総トン数は9299総トンで、船体の大きさは全長112.6m、幅21m。太平洋ニタリクジラであれば、100頭分の製品が積載できるといいます。従来の捕鯨母船とは一線を画した船型で、自動車を運ぶRORO船のような見た目となっており、甲板上には探鯨用大型高性能ドローンのデッキを設けました。

乗組員数は100人で、このうち揚鯨、解体、加工、冷凍、保管などに従事する製造員は50人です。船室は全て個室化してプライベート空間を確保するとともに、テレビやソファーを備えたスペースなどを置き、居住性を向上させています。

旭洋造船の越智勝彦社長は「電気推進船を建造すること自体が初めての経験。全く新しい設計だった上に、様々な機械を『日新丸』から短期間で移設しなければいけなかった」と建造時の苦労を振り返ります。

南極海いけます!

獲ったクジラをさばく解剖甲板は屋内に収め、衛生環境を改善。保冷設備は作った分だけ冷凍設備を動かすという発想から、リーファコンテナを使用します。このリーファコンテナは20フィートコンテナで最大40個、800トン分搭載することができ、製品のロット管理と荷揚げを効率的に行えるようにしました。

また、クジラを引き揚げるスリップウエーの傾斜をこれまでの35度から18度に緩和。将来的なナガスクジラの捕獲解禁も視野に入れ、70トンの揚鯨能力を備えられるようにしました。

「今まではクレーンで積み荷を外に出していたが、ランプドアからトラックが入ってきて、天井走行クレーンでコンテナを乗せて、そのまま出ていくという画期的なシステムが採用されており、具現化するところが一番難しかった」(越智社長)

最新の電気推進システムは、負荷に応じた出力の調整や4基ある発電機の運転台数の切り替えを柔軟に行うことで、燃費の改善とCO2二酸化炭素)排出量の削減につなげます。航続距離はEEZ(排他的経済水域)外で操業することも想定し、南極海に到達可能な7000海里(約1万3000km)を確保。船価は約75億円となっています。

●維持費が経営を圧迫していた従来船 世界唯一の漁業方式にはずみ

共同船舶は世界で唯一、“母船式捕鯨”を実施している会社です。捕鯨母船を中心とした捕鯨船団を組み、まず捕鯨砲を備えたキャッチャーボート(小型の捕鯨船)がクジラを捕獲。続いてクジラを母船へと引き渡し、船内の工場で加工して鯨肉原料を生産します。。

安倍政権下の2019年に日本がIWCを脱退し、商業捕鯨を再開して以降、同社はEEZ内でニタリクジラミンククジライワシクジラの3鯨種を対象とした捕獲、生産、販売を行ってきました。

しかし、1987年に竣工した「日新丸」は老朽化に伴って安全性が低下。毎年の修繕費も7億円に達し、会社経営を圧迫していました。

新造は73年ぶり! それまでどうしてた?

そもそも「日新丸」は日本水産(現ニッスイ)が遠洋漁業で使用するトロール船「筑前丸」として建造したものを、調査捕鯨のため捕鯨母船に改造したという経緯がありました。このためイワシクジラよりも大型のクジラを引き揚げることができないため、将来新たな大型鯨種を捕獲枠に加えるためには、相応の揚鯨能力を持つ新母船の建造が必須条件となっていました。

ただ、捕鯨母船自体が極めて珍しく、新造船となると川崎造船所が大洋漁業向けに建造し1951年9月に竣工した2代目「日新丸」までさかのぼります。これまでも新型の捕鯨母船を建造する計画があり、水産庁も交えて検討が進められたものの、100億円以上という高額な船価の見積もりや採算性の問題もあって立ち消えになっていました。

こうした背景もあり、共同船舶にとって「関鯨丸」は待望の新造捕鯨母船なのです。

「日本の鯨肉の年間消費量は2500トンぐらい。当社はそのうち1650トンを生産して売っている。我々としては毎年生産販売量を300トンから400トンずつ上げて、最終的には5500トン規模の消費マーケットを作ることを目指している」(所社長)。

関鯨丸は5月21日に下関港で出港式を行い、同月24日に東京港でお披露目を実施。25日に出漁し東北沖で初めて母船式捕鯨に従事した後、6月9日に仙台港に入港して荷揚げとシステムチェックを行います。そこから本格的な操業を始め、12月に下関港に戻ってくる予定です。

竣工した関鯨丸(深水千翔撮影)。