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独居女性は老後の貧困リスクが高い(写真:Luce/PIXTA)

「すべての女性が、いきいきと、自ら選んだ道を歩んでいけるよう力を尽くすことを、改めてお誓いいたします」

3月8日、国際女性デーに合わせ、こんな力強いメッセージを送った岸田文雄首相(66)。

だが、独り暮らしの高齢女性の多くは“自ら選んだ道”を歩めないほどの危機にひんしている。

ニッセイ基礎研究所の准主任研究員の坊美生子さんはこう語る。

「独り暮らしの高齢女性が急増しています。2020年の国勢調査では、高齢女性の単独世帯は約441万世帯もありました。国立社会保障・人口問題研究所は、2040年にはこれが540万世帯まで増えると予想しています」

独り暮らしの高齢女性が急増しているなか、東京都立大学子ども・若者貧困研究センターの阿部彩教授が1月25日に発表したレポート「相対的貧困率の動向(2022年調査update)」は多くの人に衝撃を与えた。

貧困問題を研究している、神奈川県立保健福祉大学准教授の吉中季子さんが解説する。

「阿部先生の調査によると、65歳以上単独世帯の相対的貧困率は、男性が30%なのに対して、女性は44.1%だったとのことです。

相対的貧困率とは、全世帯員を考慮して計算した可処分所得(手取り)の中央値の半分である貧困線に至らない人の割合のこと。厚生労働省によると2021年の貧困線は127万円。つまり、65歳以上の独り暮らしの女性の2人に1人近くが、年間の可処分所得が127万円未満ということになります」

多くの独り暮らしの高齢女性が月11万円に満たない収入で、生活を送っているのだ。京都府に住む66歳のA子さんも、そんな女性のひとりだ。

「元夫は高給取りのサラリーマンでしたが、40代のときに夫が不倫したことが原因で離婚に踏み切りました。それからは、養育費とパート収入で何とか生活していましたが、子供が大学を卒業し、養育費がなくなったことで生活が一変。困窮するようになりました。

昨年、ようやく年金生活に入ったのですが、夫の厚生年金の一部を受け取れる“年金分割”は微々たるもの。基礎年金を合わせて月8万円ほどしかありません。

マンションの管理費が払えなくなって、安いアパートに引っ越すことに。今後はマンションを売って手にしたお金を取り崩しながら生活していくほかありません」

■夫の死後に妻が生活保護になった例も

なぜ、独り暮らしの高齢女性は貧困に陥りやすいのだろうか。前出の吉中さんはこう語る。

「高齢夫婦の場合、働きに出ていた夫に厚生年金が上乗せされ、家庭を任された専業主婦は基礎年金のみというケースが多いです。夫婦でいれば生活できますが、単身になると、途端に女性は年金額が少なくなってしまいます。

さらに、働いていたとしても、男女間の不平等な賃金格差や労働環境が年金額に影響を与えます。その結果、“年金加入状況の成績結果”があらわれる65歳を境に、女性の貧困率が高まるのです」

だが、“成績結果”は人によって異なる。厚労省のデータによると、未婚女性の年金の平均受給額は月11万9000円ほどなのに対し、離婚した女性は月8万9000円ほどだ。一方、夫と死別した女性は月12万1000円。

前出の阿部教授の調査によると、65歳以上の女性の婚姻状況別の貧困率は、未婚が43.1%、離婚が43.6%、死別が32%だった。

ただし、これは子供や親と同居している世帯を含む、独居に限らない数値。独り暮らし女性に限れば、数値はもっと高くなるとみられる。一方、既婚女性の貧困率は13.5%だ。

具体的に見てみよう。

未婚の高齢女性は、自分で働いて生計を立ててきた場合が多いが、現役時の働き方によって、年金の受給額は異なる。

非正規労働者やフリーランスとして働いてきた人は、現在、月額6万6250円が満額(67歳以下)の国民年金(基礎年金)だけしか受給できないことが多い。一方、正社員公務員として働いてきた人は、基礎年金に加え、現役時の収入に応じた厚生年金の比例報酬部分を受給することができる。

しかし、前述のように、日本は男女間の賃金格差が大きい。OECD(経済協力開発機構)のデータによると、日本の男女間の賃金格差は21.3%と、世界平均11.9%の約2倍もある。仮に厚生年金を受給していても、貧困に陥らないとは限らないのだ。

離婚した場合、前出のA子さんのように“年金分割”が受けられるが、ファイナンシャルプランナーで夫婦問題コンサルタントの寺門美和子さんはこう指摘する。

「年金分割とは、婚姻関係があった期間、夫が納めた厚生年金の一部を、離婚後も受け取れる制度です。しかし、みなさんが期待しているほど多くはありません。平均月3万円といわれており、どんなに多い人でも5万円くらいで、家賃にも満たない額なのです」

さらに、離婚から2年以内に手続きを行わないといけないが、制度を知らずに手続きを怠り、もらいそびれる人も多いという。

婚姻状況別貧困率でもっとも低かったのは夫と死別した高齢女性。夫が厚生年金の受給者だった場合、死別後も妻は基礎年金とは別に、夫の厚生年金の比例報酬部分の4分の3を受け取れる、遺族厚生年金の制度があるためとみられる。

しかし、夫が自営業やフリーランスで国民年金のみの受給だった場合は悲惨だ。国民年金だけの人にはこのような制度がないからだ。

厚生年金がない自営業の夫に先立たれた別の女性は、基礎年金が月3万5000円ほどだったため、夫の死後、生活保護を受けました。最後は施設で亡くなりましたが、葬式も質素なものしかできませんでした」(前出・寺門さん)

2017年の厚労省の資料によると、夫と死別した65歳以上の女性で遺族厚生年金がある場合の年金の平均受給額は月13万7000円だったのに対し、遺族厚生年金がない場合は6万6千円と、半分以下になってしまう。

しかし、遺族厚生年金にも“落とし穴”があると寺門さんは言う。

「ある女性は、自分も働いていて厚生年金に加入していました。サラリーマン経験のある夫を亡くした際、自分の老齢厚生年金のほうがわずかに高かった。年金は“一人一年金”の原則があり、その女性は自分の厚生年金のほうを受給することにしたのですが……。お互い月13万~14万円の年金をもらい合計30万円弱で生活していたので、夫の死後、収入は半減したのです」

■物価上昇で増加する貧困“独り暮らし女性”

今後、独り暮らし女性の生活苦は改善するどころか、ますますひどくなっていく公算が大きい。

「もともと、物価や賃金が上昇すれば、年金額も同じように上昇していたのですが、マクロ経済スライドという制度が導入され、年金受給額の上昇は抑制されています。物価が上がれば上がるほど、年金の価値は目減りしていくのです」(経済部記者)

ますます貧困リスクが高まるなか、もっとも重要なのは働くことだと、寺門さんは力説する。

「令和時代に老後生活を支えるのは、WPP(Wは就労延長、2つのPは私的年金と公的年金)の3本柱。まずは働き、離婚や死別しても自立できるようにすることが重要です。現在、厚生年金の適用拡大により、パート主婦でも厚生年金に加入できるチャンスが増えています。年金保険料を納める分、手取りは少なくなりますが、将来の年金を上乗せできます。そして働いて得たお金の一部をNISAやiDeCoに回し、将来に備えることもできます」

年金の繰下げ受給をして年金額を増やすことも要検討だ。

「夫より長生きする可能性の高い妻は、70歳まで繰り下げて、年金額を42%増やすことも、死別対策になります」(前出・寺門さん)

おひとりさま貧困に陥らないように、今からできる準備を怠らないことだ。