浄土宗開宗850年を記念し、法然による浄土宗の立教開宗から徳川将軍家の庇護をうけ大きく発展を遂げるまでの歴史をたどる特別展『法然と極楽浄土』が4月16日(火) より東京国立博物館で開催される。同展の音声ガイドナビゲーターを務めるのは、歌舞伎俳優の松本幸四郎と市川染五郎。最近では博多座の「二月花形歌舞伎」や、5月公開の映画『鬼平犯科帳 血闘』など親子共演の機会も多いが、二人の“声の共演”は初めてとのこと。収録後、展覧会の見どころや、親子共演についての思いなどについて聞いた。

──特別展『法然と極楽浄土』は、平安時代末期に法然によって開かれた浄土宗の歴史を、全国の浄土宗ゆかりの名宝の数々で紹介する展覧会です。幸四郎さんは音声ガイドの収録を通して、法然や浄土宗の歴史についてどのようなことを感じられたでしょうか。

松本幸四郎(以下、幸四郎) そうですね。おっしゃる通り、法然と浄土宗の歴史を紹介する展覧会ではありますけど、その歴史を知ることで、法然の教えや浄土宗にまつわる文化が、現代の世の中にも脈々と生き続けているということを改めて感じることができたように思います。850年も前に創始された浄土宗が、今なお広く信仰されていることの根拠を知ることができたといいますか。今もこうした文化が息づいていること、現代における存在感を強く感じました。

──幸四郎さんは、音声ガイドのなかで法然を演じられる箇所もあります。演じてみて法然についてはどのような人物であると思いましたか。

幸四郎 法然の教えは「南無阿弥陀仏」を称えれば誰もが極楽往生できる、というもの。身分の分け隔てなく、あらゆる人を救おうとするものです。荒廃した時代のなかで他宗からの反発や批判などもあったといいますが、そんな時代のなかで、時代に逆らうという意識もなく、ただ平等に人々を救いたいという一心で浄土宗をひらいた。とても素直で優しく、そして強い人だったのだなという印象を持ちました。

──分け隔てなく万人を救うことを目指した法然、浄土宗ですが、庶民の拠り所であったという点で仏教と歌舞伎には共通するところがあるのではないかと思います。仏教と歌舞伎の接点については、お二人はどのように感じていらっしゃるでしょうか。

幸四郎 歌舞伎もその場所、土地を綺麗にする、清めるために行われていたものが、芸能として発展していったという歴史があります。今でもその土地その土地の歌舞伎がのこっていたりしますが、行き着くところは、神さまや、仏さまとか、来世に繋がるものに向けて行われたもの。そういった意味で接点はあるのかなと思います。

市川染五郎(以下、染五郎) 浄土宗は普遍的で、今を生きる人たちにも響く教えだと思いました。歌舞伎もやっぱりどうしても、敷居が高いとか、難しそうだと思われがちですが、意外とその時代の流行や価値観を柔軟に取り入れたりしています。そういうところは、法然の「南無阿弥陀仏」を称えれば誰でも極楽往生できるという教えと共通するところなのかなと感じました。

──歌舞伎の演目にも僧侶が登場したり、仏教に関する描写も多いと思いますが、歌舞伎を通して仏教の教えや文化に興味を持たれたというような経験はありますか。

幸四郎 歌舞伎の中に出てくる僧侶は、結構悪いことする人が多いんですよね(笑) 名のある高僧では空海を演じたことはあるんですけど、僕は全然、仏教には詳しくありません。ですが、この音声ガイドの収録を通して、浄土宗の教えをすごく素直に受けとめることができたことは興味深かったですね。とても優しい世界だなという印象を受けました。

染五郎 歌舞伎の演目を通して、ではないのですが、仏師、仏像を掘る人に興味をもっていて、仏師が主人公の新作歌舞伎を作ってみたい、と考えています。澤瀉屋さんのスーパー歌舞伎で、『空ヲ刻ム者』という仏師が主人公の作品もすでにあるのですが、自分なりに仏師をモチーフに何かを作ってみたいという夢があります。ストーリーや内容は全く思い付いてないですけど(笑)。

──それは楽しみですね。染五郎さんが大の仏像好きだということは伺っています。今回の展覧会にもさまざまな仏像が出品されますが、ぜひ見てみたいという作品はありますか。

染五郎 香川、法然寺の《仏涅槃群像》のうちの一体、2m以上もある寝釈迦像はぜひ実物を見てその大きさを体感したいと思っています。それと、法然の一周忌に作られたという《阿弥陀如来立像》。この仏像は、慶派の仏師が作ったと考えられているそうです。運慶や快慶など慶派の仏師が作った仏様は独特の雰囲気をまとっていると思っているので、実際に見てその空気を感じたいですね。

《仏涅槃群像》 江戸時代・17世紀 香川・法然寺蔵 ※本展では、涅槃像と群像の一部を展示
重要文化財《阿弥陀如来立像》 鎌倉時代・建暦2年(1212) 浄土宗蔵 ※展示期間:5月14日(火)~6月9日(日)

──幸四郎さんは、何か気になった作品はありましたか。

幸四郎 狩野一信の《五百羅漢図》は、全100幅もある壮大な作品ですが(本展ではうち24幅を展示予定、展示替えあり)、たっぷりと時間をかけて隅から隅まで見てみたいですね。何かを表現するという商売をしているものですから、どうしても俗な見方になってしまいますが、羅漢たちのさまざまな表情とか、色づかいとかをじっくりと見て、なにか得るものがあればと思います。

狩野一信《五百羅漢図》(左:第24幅 六道 地獄 4月16日(火)~5月12日(日) 展示、 右:第57幅 神通 5月14日(火)~6月9日(日) 展示) 江戸時代・19世紀 東京・増上寺蔵

──今回、幸四郎さんと染五郎さん、お二人で音声ガイドのナビゲーターを担当されましたが、染五郎さんはお父様との声の共演というところについて何か感じられたことはありましたか。

染五郎 映画や舞台で、ここ数ヶ月の間、父と長い時間を一緒に過ごしていて、お互いの思っていることを共有することも多いのですが、そのなかで、親子だからこそ通じ合うものがあるんだなということを改めて感じるようになりました。魂が、根本が一緒というか。声が似ているとか、喋り方が似ているとかそういう以前のところで、血が繋がっているんだなって自分でもふと感じるときがあって。そういうところは音声ガイドを聴いて頂く方にも感じて頂けるんじゃないかなと思います。

──染五郎さんはこのようにおっしゃっていますが、今回のような歌舞伎以外での共演について幸四郎さんはどのように感じていらっしゃいますか。

幸四郎 ありがたいことを言ってくれますね(笑) まあでも教える立場ではあるので、こちらのセリフまわしを真似してなぞるということもありますから、似ている部分もあるかもしれません。共演ということよりも、彼自身がいろいろなことに興味を持っているので、仏像好きだったりね。こういうお仕事を通していろいろなことを学んだり感じたりしてくれればいいなと思っています。

──それでは最後に、幸四郎さんから『法然と極楽浄土』展をご覧になる方に、メッセージをお願いします。

幸四郎 法然上人ゆかりの宝物や浄土宗にまつわる素晴らしい文化財の数々が一堂に会する展覧会です。貴重な品々をじっくりと鑑賞していただきたいのはもちろんですが、それ以外の「余白」の部分も楽しんでもらいたいですね。キャプションなどで説明されていること以外の、自分にしか感じられないことをひとつでも見つけて、自分だけの唯一無二の鑑賞体験をして頂きたいなと思っています。そのためにも、ぜひ音声ガイドを活用して頂きたいですね。

取材・文:浦島茂世

【開催情報】
特別展『法然と極楽浄土

会場:東京国立博物館 平成館
会期:2024年4月16日(火)~6月9日(日) ※会期中展示替えあり
時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(4月29日5月6日は開館)、5月7日(火)

料金:一般 2,100円、大学1,300円、高校900円
展覧会公式サイト:
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/honen2024-25/

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2448376

左:市川染五郎 右:松本幸四郎