嫌だと思っていても、そのうち感覚が麻痺して順応してしまうこともある。山瀬優香さん(仮名・27歳)は、学生時代のアルバイト先でそんな体験をしたのだという。小規模な居酒屋チェーンだったが、とにかく人間関係が暑苦しい職場だったらしい。

◆バイト先は「体育会系の部活のような居酒屋

「元気の良い掛け声をウリにする飲み屋ってあるじゃないですか。まさにそれで、体育会系の部活のようでした。1人のスタッフが絶叫に近いような声を出すと、それを他のスタッフたちもやまびこのように繰り返すので、鼓膜がビリビリするぐらいの声が店内に響いて……。あまりにもうるさいので、両隣のお店からクレームが入るほどだったんですが、活気がある証拠として喜んでいるヤバい職場でしたね」

 他にもこんな制度も。

「終礼の時に、『チャレンジ発表』というコーナーがありました。例えば、お客様を何人笑顔にしたとか、事前に設定した項目を達成できたのか発表し合うというものです。達成できなかった場合は、店長やバイトリーダーが松岡修造のようなテンションで、『なぜできなかったのか』詰問してきます。

 チャレンジする内容自体は些細なこととはいえ、その結果に対する感情の振り幅がすごくて。達成できたら大声で喜び、そうでなければ泣くほど悔しがるんです。あと、タイムカードで退勤の打刻を押したあとに働くのも常態化していましたね」

◆大学よりもバイトの方が楽しくなっていき…

 このコーナーを使って同僚に告白するメンバーの姿も。成功した時にはそこからお祝いの宴会となったこともあったそうだ。

「私って昔から冷めた性格なんで、こんな職場は絶対に合わないと思っていました。時給は安いし、お客さんに『うるせえよ!』とか『熱すぎてキモい』とか言われるのもツラくて。でも、次のバイトを探すのも面倒でなんとなく続けているうちに、だんだんと馴染んでいる自分がいることに気づいたんです」

 暑苦しくも、かつてないほどの濃い人間関係に不思議と居心地の良さを覚えるようになっていた。

「社員やメンバーに褒めてほしくて。休みの日でも売上アップのためにイベントを考えてパワーポイントにまとめたり。無償で駅前でチラシ配りをしたり、売上を作るためにお店にご飯を食べに行ったりもしましたね」

 就職に対する考えもいつしか変化していたという。

「漠然と大きい会社に就職したいなあと思っていたんですが、いつからか店で働き続ける未来しか考えられなくなりました。大学よりもバイトのほうが楽しいので、退学して早く就職しようと思うほどでした

幼なじみに「変な宗教みたいな店」と指摘され…

 就活のシーズンになり、あくせくする大学の同期を横目に、山瀬さんは相も変わらずバイトに精を出していた。

「地元に帰った時に、幼なじみに進路の話をしたところ、『変な宗教みたいな店だね。やめたほうがいいよ』とものすごい嫌な顔で言われたんです。最初は店を馬鹿にされて腹が立ったものの、丁寧に諭されるうちにだんだんと“洗脳”が解けていきました。無償で働くことを評価するような会社ってまともなのかなと、疑問に思うようになったんです」

 やっと正気に戻ったところで、進路に対する不安と直面する事態に。だが、そのころには新卒の就活期間が半分以上が過ぎていた。

「めちゃくちゃ焦りましたね。周りはすでに面接にも慣れていたので。負けないようにとにかく数で勝負って感じでした。それで、何とか機械メーカーから駆け込みで内定をもらえて。そこからは全力で単位を取ることに集中しました」

 その結果、何とかギリギリで卒業できた山瀬さん。バイトの仲間との関係はどうなったのか。

「就活中はほとんどバイトに行ってなかったんですが、メンバーとはだいぶ距離ができていましたね。バイト上がりの社員から『何でうちに来ないの? 裏切り者が!』とキレられたりもして……。でも、店に就職した先輩たちは契約社員の扱いで、お給料もほとんどバイトと変わらないか、むしろ手取りだと下がるという話も聞いていました。以前の自分もそうでしたが、それでもお店のためにプライベートも全部捧げていて不憫でした」

 運よく途中で我に返ることができたが、「もし気づかないままだったしたらと思うとゾッとする」とするとのことだった。

<TEXT/和泉太郎>

【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め

―[レアなバイト体験談]―


画像はイメージです