家じゅう溢れかえるモノに囲まれて生活している人の多くは、「いつかは断捨離しよう」と思いつつも、ついつい先延ばしにしがちだ。

時折にわかに片付けを思い立つも、対峙する品々にはそれぞれ思い入れがあり、「そのうち暇になったら、1巻から全部読み返すぞ」とか、「俺はいつか痩せる。そしたらこの服をまた着るんだ」などと、なんだかんだの思いで手は止まり、アリバイ的にほんのわずかなモノを処分しただけで作業終了としてしまう。
そんな“そのうち”や“いつか”なんて、やって来ない場合がほとんどだということに薄々気づいてはいても、そう簡単には捨てられぬ。
それが僕を含む、モノ中毒者という厄介なやつなのである。
○■引っ越しに伴う断捨離で大量に処分したフルガジェット

それでも、引っ越しを契機に思い切ることもある。僕もそうだった。
あまりうるさく「捨てろ捨てろ」と言うと、僕がにわかに不機嫌になることを知っている家人は、わがままボーイを諭すように「このままじゃ引っ越し大変だよ。この機会に少し整理しよっか。手伝うからさ」と優しく言った。
そして本棚や引き出しの端から、「これはいる? 本当に? もういいんじゃない?」などと一緒に確認していったので、今回の引っ越しでは、自分なりにかなりのモノを処分できたのではないかと思う。
それでも、本などがぎっしり詰まった重い段ボール箱が大量発生し、引っ越し屋さんに「お客さんの家、マジでキツイっす」と言わしめてしまったのだが。

今般の引っ越しに伴う僕の断捨離劇場において、もっとも高い割合で処分できたモノは、古いガジェット類だった。
よく考えると我が家で多くのスペースを占めているのは、本や雑誌、服やカバンなどのファッションアイテム、CD、そしてガジェット類。
このうち本やCD、服に関しては、一定数の処分はしたものの、やっぱり“またいつか”が発動しがちで、手元に残したものも多い。
その点、古くなったガジェット類は、「こればかりはもう、本当に一生使わねーだろうな」と思うものが多かった。
電子機器類はデザインや機能がすごい勢いで更新していくので、たとえかつて深く愛した品であっても、現在は同じ役割を果たす最新機器を手に入れていて、よくよく考えたら古いものは二度と出番がないだろうと思えたのだ。
○■張り切って購入したが活躍期間は短かった『IFC-CD2000』

というわけでカメラやAV機器、PC関連アイテムなどを中心に、死蔵していたガジェットを大量処分した。
だけど、もう20年近く使っていなかったにもかかわらず、捨てられなかったモノもある。
それがSONY製の多機能マシーン『FM/AM CD CLOCK RADIO ICF-CD2000』なのだ。
しかも、ただ捨てられずに再び仕舞い込んだわけではなく、引っ越し先の新居では我が家の中心部に据え置き、今や毎日便利に使っているのである。
魅力を再発見し、「これはやっぱり名機だなあ」と強く再評価したのだ。

SONY『FM/AM CD CLOCK RADIO ICF-CD2000』(以下『IFC-CD2000』)の発売は1999年11月21日ノストラダムスの大予言が外れてホッとしつつ、1990年代から2000年代へというミレニアムな年越しを前に、世の中が浮き足立っていたあの頃だ。
僕が初めて実物に接したのは、2000年の春だった。
当時の僕は、宝島社の雑誌「smart」の一編集部員。ファッション誌なのでモデルのロケ撮影を頻繁に行なっていたのだが、とある撮影現場に、ヘアメイクさんが発売されてまもない『IFC-CD2000』を持ってきたのだ。
モデルにヘアメイクを施す作業中のテーブルに置かれた、見慣れないオーディオ機器。
僕はそれに見入ってしまった。

当時、モバイルで音楽を聴くための装置は一般的に、CDウォークマン(「ウォークマン」はSONYの商標だが、携帯CD再生装置はどのメーカーのものでもCDウォークマンと総称されていた)にコンパクトスピーカーをライン接続するのがお決まりだった。
しかし『IFC-CD2000』は驚くべきことに、CDウォークマンとそう変わらないサイズなのに一スピーカー体型。
しかもAM/FMのラジオ機能や、ワールド対応のアラームクロックまで付いていた。

僕の目に『IFC-CD2000』は、とてもかっこよくて画期的なアイテムに映った。
すぐに真似して購入。買った直後は肌身離さず持ち歩き、愛用していた。
だが2年あまりの蜜月ののち、同機はあっけなく我が家内でお蔵入りしてしまった。

その頃、携帯型デジタル音楽プレーヤーがいよいよ普及段階に入ったからだ。
○■見事に我が家の中心に返り咲いたミレニアム級の名機

新しいもの好きではあるものの、2001年に発売されたアップルの初代iPodは、新しすぎてわけがわからずスルーした僕だったが、翌2002年8月にリリースされた第二世代iPodは、発売後すぐに購入した。
まるでドラえもんが出した未来の道具のようなiPodに僕は取り憑かれ、持っているCDを手当たり次第にリッピングしてiPodにぶち込んでいった。
こうなるともはや携帯型CD再生装置の出番はなくなり、あんなに気に入っていた『IFC-CD2000』も、急速に色褪せて見えたのだ。

それから幾星霜。
家の奥に仕舞い込み、その存在すら忘れかけていた『IFC-CD2000』に、今さらなぜここまで魅力を感じたのだろうか。
恐らくもう少し前、たとえば10年あるいは15年前だったら、ここまでグッとはこなかったのではないかと思う。
ただの古ぼけたモバイルオーディオにしか見えなかっただろう。

ちょっと前からファッションの世界では、「Y2K」というキーワードが盛んに取り沙汰されている。
西暦2000年前後のトレンドのリバイバルブーム現象である。
この『IFC-CD2000』は1999年11月の発売だから、ファッションではないがまさにY2K時代の産物だ。
この前時代的なスタイルのCDプレーヤーが、今の僕にはとてもいい感じに見えるのは、Y2Kファッションブームと同じように、「一周(あるいは二、三周)回って逆に良い!」という機序によるものなのかもしれない。

正直、『IFC-CD2000』のスピーカーから出る音は、決して良くない。
スカスカしてまったく迫力に欠けるのだが、それはこの四半世紀の間に進歩したモバイルスピーカーの音質に、こっちが慣れてしまっているからだろう。
それでも『IFC-CD2000』に何とも言えぬ魅力を感じるのは、この低い音質自体が郷愁を誘うからなのかもしれない。

それに『IFC-CD2000』の特筆すべき点は、電源がDC:6VのACアダプターと、単三電池(4本)の2ウェイ式であるところだ。
今どきのガジェットだったらUSBによる充電式が当たり前だが、当然のように充電式だとコンセントから電気が供給できることが、使用する上での前提となる。
その点『IFC-CD2000』は、簡単に手に入れられる単三電池で動くから、アウトドアシーンなどコンセントのないところでも困らない。
それにもし万が一、家庭への送電が止まるような大災害に見舞われたとき、情報収集手段としてもっとも頼りになるのは電池駆動式のラジオなのだ。

今の我が家では、リビングのテレビの横に『IFC-CD2000』を置き、BOSEスピーカーにライン接続して音を出している。
普段はこうして貧弱なスピーカー性能を補って使いつつ、外出する際は単体で持ち出そうと思っている。

発売当時から名機として名高かったSONY『FM/AM CD CLOCK RADIO ICF-CD2000』は、四半世紀弱が経過してもやっぱり優れたマスターピースなのだった。

文・写真/佐藤誠二朗

佐藤誠二朗 さとうせいじろう 編集者/ライター、コラムニスト。1969年東京生まれ。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わり、2000〜2009年は「smart」編集長。カルチャー、ファッションを中心にしながら、アウトドアデュアルライフ、時事、エンタメ、旅行、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動中。著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』(集英社 2018)、『日本懐かしスニーカー大全』(辰巳出版 2020)、『オフィシャル・サブカルオヤジ・ハンドブック』(集英社 2021)。ほか編著書多数。新刊『山の家のスローバラード 東京⇆山中湖 行ったり来たりのデュアルライフ』発売。
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(佐藤誠二朗)

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