国内でライドシェアなどの議論が活発に行われ、注目を集めるタクシー業界。タクシーは公共交通の一員としてお客さんを目的地まで安全・確実・快適に送り届けるのが使命だ。ただし、バスや列車、航空機、船舶などと違い、ワンオペでお客さんと直接会話する接客もしなければならない。
すると、いい大人なのに身勝手で常識のない人に当たることが一定確率で起こる。とくに高飛車な態度で「急かせる」客は、百害あって一利なし。その実例を現役タクシードライバーの立場からご紹介しよう。
◆急いであげる気になれない
うんざりするのは、目的地やルートの確認をさせないまま、「急いでいるんだ、いいから早く出せ」から始まるタイプ。アプリで呼ばれる場合は、迎車場所に着いて通知をしてもなかなか現れず、のんびり登場したくせに「急いでるから早く出して」と言い出すタイプもたまにいる。
要するに「自分が遅れたミスをオマエが挽回しろ」的な命令思考なので、ドライバーはカチンとくる。同じ急ぎでも「できるだけ急いでもらえますか」とか、「〇時の新幹線に間に合うでしょうか」など、申し訳なさそうに話をしてくれれば、道交法の許す限り努力をするけれど、命令口調だと「まったく努力する気にならない」のが本音なのだ。そもそも、いらだって運転するので安全性も保障できない。
◆乗った瞬間からいらだち、急かし、暴言
たとえば、同僚のA君はアプリであるマンションに呼ばれた。指定された玄関先に停め、到着したことを通知したが、なかなか出てくる気配がない。1分、3分、5分……。これ以上待たされるなら、こちらからキャンセルしようと操作をしようとした時、30代と思しき男が現われ、足早に、無言のまま車に乗り込んできた。
本人確認のため名前と目的地を尋ねると、
「〇〇(名前)、急いでいるんだ、早く出して!」
のっけからぶっきらぼうだった。さんざん待たせたくせに、第一声がそれかい! カチンときつつも、名前は合っていたので、素直に出発。でも、まだ聞かねばならないことがあった。車を発進させると、できるだけ丁寧に、
「アプリの目的地が〇〇に設定されていますが、高速を使いますか?」
急いでいるなら高速とわかっていても、聞かねばならないことだった。
◆まるで会話にならない乗客の一言
「何でもいいから、早く行って。ほんっとうに急いでいるんだからさ」
怒気をこめた声が返ってくるのみ。まるで会話にならないし、ルートの確認も取れない。車内は一気に殺伐とした空気になったという。
仕方ないのでナビ画面を示しながら、〇〇から乗って〇〇で降りて向かいますと伝え、高速に乗った。幸いなことに渋滞はなく、流れに乗りつつ順調に走り、降りるインターの300mほど手前で車線を変えたところ、それまで黙っていた男が口を開いた。
「おい、こっちの(車線)ほうが流れがいいじゃないか。なんで遅いほうを走っているんだよ」
「この先で降りるからです」
うんざりしながら返事すると、男は舌打ちしていた。うるさい客だ。でも、高速を降りれば目的地まであと3kmほど。次の交差点を右に曲がれば3分以内で到着だとA君が気持ちを切り替えたその時。なぜか警察車両がその方面の道を封鎖していた。大きな事故があったらしい。仕方なく、その旨を伝え、迂回ルートを行きますと伝えると――。
◆迂回ルートに行くと伝えると…
「おいっ、どうなってんだよ。なんで通れない道なんか選んだんだ。ふざけんなよ」
男は大声で喚きだした。いやいや、気持ちはわかるけれど、こんな緊急封鎖は予想できないわけで、A君は頭をフル回転させ、最適な迂回ルートを模索した。
候補は2通りあった。ひとつは混雑する繁華街を通るルート。もうひとつは少し遠回りだけど、空いている一方通行。急いでいるでしょうから後者を行きますと伝えると、男は自分のスマホのグーグルマップを見せながら
「どっち行くんだよ。こっちのほうが距離短いだろ。遠回りすんな!」
繁華街ルートを行けと怒っている。もう説明する気も失せたのでその通りに進むと、案の定大渋滞にハマった。ほーら言わんこっちゃない。
◆イライラが頂点に達した男は…
すると、男のイライラは頂点に達したのか、「これだったら、ひとつ先のインターで降りて戻ってくれば早く着いただろ? 何やってんだよ、ふざけんな」と、完全な言いがかり。
しかも、目的地に着いても行きたい建物が反対車線にあるのでUターンしろと言い出した。その場で降りて横断歩道を渡ればすぐなのにだ。
「この道路は転回禁止なので、反対車線に着けるには相当先まで進まないといけませんが、よろしいですか?」
うんざりしつつ真面目に答えたところ、
「もういい、ドア開けろ。本当に急いでいると何度も言ったのに、なんでこんなことになったんだ。苦情入れてやるからな!」
喚きながら降りて行ったのでありました。
◆勘違いも甚だしい輩
ドライバーを見下すような高飛車な態度をする人もたまに現れる。同僚のベテラン、Bさんが都心のタワマンに呼ばれて乗せたのは、いかにもチャラそうな30代くらいの男だった。Bさんはいつものように「ご乗車ありがとうございます」と丁寧に挨拶し、目的地を尋ねると、
「〇〇スクエア。急いでるから早く出せ」
命令口調でふんぞり返っていた。カチンと来てもそこはベテラン。いちいち反応してもいらだつだけなので、すぐに車を出し、流れに乗って順調に制限速度+10㎞ほどで走っていると、
「おい、おまえナメてんのか?」
男はイキナリ絡んできた。
「俺は急いでいるって言ったよな、なんでトロトロ左車線走ってるんだ? 右のほうが流れが速いじゃねーか」
◆Bさんが新人を装って謝罪すると
これを難癖という。正直な話、どちらを走ろうとも到着時間はほぼ変わらない。でも、この手の輩に道交法の話をしても通じないこともよくわかっているし、会社の看板もあるので「申し訳ありません。乗り始めたばかりで不慣れなもので……」
大人なBさんは新人を装い謝罪した。
「新人だろうがなんだろうが、こっちは同じ金払ってるんだ。関係ねーよ。甘えてんじゃねーよ。黙って言われた通りに走ればいいんだよ」
男はさらに絡み続け、「いい年して新人なんて恥ずかしくないのか」と、俺様的な暴言が続いた。ドライバーは絶対に反論・反撃してこないと確信しての狼藉だった。Bさんはそれを受け流しつつ、運転席のシートを後ろから蹴るなどしたら、即座に最寄りの警察に目的地を変え、暴行罪でお灸をすえることも視野に入れていたという。
◆この車臭いと窓を開けた子連れ母がしたこと
自分勝手という点では、筆者が冬の肌寒いお昼時に乗せた、小さな子供連れた母親の行動も香ばしかった。行先は1kmほど先のところだったが、走り出した途端、母親が後部座席の窓を開けた。すかさず子供が「ママ、寒いよ」と訴えた。
「だって、この車内臭いのよ、我慢しなさい」
え、そんな臭いの? 自分ではまったく感じていなかったので驚いたとともに、後部座席で何か臭いがしているなら申し訳ないと、素直に謝罪すると、
「車内の臭いには気をつけなさいよ。掃除もちゃんとしてるの?」
母親はピシャリと言い放った。そして目的地に着くと「ちょっと用を足してくるから待っていて」。
◆5分ほどして母親が戻ってくると
子供を車内に残し、5分ほどして戻ってくると、次の目的地が指定された。すぐに走り出すと、何か袋を破るような音がして、子供が何か食べている音が聞こえてきた。そして母親のこんな声が……。
「ほーら、ちゃんとこぼさず食べなさい」
「ダメよ、ちゃんと手を拭いてー」
信号待ちで何気なく後ろを確認すると、なんと母親がマッ〇のハンバーガーを子供に食べさせていた……。
親子が降りたあと、車内には確実にハンバーガーの臭いが充満し、シートや床の数カ所にソースをこぼした痕まで残っていた。チェックしないまま次のお客さんを乗せていたら、大変なことになっていたはず。タクシードライバーの気持ちはこんな人たちとの出会いで、荒んでいくのであった。
<TEXT/真坂野万吉>
【真坂野万吉】
フリーライター。定時制で東京を走り回っている現役の中年タクシードライバー
―[カスハラ現場の悲鳴]―
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