シンガーソングライターのなとりによる、東阪ワンマンライブ【なとり 1st ONE-MAN LIVE「劇場」】。初日のZepp Haneda公演は、彼の楽曲の世界と自分の生きている世界の境界線が曖昧になるほどの没入感が生まれていた。それは歌と演奏の力だけではない。まず今年2月のショーケース【natori SECRET SHOW at Zepp Shinjuku】に続き、今回の2公演も彼の楽曲の「フライデー・ナイト」と掛けて金曜の夜に開催されている。会場に足を踏み入れるとステージを覆う斜幕に1stフルアルバム『劇場』のジャケットイラストが一面に映し出され、ノイズ混じりのスウィング・ジャズが流れる。この時点で『劇場』への動線がしっかりと引かれていた。フロアはアミューズメントパークの扉の前で待機するように目を輝かせる観客で溢れる。

 定刻にダンディでユーモラスなアナウンスが高らかに響き観客の興奮を誘うと、アルバムのラスト曲「カーテンコール」が流れ、開演ブザーとともにライブタイトルが大きく映し出される。すると斜幕にハンドマイクで立つなとりのシルエットが投影され、タイトル曲「劇場」のイントロで幕が落ちると、ステージにはゴージャスな赤いカーテンのセットとバンドメンバーに囲まれた彼の姿があった。憎き対象を静かに睨みつける毒気とアンニュイな色気を同時に放つなとりのボーカルと軽やかな身のこなし、バンドメンバーであるTAIKING(Gt)、西口麗音(Ba)、神田リョウ(Dr)、モチヅキヤスノリ(Key)が作り出すダイナミックかつスマートなグルーヴは、観客を颯爽とアルバムのミステリアスな世界へと引き込む。

 「食卓」でロマンチックかつダークな歌と演奏でかき回すと、「金木犀」では背景のカーテンの中にあるLEDモニターに室内の窓のアニメーションが映し出され、張りつめた閉塞感をより焚きつけた。その後も和の要素を盛り込んだ音に乗せて華やかな立ち振る舞いを見せた「猿芝居」、リフレインするフレーズと苛立ちを帯びたボーカルが感傷的に絡む「Sleepwalk」と曲ごとに異なる情景を見せるが、そのどれもが仄暗さを放つ。胸の奥にある満たされなさや消化しきれない思いが、音に姿を変えたようだ。それを次々と体感できるライブという場は百鬼夜行を間近で眺めるようなスリリングな高揚感があり、同時に心の欠けた穴に染み入る感覚もあった。

 なとりは「会いたかったぜみんな! 今日はめちゃくちゃぶっ飛んで楽しんでいきましょう」と呼び掛けるや否や新曲「Catherine」と「Pity」を披露する。前者は2022年に30秒の、後者は2021年に1分のショートサイズのデモバージョンがTikTokで公開されており、ファンにとって待望のフルサイズバージョン公開となった。

 ここでなとりの手掛ける楽曲展開の妙を再確認する。彼はサビを中心に据えながらもそれ以外のセクションで滑らかな満ち引きを作り、聴きなれたサビをギミックのひとつとして作用させている。つまり最初から最後まで通して聴いてこそ、楽曲の本質でもある心や時間の移ろいを堪能できるのだ。ゆえに聴き手は心地好い陶酔を得られ、ライブではスケールの大きなサウンドスケープを実現可能にするのだろう。「ラブソング」と「ターミナル」は恋の甘みと苦みが身体にまとわりつくようで、ギターと歌のクローズドな空気感から少しずつバンドの音が重なる「僕の歯車」は観客の歌声も加わり鮮やかなぬくもりが立ち込める。そのグラデーションは人と人の思いがより結びつくようにドラマチックだった。

 バンドメンバーのソロ回しからなとりが「今日は最高の“フライデー・ナイト”にしましょう」と告げるとそのまま「フライデー・ナイト」につなぎ、観客もクラップとシンガロングでその音に身を任せる。「Overdose」は後半のライブアレンジのダイナミズムにより会場一帯が湧き立ち、ヒットソングをさらにアップデートさせるところにも彼の音楽家としての気概が迸っていた。

その熱を冷ますことなく「俺がギターを持ったということは、今からかき鳴らすということです」と言い、TVアニメ『WIND BREAKER』のOPテーマ「絶対零度」を初披露する。2010年代VOCALOIDカルチャーの系譜にある性急な高速四つ打ちロックに、冷ややかでひりついたボーカルが鋭く駆け抜ける様子は非常に痛快で、そこからなだれ込んだロックナンバー「エウレカ」も鮮烈な音色で会場を圧倒した。

 最後の1曲を前に、なとりは「緊張しすぎてMCを覚える時間がなかったです、ごめんなさい! だから話は下手なんですけど、聞いてくれたらうれしいです」と前置きし、自身の思いを口にした。物心つく前から音楽に溢れた生活をしてきた彼は、学生時代に出会ったネット文化の「どこかが欠けていたりマイナスであっても、マイナスのままでいい」という精神に感銘を受け、それを継承して楽曲制作をしている旨を語る。そして「皆さんが今抱えているマイナスの要素を“マイナスのままでいい”と言える楽曲を作ってきたつもりだし、これからも作っていきます」と力強く語り、ファンへの感謝を深々と伝えた。最後に披露した「Cult.」はその言葉を体現するように、軽やかなメランコリーが健やかに鳴り響いていた。

 「カーテンコール」が鳴るとバンドメンバーに続いてなとりが手を振りながら去る。エンドロールが流れると、劇場の開演ブザーが鳴りモニターにはライブタイトルと感謝の言葉が映し出された。オープニングをループさせる演出は、またなとりの劇場に閉じ込められるような感覚になるだけでなく、この先なとりや我々の人生に新しい何かが巻き起こるような予感を掻き立てた。真逆のイメージが同時に浮かぶのは不可思議でもあるが、受け手の思考の可能性が広がるのは、彼の音楽がシビアなリアリティだけでなく触れたら消えてしまいそうなほどピュアで繊細なファンタジー性を持ち合わせているからかもしれない。なとりの表現者としてのポリシーが顕在化した初ワンマン。彼が描く物語はまだ始まったばかりだ。


Text:沖さやこ


◎公演情報
【なとり 1st ONE-MAN LIVE「劇場」】
2024年3月29日 東京・Zepp Haneda(TOKYO)

<ライブレポート>なとりの“劇場”が幕開け、若い感性ならではで伝えた「マイナスの要素もマイナスのままでいい」