キリンの氷結無糖が、経済学者・成田悠輔氏の過去の発言に対するSNSの批判を受けて成田氏の広告を取り下げた。批判の矛先になったのは「高齢者は集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」という成田氏の発言。これに対して、共感ブランディングを提唱するブランディング専門家の松下一功氏は、「これは単なる凡ミスで、初歩的な設定さえできていれば防げた」という。また、「どの企業でも起こりうる危険な事例だ」とも話す。その理由とは?

◆本当に改善するべきポイントは

まず、お伝えしたいのは、今回の騒動のポイントとなるのは、『SNSの声の大きさ』だと思われている人が非常に多いということです。それは表面上のことで、本当に改善するべきポイントは、もっと奥のほうにあります」

 そもそも、ひと昔前までは芸能人の不祥事で広告が取り下げになることは、そこまで多くなかった。SNSがない時代は、情報は一方通行で、消費者の声が発信元まで届くことは容易ではなく、また、横並びでの情報交換も難しかったため、ささいな不満や不安の行き場はなく、時間の経過とともにナァナァで済まされてきたのだ。

 しかし、SNSが浸透した現代では、消費者ひとり一人が発言の場を持ち、忖度のない意見や感情を吐露することが当たり前になった。企業や芸能人はセルフプロモーションツールとして便利に使える反面、一般人との距離が近くなり、必然的に意見を聞き入れざるを得なくなったともいえる。

◆「覚悟」が足りなかった「キリン 氷結無糖」

もちろん、時代が変わったというのもありますが、イメージキャラクターを選定する前に、ブランドや商品のポリシーを貫く覚悟を持つことが必要です。というのも、ブランドがポリシーを貫いたことでファンが生まれる一方で、アンチも生まれるものです。そのため、イメージキャラクターを選定する際には、ブランドがその人物の生き方や哲学に共感していることが前提でなければなりません。

 それを踏まえた上で人選を行い、結果として起こりうる批判は覚悟の上。ブランドもイメージキャラクターもファンも、共にあることが、現代で生き残るブランディング戦略なのです」

 ただし、ブランディングの観点からすると、氷結無糖が「甘くないのがいい」ことを起点にした点は、とてもよかったと松下氏。

「その上で、『氷結無糖は、自分の考えを貫き通す強い意志を持ち、時代とクールに向き合う人に飲んでほしい』、場合によっては『これに不満がある人はけっこうです。気骨のある人だけが飲んでください』といえる覚悟を持つ。こういったブレない信念があってはじめて、正しいブランディング戦略が可能になるのです

◆必要だったのは「覚悟」

 もし、氷結無糖のブランド戦略に「覚悟」があった場合、どんなことが起こっていたのだろうか? 松下氏は、広告取り下げが起こらなかったこと以外に、「ピンチをチャンスに変える絶好の機会でもあったため、双方のブランディング向上に寄与できたはず」と推測している。

「『今の世の中を甘いと思ってる人』『もっと爽やかに、クールに生きていきたい人』に向けた新商品だと明確になっていたら、成田さんの人選は正しかったと思います。確かに、彼はセンセーショナルな発言をしましたが、その根底にあるのは、新陳代謝が悪くなることからさまざまな問題が発生している現代社会への危惧の念です。

 発言の裏側にある真意を捉えた上で、成田さんの人となりを理解していたら、広告は取り下げなかったでしょう。また。SNSで批判の声が上がったとしても、きちんと説明できたはずです」

◆ピンチをチャンスにできなかった

「例えば……氷結無糖のイメージキャラクターを成田さんに依頼した理由は、成田さんの考え方や生き様を見て、氷結無糖を飲んでいただきたいと思ったからです。彼の言動には、やや不適切な部分があるのは否めないが、その根幹にあるものには共感しています。

 こういった内容を含んだ発表があったらどうでしょうか? 『氷結無糖はブランドのことも成田さんのこともきちんと理解している』、『成田さんは、ちゃんとした信念を持っている人なんだ』。そんなふうに思いませんか?」

 氷結無糖は、無糖ジャンルで圧倒的なブランドになろうと考えて尖った広告を出した。しかし、それだけの覚悟を持っていなかったために、万人に愛される路線から尖ったものが好きな人たち路線に変更しきれていなかったのだろう。そして、万人に受け入れられなかったために、広告取り下げに至ったのだろう。

「当たり前のことですが、万人に受け入れられる路線を進み、誰からも愛される商品になりたいのなら、主張のはっきりした著名人をイメージキャラクターに人選するべきではありませんでした。しかし、万人受けを狙った場合は、別の問題が発生する可能性があるのも否めません

◆コモディティ化・価格競争を避けるために

 松下氏の指摘する「万人受けを狙った際に起こる問題」とは、様々な産業で問題視されているコモディティ化だ。

「戦後、至るところでモノが不足していた日本では、どの産業でも量産することが大きな命題でした。ニーズがあるため、作った分だけ売れるという経験をした日本経済は、高度成長期に入ると、次々と前作よりも性能のいい商品を製造・販売しました」

 やがて、日本中にモノが行きわたってニーズが落ち着くと、商品が売れ残るように。しかし、ニーズはなくても開発・製造は止まらず、どの市場でも同レベルの高品質な商品があふれるようになり、価格競争がはじまった。

ニーズなき今、万人受けを狙った商品は、どんなに知名度が高くて、性能がよくて、リーズナブルであっても、選ばれるとは限りません。モノがあふれている現代では、知名度・機能性・価格は、購入する理由にはならないのです」

◆これから必要なブランディング戦略

「今の日本でモノを買う際に重要視されているのは、商品を製造・販売する企業やブランドの考え方や姿勢に共感できるかどうか、という点です。言いかえると、企業側は、自分たちの信念や在り方に共感してくれるファンづくりに重点を置かなければならない、ということです

 もうひとつ、忘れてはならないのが、今回の氷結無糖のような失敗は、どの企業でも起こりうることだと、松下氏はいう。

「コモディティ化を避けるために、ユニークな戦略を打つことは理にかなっていますが、そこには必ず覚悟が必要になります。中途半端なことをしてはいけません。また、SNSで上がった声は、一部の消費者のものにすぎません。その何倍もの消費者は声を上げないだけで、常に動向を見られているということを忘れずに、きちんと自社と向き合い、ブランディングを研ぎすましていただきたいと思います」

<取材・文/安倍川モチ子

【松下一功】
経営コンサルタント、共感ブランディングの提唱者。株式会社SKY PHILOSOPHY 会長。40年近く、企業アイデンティティーやブランドコンセプトの確立を専門とし活動。2011年より「真のブランディングを世に伝える」ことをミッションに、講演、講師、コンサルティングを行う。2024年、著書『共感ブランディング®ドリル』で、自身の体系的オリジナルロジックを一般公開。ブランディングのわかりやすい実践書として高評価を得ている

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