定年退職後の孤立が社会問題としてたびたび取りざたされますが、人と関わっていればOKというわけではありません。そこで本稿では、MP人間科学研究所で代表を務める心理学博士の榎本博明氏による著書『60歳からめきめき元気になる人「退職不安」を吹き飛ばす秘訣』(朝日新聞出版)から一部抜粋して、「自己開示性の大切さ」について解説します。

自己開示できる相手をもつことの大切さ

定年退職後の社会的孤立ばかりが問題にされ、社会活動への参加がしきりに奨励されるが、人とかかわれば、それでいいというわけでもない。

どうでもいいような社交話によって気が紛れることはあっても、ほんとうに気になっていることを話せる相手、ときに深い話もできる相手がいないとストレスは溜まるばかりである。

心理学者のジュラードは、「自己開示」は心の健康にとって非常に重要であり、自己開示できる相手が少なくともひとりいることが精神的健康に至るための条件であるという。

自己開示というのは、自分自身の経験や自分が思っていることを率直に伝えることを指す。心を閉ざしている人は、人に対して自己開示などしないだろうから、自己開示は心の開放性の指標とも言えるわけだが、自分は社交的だし、開放的な人間だと思っている人が、必ずしも自己開示をしているわけではない。

心理学の世界では、人に対する開放性をあらわす指標として、従来は社交性(社会的外向性)が用いられていたが、私はそれに自己開示性も加え、2つの次元で対人的開放性をとらえることを提唱してきた。

社交性というのは、人と接するのが好きな心理傾向のことである。心理学者のチークとバスは、社交性を他者と一緒にいることを好む性質としたうえで、社交性を測定する心理尺度を作成しているが、日本語に訳すとつぎのようになる。これらの項目が当てはまるほど社交性が高いことになる。

①人と一緒にいるのが好きだ

②人づきあいの場には喜んで出かけていきたい

③一人で仕事するよりも、人と一緒に仕事する方が好きだ

④人とつきあうのは何にも増して刺激的なことだ

⑤いろいろな人づきあいの場をもつことができないとしたら、それは不幸なことだ

社交性の高い人は、だれとでも適当に楽しく雑談することができ、初対面の相手やよく知らない相手を前にしても緊張せず、慣れ親しんだ相手を前にしたときと同じようにごく自然に振る舞うことができる。

社交性の低い人は、人と話す際に何を話したらよいかの判断が即座にできないため、初対面の相手やよく知らない相手を前にすると緊張し、慣れ親しんだ相手を前にしているときとはまるで別人のようにぎこちなくなる。

チークとバスの尺度項目にはないが、初対面の相手やよく知らない相手にも気後れせずにすぐに馴染めるかどうかも、社交性の指標と言ってよいだろう。

「自己開示性」と精神的健康度の深い関係

一方、自己開示性というのは、自分の内面を率直に他者に伝える心理傾向を指す。人づきあいの中で、何かにつけて率直に胸の内を明かす人もいれば、あまりホンネの部分は明かさない人もいるが、前者は自己開示性の高い人、後者は自己開示性の低い人ということになる。

自己開示性も、人に対する開放性をあらわすが、社交性とは別の次元に関するものとみなすことができる。

たとえば、だれとでも気軽に話すことができ、話術に長け、場を和ますのが上手な社交性の高い人の中にも、内面に触れるような話題は巧みに避けるため、内面がなかなか窺い知れない、得体の知れない感じの人もいるだろう。そのような人は、社交性は高いけれども自己開示性は低い人物ということになる。

反対に、よく知らない人たちと話すのは緊張するし気疲れするため、社交の場を極力避けようとする社交性の低い人の中にも、朴訥(ぼくとつ)ではあっても常にホンネを率直に語るため、内面がそのまま伝わってくる感じの人もいる。そのような人は、社交性は低いけれども自己開示性は高い人物ということになる。

こうした観点から、私は、人に対して開放的かどうかをとらえる際に、社交性と自己開示性を交差させてとらえることを提唱しているのである。そうすると、対人的開放性は、社交性と自己開示性の両方とも高いタイプ、どちらか一方のみが高いタイプ、両方とも低いタイプの4つのタイプに類型化することができる。

そして、心の健康にとって重要なのは、自己開示できる相手をもつことなので、いくら社交的であっても、どうでもいいような雑談をする相手しかいないようだと問題である。

心理学者ペネベイカーたちの多くの研究によって、悩み事や心配事など気になることを自己開示している人、とくに嫌な出来事があったときにそれにまつわる思いを自己開示している人は、自己開示していない人と比べて精神的健康度が高いことが示されている。

私の調査研究でも、日ごろ自己開示をよくしている人の方が自己実現傾向が高いことが示されている。

ゆえに、単に社会的に孤立しているか、それとも社会参加しているかが問題なのではない。たとえ社会参加していても自己開示できる相手がいないようでは困る。

笑いネタなど雑談で盛り上がるだけの人間関係では、さまざまな喪失が押し寄せる厳しく不安な時期を乗り越えるのは難しい。その意味でも、昔からの馴染みの友だち関係は大切にしたいし、ひとりでもよいので率直な自己開示ができる相手をもつようにしたい。

榎本 博明

MP人間科学研究所

代表/心理学博士

(※写真はイメージです/PIXTA)