Brave groupのグループ会社「RIOT MUSIC」が手がける音楽レーベル「汽元象レコード」。「次元を繋ぐ新しい音楽レーベル」というモットーを掲げる同レーベルに所属するアーティスト・長瀬有花が3月30日表参道WALL & WALLにてワンマンライブ『長瀬有花 LIVE “放電”』を開催した。ライブは昼と夜の二部構成で、本稿ではそのうちの夜の部をレポートする。

参考:【画像】『長瀬有花 LIVE “放電”』ライブギャラリー

 ライブ冒頭、汽笛のような音とともに開演すると、ステージに登場した長瀬がおもむろに目の前のボードのつまみを操作し始めた。瞬く間に電子音が充満する。ライブタイトル「放電」にかけて表現するなら、“通電”したようなスタートを見せた。蝋燭の灯火のような朧げなライティングも相まって、会場は幽玄の世界へと一変。そのまま1曲目「駆ける、止まる」を歌い始め、極上のアンサンブルが広がった。

 この日のバンドメンバーはドラムに工藤誠也、ベースに森田悠介、キーボードトランペットに平手裕紀の3人を迎えた。彼らの演奏は緻密かつ自由な雰囲気で、時にポップに、時にアバンギャルドにパフォーマンスし、観客を魅了する。その中で長瀬の浮遊感のあるボーカルが遊び舞うような関係性が印象的だ。なにより、ギターレスの少々特殊な編成が長瀬の歌声を絶妙に浮き立たせている。続いて4人は「とろける哲学」「みずいろのきみ」を間髪入れずに披露し、会場を温めた。

 マイクを持つ長瀬には、なんとも言えない特異な存在感がある。バーチャルアーティストでありながらリアルライブであるという状況や、白を基調にサイバー系、テックウェアの雰囲気を取り込んだ風変わりな衣装はもちろん特徴的だが、それに加えて一つひとつの所作にも独特のものがある。

 たとえば、各楽器のソロ演奏の間にも彼女はリズミカルに身体を横に揺らしてみせる。バンドのパフォーマンスに身を委ねて純粋に音楽を楽しんでいるような仕草だ。その動きにつられて観客も体を揺らしていたように思う。動きそのものに現場の緊張をほぐすような柔らかい力と、周囲の目線を一手に惹き込む力があるのだ。

 ここでドラムの工藤がスネアを駆使して空気を変えてみせた。なだれ込むようにして「ブランクルームは夢の中」へ。間奏でベースの森田がうねるようなフレーズを見せたかと思えば、最初に持っていた6弦ベースから4弦のフレットレスベースへと持ち替えて、華麗なフィンガーピッキングを披露。ベースをまるでスパニッシュギターのように自在に操り、流麗なサウンドで会場を満たした。こうしたメンバーたちの深いバンドアンサンブルと長瀬の甘い歌声が混ざり合い、夢見心地の気分にさせられる。曲が終わると大きな歓声が湧き上がった。

 つづけて、勢いよく「アーティフィシャル・アイデンティティ」が始まる。この日はじめて観客から「ラッラー!」と合いの手が巻き起こり、会場の一体感が一段階アップ。その熱をうまく乗りこなすかのようにキーボードの平手が軽やかなソロを響かせた。次の「ライカ」では会場から自然と手拍子が起き、会場のボルテージは右肩上がり。そこから「異世界うぇあ」「オレンジスケール」「砂漠の水」といった多彩な楽曲で攻めていった。長瀬もまた、キュートな歌声から儚い歌声までさまざまに使い分けて表現する。言葉の語尾で少し跳ね上がるような特有の歌唱が、彼女の謎めいた魅力をより一層あざやかに彩っていた。

 ライブも中盤に差し掛かると、ここで不思議な質感の音色が施されたキーボードソロが始まり、再び空気が変化した。披露したのは「fake news」。長瀬は大きな本を抱えて、すらすらとニュースを読み上げる。メロディのない、いわゆる朗読スタイルなのだが、不思議と演奏と融合しており、その絡み合いがなぜか気持ちいい。バンド全体を見渡すと、さながら実験音楽集団のような佇まいだ。地下にある秘密基地のようなこの会場は、もはや彼女たちの隠れた実験室のようで、その中に迷い込んで別世界にトリップした感覚を覚えた。

 後半は「近くて、遠くて」「アフターユ」を経て、いよいよ終盤へ。ゆったりとしたピアノを中心としたバラードにアレンジされた「やがてクラシック」が始まると、会場は一気に白色のライトで照らされた。長瀬の一人の少女としての心の声が表れたようなこの楽曲の演出に、どことなく現実世界に引き戻されるような不思議な安心感があった。そこから、どこか寂しげだが壮大な展開が胸を打つ「微熱煙」、軽快なリズムが楽しい「宇宙遊泳」と続ける。曲中には大合唱も起き、会場全体が一つになったのを感じた。

 最後は明滅するライトによる“放電”とともに奏でた「プラネタリネア」で穏やかに締めて、終演。この日、長瀬はMCもほとんどなく、終始ただ淡々と音楽を届ける姿勢を貫いた。アンコールもなく、深いお辞儀で締め括ったこの日のステージ。しかしそこには、会場に訪れた人々を優しく癒すような不思議な“だつりょく”感と、都会の喧騒から離れさせてくれるような穏やかな静寂があった。そして、そこに確かに宿る実験的な精神に、ガツンと打ちのめされた感覚が心に残った。まさに“別次元”に誘われたかのような、至高の音楽体験であった。

セットリスト(夜の部)〉
1.駆ける、止まる
2.とろける哲学
3.みずいろのきみ
4.ブランクルームは夢の中
5.アーティフィシャル・アイデンティティ
6.ライカ
7.異世界うぇあ
8.オレンジスケール
9.砂漠の水
10.fake news
11.近くて、遠くて
12.アフターユ
13.やがてクラシック
14.微熱煙
15.宇宙遊泳
16.プラネタリネア

(文=荻原梓)

『長瀬有花 LIVE “放電”』