●練習に対する姿勢から吹き替えではなく本人でいけると判断
女優吉高由里子が主人公・紫式部を演じている大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)。吉高は左利きのため、右手で書くことにとても苦労していると明かしていたが、題字と書道指導を担当している根本知氏は、「利き手じゃないからこそ、筆をギュッと握ることができず、理想的な筆の持ち方になっている」と、吉高の書道姿を称賛している。

大河ドラマ第63作となる『光る君へ』は、平安時代を舞台に、のちに世界最古の長編小説といわれる『源氏物語』を生み出した紫式部の人生を描く物語。主人公・紫式部(まひろ)を吉高、まひろの生涯のソウルメイト藤原道長柄本佑が演じ、脚本は大石静氏が手掛けている。

根本氏は、キャストたちへの書道指導に加え、書道シーンの撮影にも立ち会って監修をしているという。

「昔は多くの仮名文字があり、平安後期で150文字、前期ぐらいだと300文字ぐらい。それを簡単にしたものを今、我々が平仮名と呼んでいて、『あ』は安心の『安』だけですが、昔は『阿』や『愛』なども使われていて、そうするとほぼ外国語ですよね。現場の方では判断が難しいので、書道シーンがある時はなるべく行くようにして、文字が間違ってないか確認しています」

劇中に登場する完成した手紙や巻物などはほとんど根本氏が書いたものだが、書道シーンは吹き替えではなくキャスト本人が実際に書いており、根本氏はキャストたちの努力を称える。

「視聴者の声を見ると、『全部吉高さんが書いたんだろう』『渡辺大知さんが書いたんだろう』と言う方がいるくらい、私の字がどこまでで、どこからが俳優さんなのかわからないぐらい練習を頑張ってくださっている。書くシーンで映る5文字だけを何百回も練習して臨まれることもあります」

根本氏が書道指導に決まったのは、作品が動き出すという初期の段階。「紫式部にはなるべく自分で書いてもらいたい」という制作陣の思いがあり、左利きの吉高にそれが可能か根本氏が見て判断し、無理だったら無理でどうするか考えないといけないということで、早い段階で呼ばれたのだという。

吹き替えではなく吉高本人でいけると判断したタイミングを尋ねると、根本氏は「初日からできるだろうと思いました」と答え、練習に対する姿勢からそう感じたと明かす。

「うまい下手ではなく、この方はすごく謙虚に頑張れる方なのだと感じ、きっとできるだろうと思いました。左利きなのに右で書くなんて、普通は『無理無理』となりそうですが、彼女はとても真面目で、放り投げるとか甘えるということが一切ない。『キャー!』と大変そうな声は出されていますが、できないことをできるようにするという、それを楽しもうとしてくれている感じがします」

○利き手じゃないからこそ理想的な持ち方に「いい雰囲気が出ている」

吉高自身はインタビューで「もう必死です。泣きそうになりながら書いています。できれば書くシーンをなるべく減らしてほしい」と吐露していたが、根本氏は「利き手じゃないからこそ、雰囲気が平安時代の人になっている」という利点も感じているという。

「筆の持ち方として軽く持つというのがあるのですが、吉高さんは利き手ではないので筆をギュッと握ることができず、理想的な筆の持ち方になっていて、本当にいい雰囲気が出ていると思います。僕もそうなのですが、技術を得てしまうと手先のことをやりたくなってギュッと握ってしまいがちなんです。『吉高さんの持ち方が仮名の筆の持ち方だよ』と、私も周囲や学生に言うくらい、書道家こそ戒めないといけないと思っています」

慣れない右手での書道に手が震えると話していた吉高だが、根本氏は「最近はもう震えてないです。メンタルの強さが素晴らしいなと思います」と感服。上達ぶりにも驚いているそうで、「これまでは3回も4回も書くことを想定し、失敗してもいいように作り物を多めに用意していましたが、最近は一発か二発でOKに。すごいなと思います」と語った。

紫式部の字は細く 曲線を多めにしてかわいらしさもプラス

登場人物たちの字はそれぞれ、根本氏と監督たちで話し合って決めていったという。紫式部は本人が書いた字は残っていないが、後世の人が紫式部の字を想像して書いた“伝・紫式部”と言われている古筆があり、仮名に関してはそれも参考に作り上げた。

「それを見た時に、僕のイメージとも監督のイメージとも遠くなかった。とても細かい毛先で書く仮名で、毛先がピンとなっていて流れがいいんですけど、そういう方向に決まりました」

「書は人なり」というように、人柄がにじみ出ると話す根本氏。紫式部の字の細さは、「繊細さ」を表しているという。

加えて、「『源氏物語』をあれだけ書くということは、太い字なわけがないんです。当時、紙はとても貴重なので、たくさん字を書かなきゃいけないということは、絶対に小粒で細い。脳内に浮かぶイメージを早く書かないといけないということを考えても、太くかっこいい字ではなく、小さくて細かい字だと思います」と語った。

演じる吉高らしさも大切にしたそうで、吉高と実際に会った印象を尋ねると、「かわいらしさに尽きると思います」と回答。「紫式部も繊細なところもあるけど、かわいらしさもある。吉高さんと共通する部分があると思います」と言い、紫式部のイメージと吉高のイメージを合わせて、「丸くて曲線が多い、細身の線にしました」と説明した。

また、「仮名文字は手の大きさも大事」とのこと。「小さい手の方は字も小さくなり、大きい字の方は大きな字になるので、吉高さんの手を見て、どのぐらいの文字が書きやすいかというのを決めていきました」と語った。

○漢字は『光る君へ』の題字とリンクするように

紫式部の漢字は、『光る君へ』の題字とリンクさせることも意識したという。

「題字の最終画の『へ』は、ヒュンと最後伸ばしているのですが、僕と紫式部をリンクさせてほしいという監督からのアドバイスがあったんです。書き悩んでいた時に、仮に紫式部が道長に恋文を出す時に、『道長様へ』ではなく『光る君へ』と書いたとしたらどんな題字になるか見てみたいとおっしゃって、そこで僕は世界が開けて、こうだ! というものを書くことができました。まひろが乗り移り、半分僕、半分まひろみたいなものになっていて、このヒュンという細い線があるとタイトルとリンクするので、漢詩を書くシーンではところどころに入れています」

吉高への指導に関しては、単に書道だけを教えるのではなく「彼女に平安時代を好きになってもらうというのが一番最初の僕の仕事でした」と振り返る根本氏。

「彼女は日本文学が好きというわけでも『源氏物語』をすごく詳しいというわけでもないと聞いたので、そこを好きになってもらうためにどうしたらいいか考えました。教鞭をとっていた経験から、教え込むのはダメだとわかっていて、先生が楽しんでいると生徒もついてきてくれるので、吉高さんに対しても、巻物を広げて文字の魅力などを熱く語り、推しのアーティストを友達に紹介するような感じで話していたら大爆笑されたのを覚えています」

きっと根本氏の熱い話を聞いて、吉高も平安時代や書の魅力を感じていったのだろうと思うが、根本氏は「あまりに熱いから、この人が望むものを少しでも叶えてあげようと思ってくれたのかなと思います」と笑っていた。

●キャスト陣の成長を感じる瞬間「最近は皆さん、自分で…」

そして根本氏は、吉高や柄本、“書の達人”である藤原行成役の渡辺大知らの書道の上達ぶりを称える。

「最近は皆さん、自分で『これは良くない』と思うことが出てきている。こっちからすると『OKです』というものでも、皆さんの目が上がってきて、これは良かった、これは良くないと、ご自分で判断できるようになっていて、それは一つの成長だと思います」

吉高に関しては、右手で書くことに慣れて、握り方が強くなってしまうという変化もあるだろうと予想するも、それも作家なっていく紫式部としてリアルさが出ると語る根本氏。

「今は和歌を書いていますが、物語を書くようになると小さい文字でたくさん書かないといけなくなるので、ギュッと持つ感じにもなると思いますし、持ち方が変われば、雰囲気もまとうオーラも変わってくると思います。今はまだまひろのかわいらしさがありますが、どんどん凛としてきて、リアルな執筆者のようになると、指にももう少し力が入る感じになるかもしれません」

すでに紫式部としてのオーラも感じ始めているという。

「美しさが出てきたなと。道長に対して志の話をするようになってから、オーラが出てきてすごくいいなと感じています。文でも漢文を書いて、教養で語り始めるようになり、頭の中に多くの書物が入っているんだなということが随所に感じられるようになり、いよいよ紫式部になっていくんだなと感じています」

平安時代を愛し、『源氏物語』のファンでもある根本氏。「身分の低い人とも出会いで、身分が高い道長の苦悩も知って、いろんなことがわかっていくと、いよいよ『源氏物語』のあのシーンのオマージュはこれかなとか、源氏ファンからすると、『源氏物語』を描いていないのに、随所に源氏を感じられるわけで、それがいずれ(『源氏物語』として)集結するんだろうなと思って見ています」と、一視聴者としても今後の展開に期待を寄せていた。

■根本知(ねもと・さとし)
埼玉県出身。大東文化大学大学院博士課程修了、2013年博士号(書道学)取得。大学で教鞭を執るかたわら、かな書道の教室やペン習字の講座を開く。2016年に初の個展を開催し、2019年にはニューヨークにて個展を開催。2024年の大河ドラマ『光る君へ』で題字と書道指導を担当している。

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(酒井青子)

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