一般車に交ざって自衛隊車両が道路を走ることはままありますが、戦車が走るとなると珍しいもの。ところが、日常的に行われている場所が、国内に数か所あります。そのひとつを実際に訪れてみました。

町の公式サイトにも「戦車道」と明記

一般的に、普段生活をしている中で戦車を見かけるということは、あまりないでしょう。

ときおり、X(旧Twitter)やFacebookを始めとしたSNSで「戦車が高速道路を走っていた」「サービスエリアに戦車がいた」などといった投稿を見かけることがありますが、そういう場合、たいがいは最高速度100km/hを発揮することが可能なタイヤ駆動の16式機動戦闘車87式偵察警戒車で、履帯(いわゆるキャタピラ)駆動の “本当の” 戦車が、高速道路や大都市の公道を走ることは、まずあり得ません。

しかし、2024年現在、日本では北海道と九州で戦車が一般道を走っています。そこで、このたび九州へと飛び、貴重な「自家用車などに混ざって公道を走る戦車」というのを見てきました。

九州で戦車が一般道を走る場所は、大分県の玖珠町にあります。ここには陸上自衛隊の玖珠駐屯地と日出生台演習場があり、両者をつなぐ道を戦車が走っているのです。

とはいえ、四六時中いつでも戦車が行き交っているわけではありません。とうぜんながら訓練や演習がないときは駐屯地内にとどまります。また、やはり走る場合は一般車の交通を妨げないよう、そして住民に迷惑が掛からないようにする必要があることから、あらかじめ町のWEBサイトに「いつ」「何両」がどの方面(駐屯地から演習場なのか、またはその逆なのか)に走るのかが掲載されるようになっています。

ちなみに、地元住民には戦車が走る道、すなわち「戦車道」として認識されているようで、町のWEBサイトでも「戦車道の戦車等通行予定」として明記されています。

ここを訪れた2024年3月下旬のある日は、午前9時から17時までの間に、駐屯地から演習場に向かうルートで、戦車6両が走ると出ていました。

散水車が水を撒いたら、それが合図

この玖珠の戦車道は、正式には「大分県道679号 川上玖珠線」という公道で、生活道路を兼ねています。ただ、戦車の通行を想定した区間はアスファルトではなくコンクリート舗装で、相応の強度を高めた作りになっています。

戦車道の途中には道の駅「童話の里・くす」に面した区間もあるため、そこにクルマを停め、戦車が来るのを待ちます。なお、前出したように、あらかじめ町の公式WEBサイトに走行情報が掲示されるので、親子連れを始めとして戦車を見ようと多くのギャラリーが、まさに「出待ち」をしていました。

戦車が来る前には砂ぼこりが舞わないよう、散水車が事前に水を撒きます。水が乾いてしまっては意味ないので、このクルマが姿を見せることが、言うなれば予告になります。

散水車が行ってから約10分後、独特のエンジン音が聞こえてきました。それからほどなくして戦車が姿を現します。九州の戦車は最新の10式戦車で統一されているため、この日走ってきたのも10式戦車でした。

10式戦車の乗員は操縦手、砲手、車長の3名。全員がハッチから顔を出し、さらに砲塔に乗る砲手と車長は上半身を晒して、死角となる車体後部まで含め周囲の状況を注視していました。

戦車は安全第一でゆっくり進んでいきます。正確な速度はわかりませんが、一説によると10km/h程度とのこと。そのため、一般車が後ろに迫ると戦車は停車し、先に行かせて周囲がクリアになったら走行を再開する、といったことを繰り返していました。

とはいえ、地元住民の方も、戦車を追い越すのは手慣れたもので、まるで原付か農業用トラクターでもやり過ごすかのように、走っていました。

北海道の戦車道とはチョット違う風景

なお、戦車をよく見ると、車体前方左右にはバックミラーを取り付け、履帯にはゴムパッドを装着、主砲の先端にはカバーをかけています。

加えて、最後尾にはロードスイーパーが付いて、戦車が落とした砂や走るにあたって出てしまうゴムパッドのかけらなどを回収・清掃しつつ走っていました。

玖珠駐屯地から日出生台演習場の入り口までは、8km強の道のりです。10式戦車だけでなく、11式装軌車回収車(いわゆる戦車回収車)や大型トラックなどからなる濃緑色の車列はゆっくりゆっくりと進んでいました。

ひとしきり撮影をしたあとで、道の駅にいた地元住民にハナシを聞いたところ、なんと10年ほど前には映画『シン・ゴジラ』のスタッフも見学に訪れていたとのこと。当時は、制作中だったため、「巨大怪獣映画の制作」と言われ「ゴジラ」だというのは伏せられていたそうですが、それとなく教えてくれたそうで、「市街地を戦車が走るというのはどんな感じなのか」というのを探るべく来ていたそうです。

冒頭に記したように、戦車が一般道を走る様子を見られるのは北海道と九州だけ。さらに、玖珠町の戦車道道の駅高速道路高架下、民家の軒先、神社の鳥居前と、比較的街中を横切っているのが特徴と言えるでしょう。

道も北海道千歳市戦車道、いわゆる「C経路」のように幅の広いものではなく、場所によっては歩道のないところもあるほどです。そのため、気を付ける必要がありますが、そのぶん迫力あるシーンを間近で見ることが可能です。ひょっとしたら『シン・ゴジラ』製作チームもそういったことを考慮して足を運んだのかもしれません。

なかなか見られない、街中を戦車が走り抜ける様子。なお、戦車道には桜並木のところもあったことから、タイミングが合えば満開の桜と戦車という、日本ならではのシチュエーションも見られそうでした。

大分県玖珠町の県道を走る陸上自衛隊の10式戦車(乗りものニュース編集部撮影)。