どんなに重要でも、身内の間ですら切り出しにくいテーマの一つが「相続」。親が亡くなった後の遺産分割協議まで先延ばしにしてしまうパターンも少なくありませんが、「相続が発生する前に、親と子の間で相続について取り決めをしておくことが大事」と、不動産事業プロデューサーの牧野知弘氏は忠告します。牧野氏の著書『負動産地獄 その相続は重荷です』(文藝春秋)より、先を見越した相続対策の重要性を、事例を挙げて見ていきましょう。

絶対にやるべき親子会議

相続は、実際に起こるまで、被相続人(例えば親)も相続人(例えば子)も、自分からはなかなか切り出しにくい話題です。しかし、事前に何の話し合いもなく相続が発生すると、亡くなってしまう親はともかく、相続する子が、どうしてよいかわからずにおたおたするというのが実情です。

事例を紹介しましょう。東京の郊外にお住まいのAさんは、代々農業をやってきました。Aさんは高校卒業後、しばらく都内の会社に勤めていたのですが、父親の相続を機に農業を継ぎ、野菜や果物を作ってきました。齢85。広大な農地は生産緑地に登録しているため、固定資産税等は減免されていますが、そろそろ相続が心配です。

子は55歳の長男が一人。都内に勤務するサラリーマンで、彼には農業を継ぐ意思はありません。

まずは農協に相談したところ、資産税に強い税理士を紹介されました。彼がアドバイスするには、農地が宅地化されると膨大な額の相続税が課せられるので、対策が必要。所有している農地に賃貸アパートを建てても、効果はしれているし、だいいち農地があるところは宅地とはいえ、賃貸需要があまり見込めない。

であるならば、都内一等地にある中古の賃貸マンションに一棟丸ごと投資してみたらどうか、というものでした。借金をすれば節税効果も高いことに満足したAさんは、農協で多額のローンを組んで、不動産会社が紹介してきた物件を買うことにしました。

ところが税理士からは、

「息子さんもすでに55歳。また相続対策を考えなくてはならなくなるので、長男さんのお子さん(Aさんの孫、21歳)を養子にして、相続させましょう」

と提案してきました。たしかに節税という意味では孫を養子にしてしまえば、一代をスキップできます。ただ、孫がこのことを知れば、世の中甘く見て、人生を踏み外すのではないかと心配になりました。そこで、長男と相談のうえ、孫には詳細は知らせず、ただ契約書にだけサインするように仕向けました。

何も知らないお孫さんは、おじいちゃんのため、という言葉を信じてローンの連帯保証人になりました。

祖父のローンの連帯保証人になった孫に起こった悲劇

賃貸マンションを取得して5年後に相続が発生。マンションは無事、お孫さんに相続されました。ところがこのマンション、築年が古いうえに管理が悪く、不逞の輩が棲みつき、ほかの賃借人が怖がって逃げ出すようになり、賃料収入が安定しません。

投資を強く勧めた税理士は、「私は不動産のことはちょっとわかりません」と逃げ回り、不動産会社は「うちに瑕疵はありません」と開き直る。どうにもなりません。

長男は「目の前の対策ばかりに気を取られ、家族内でちゃんとどのように資産を継承していくのか、理念のようなものが共有できなかった」と嘆きました。大借金を背負ったお孫さんも、このおじいちゃんが残していったマンションが一体何のためだったのか、大いなる不信感と多額の借金の前に呆然とするだけでした。

この話、結果として農地の大半を売却できたことで、最終的には借入金も返済でき、マンションは二束三文で売り渡すことで難を逃れましたが、せっかく守ろうとした財産はいくばくかのお金に換わっただけになりました。Aさん、長男、そして孫の間に全く意思疎通がないまま、目の前の対策だけに目を奪われた結果、引き起こした悲劇だったといえます。

相続という、あまり考えたくはないものの、家族にとっては非常に大きな問題について、家族同士で状況を共有化し、財産をどのように引き継いでいくか、その方向性を定めていくことは非常に重要なことです。

ところが、それを親だけの想い、例えば節税したいという理由だけで勝手に行動する、周辺でちょっと甘いささやきがあるとその話に安易に乗ってしまう、など相続に関して家族間で何も話し合いが行われないのは、とても残念なことです。

ようやく会議が開催されるのは親が亡くなった後の遺産分割協議です。この段になると、子供だけでなく子供の配偶者までが参戦して、収拾がつかなくなります。表面上は仲良さそうにしていても、相続となって目の前にお金が登場すると、人は本能を剥き出しにします。

こうした修羅場を迎える前、つまり相続が発生する前に、親と子の間で相続について取り決めをしておくことが大事です。

相続の話し合いに「子の配偶者」は入れないほうがいいワケ

最近は親が長生きになっていますが、そのぶん認知症などを患ってしまうと、話し合いはできなくなってしまいます。なるべく早い段階で親子会議を開催することが必要です。まず、呼びかけるのはもちろん親です。子から提案すれば、ほかの兄弟姉妹から財産目当てだなどと疑われます。

時期は全員が集まりやすい盆や暮れ、ゴールデンウィークなどがよいでしょう。会議には子の配偶者は入れません。全く違う角度からの争いが勃発する可能性が高いからです。

親は事前に自身の財産について、すべて棚卸をして簡単な目録を作成、特に賃貸資産などがある場合は契約の内容、賃料条件などを記載しておくとよいです。最近はデジタル通貨のような、ネット上での取引も多くなっています。

ゴルフ会員権なども意外と家族はその存在に気づいていないものです。借金がある場合は、マイナス資産となりますので、借金がどの資産と結びついているのか、またその資産、例えば不動産がどれだけの価値があるのかを伝えておくとよいでしょう。

借金は相続開始後3か月が経過すると相続放棄できなくなりますので、早めにその存在をあきらかにしておくことです。ちなみに借金やいらない不動産があったら相続放棄してしまえば、と考えがちですが、相続放棄をすると、預貯金などすべての財産の相続を放棄することになります。

相続に関する権利をすべて放棄することになりますので、自分の子供や孫(代襲相続人)に権利が移転することもなくなります。

ただ、相続人である子供全員が相続放棄すると、直系尊属である父母が相続人となります。父母が拒否すると兄弟姉妹が相続人となりますので注意が必要です。また介護についてもある程度取り決めをしておいたほうがよいでしょう。

どのような状態になったら施設に入所するか、その場合はどの程度のグレードのところにするかなど、具体的に希望を伝えておくと子供が苦労しません。

共有しておきたい「親の人間関係」

家の片づけ、断捨離は、元気なうちに親が自分の手でやっておくことです。老老相続などに直面すると、すでに高齢者になった子供にとっては大変な重労働です。必要なものだけを残し、あとはきれいさっぱり。なかなか「言うは易く行うは難し」ですが準備しておきたいものです。

意外と子供が知らないのが、親が付き合っている人間関係です。最近は親戚筋などとも昔のように密な付き合いがありません。葬儀のときなどに突然現れて誰だかわからない、葬儀をお伝えすべき人に伝えていなかった、などという失礼なことのないようにしたいものです。

また、親だけが付き合っている医者、弁護士、税理士、ファイナンシャル・プランナーなどの連絡先を知る、できれば一度会っておくと相続時などに慌てずに済みます。

会議はなかなか一度では方向性が定まらないかもしれません。一度話し合って互いに持ち帰り後日あらためて話す。特に争いになりそうな部分、介護は誰がやる、現預金はどうする、不動産は、などそれぞれが一度冷静になって考え、家族全体の指針、方向性を一つにしていくことが必要でしょう。親子会議は家族にとって必須の会議なのです。

牧野 知弘

オラガ総研 代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)